第20話 春に立つ
「いま世界は…日本はどうなっていますか?」
意識を取り戻した途端、らしくなく抑えたような、落ち着いた声色で訊いたから、仲間全員はわかってしまう。
夏来は消えてしまっている、と。
倒れた王妃を、事情を知っている一同で王の間に運んだ。
だからこれは、内輪の会話だ。
「まず、自己紹介するよ」と、大樹が切り出す。
「俺は大木大樹。この人が秋月秋桜さんで、天野空也君と、土屋陸君。
全員君の仲間だよ。」
急に『仲間』とか言われても訳のわからない彼女は、
「あ…私は夏目夏希です」と、短く答える。
王妃だった記憶は、やはり全てが飛んだらしい。
しかし、名乗られた名前の意外さに、
「えっ?」
「マジかよ‼超偶然じゃんか‼」
「すげえな、王様‼」と、騒ぎ出す。
呆気にとられる夏希を前に、
「ごめん。君はその…記憶喪失だったんだけど、その時仮で呼んでいた名前と同じだから」と、頭をかいた大樹が今の状況を説明した。
「大きな地震が起きて、巨大な津波が起きて、東京中が凍り付いたんだ。今ここにいる生き残りは100人くらい。」
非常に手短な返答に、印象的だったのは夏希がまるで、自らが街を凍らせた犯人であるかのように、悲しげに顔を歪めたこと。
「間に合いませんでした…」と呟いて、彼女は現状を語りだした。
地球科学の研究者だった夏目夏希は、あの朝『極ジャンプ』が起きる可能性をつかみ、師事する教授のもとへ急いでいたこと。エスカレーターを駆け上がっていた時地震が起こり、足を踏み外して落ちたこと。
以後の記憶がないこと、そして?
極ジャンプにより南半球にその位置を変えた日本、その中でも東京は、南極圏どころか極点にほど近い位置に飛んだこと。
「そうか‼だから日が昇らなくなって‼オーロラとかも見えたんだ‼」
納得して、陸が大きな声を出し、
「全球凍結?…じゃなくて良かったな」と、こちらはわかっていなさそうな空也のセリフ。
「ってことは、耐え忍びさえすれば春は来るね」が、秋桜だ。
耐え忍ぶだけなら、しかも結論が見えているなら容易い。
穴倉生活でも希望が持てるし、移動するなら準備も必要、やることもある。
見え始めた確かな道に盛り上がる仲間達を見て、
「間に合ったよ」と、笑いかける大樹。
絶望に押し潰されていた、自らの至らなさを責め続けた夏希が、驚いたように目を丸くした後、少し笑った。
「そのようですね。」
はにかんだような、のんびりとした笑顔は、いなくなった夏来に似ていた。
当たり前の話なのだが…
そのあと、王妃様をしていた自分を教えられ、真っ赤になって混乱した。
日々は続いていく…
そして、半年ほどが過ぎた。
南極の冬を超え、短い春を迎えたころ、一同は旅立つこととした。
夏まで待てば氷が溶け過ぎ、移動に支障が出る可能性があると、タイミングを決めたのは王妃である。
夏希は、夏来だったころの記憶は返らないが、随分違和感がなくなった。もともと堅めの研究者としての性格の下に、内包されていたのが夏来だったのだろう。
「もう1回惚れさせて下さい」と彼女は言ったが…
約束が守れたのかはわからない。
ただ相変わらず自信がなく苦しみ悩む大樹の隣に、いつも彼女が笑っている。
秋桜にはめちゃくちゃ怒られたが…
その体内に新しい命が宿っている。
希望はあると信じたいのだ。
100人で行く氷原の旅。
夏希によると、極ジャンプの関係上かつての南を目指すことが、現在の北を…南半球の中緯度地方を目指すこととなるらしい。
津波は全世界規模で起こった。
土地はすべて波に洗われ、しかし凍結まではしなかった場所にはより多くの生存者がいるはずだった。
大樹たちが100人程度の『王国』であるように、他の生き残り達がどのような秩序を築いているか、今はわからない。
変な小競り合いが起きなければいい。上手に受け入れてくれれば…
100パーセントの明るい未来などない。
それでも、今手の中のものは守りたいと思う。
具体的な力も方策も無い。
ただ不器用に思い込むのが、氷原の王の弱点であり強みであった。
この先も困難や混乱は続くだろうが…
振り返る視界に、氷原のランドマークだ、唯一残った高層ビル・サンシャイン60が見える。
白夜に向かう。日差しがまぶしい。
春に…立つ…
(了)
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