第19話 暁の女神

 「全球凍結じゃないといいよな」と、陸が言った。

 陸は、おそらく好きなのだろう、科学的というかSF的話題に明るい。

 「全球凍結って?」

 「地球全体が凍り付くやつ。赤道まで真っ白けだよ、宇宙から見れば。」

 そうやって過去数回、地球上の生物は9分9厘死に絶えている。

 大樹、夏来、空也、陸で、王の間に集まり今後のことを話していた。秋桜は、美冬と子供達のことがあるから今回は不参加だ。

 今一同が最も気にしているのは?

 春は来るのか、と言うことだ。

 太陽がほとんど上らなくなった。外はブリザードが吹き荒れ、1日に数回空気の入れ替えだけはしているが…

 まるで北極か南極のようだった。

 夏に向かっていたのに、いったい何が起こっているのか?

 北半球なのに、中緯度なのにといろいろと理屈は合わないが、このまま冬以下の気候に閉ざされ続けるのなら絶望だ。

 外出出来ない、食料も燃料も有限の中、全員が生き残ることは難しい。

 しかし、いつか春が来るのなら?

 移動する選択、移動しなくても捜索範囲を広げることにより物資を手に入れる策など、取れる選択肢が大きく広がる。

 確証がない。確証を得られないから不安だった。

 結局堂々巡りの会話をしてその日は解散したが…

 大樹はこの頃気になっている。

 この先の環境などを話題にした時、いつも笑顔の彼女らしくなく、夏来が顔をしかめているのだ。

 夜2人の時に訊いてみると、

 「うーん、自分でもよくわからないんですよ」と返ってくる。

 「わからない?」

 「うーん…

 自分のことを考えた時、決まって頭が痛いんですよ。名前はなんだろうとか、何してた人だろう、とか。」

 「うん。」

 記憶喪失のテンプレみたいなものだろうか?

 「で、同じように地球のことを考えた時、この先どうなるんだろう、何が起こっているんだろうって考えると、やっぱり頭が痛くって。」

 「それって?」

 「私、何か知っているのかもしれませんね。」

 思った以上の真顔だった。

 「私が何か思い出せれば、ヒントくらいにはなるかもしれません。だから思い出すのは諦めません。」

 言い切ることは、つもりずっと頭痛を抱え込んで苦しみ続けることとイコールだ。

 無理はさせたくなくて、大樹は冗談交じりに言う。

 「まあ、俺は思い出せなくてもいいけどな。」

 「はい?」

 「思い出すと、俺のことも忘れるだろう、夏来。」

 「そんなもんですか?」

 「記憶喪失のテンプレでしょ。」

 「そっか。」

 夏来は考え、ニヤッと笑った。

 「なら、もう1回惚れさせて下さいね、旦那さん。」

 「‼」

 まったく、毎度毎度斜め上の発言をする彼女に敵わないと思う。

 ただ、その時は近づいている…


 「おい‼大変だ、王様‼」

 数日後、換気のために屋上の通用口に行った陸が駆け戻って来る。

 「どうした?」

 「いいから‼ちょっと来てくれよ‼」

 引っ張られるように上へ向かう。

 夏来に秋桜、空也に、あと数人が付いてきた。

 通用口から出ると、強風は止んでいて星が見える。

 そしてその空に、

 「えっ‼」

 全員が息をのんだ。

 空を覆いつくすような光の乱舞だ。

 緑、赤、オレンジのカーテンがゆらゆら揺れる。

 同じ頃、厚い氷を通して差し込む光に、ビル内に残っている人もざわめき出す。

 「オーロラ?」

 「嘘だろ、極地でもあるまいし。」

 「なんで?」

 人の戸惑いは関係なしに、光のカーテンは揺れ続ける。

 オーロラが氷原に映る。

 奇跡みたいな極上の美だ。

 すごみさえ感じる風景を前に、

 「オーロラ…オーロラ…」

 小声でつぶやき、夏来が頭を抱えていた。

 意識を持っていかれそうな、ありえない頭痛の中、体の奥から何かが出てこようとしている。

 忘れていた何かが顔を出す。

 そのまま膝から崩れていった。

 「夏来‼」

 「王妃さん‼」

 仲間たちの声が遠く聞こえ…

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