終章
第18話 冬に生まれる
本当に硬化していたんだな、と大樹は思った。
王を演じる。
それが、周囲のためだと言われ、また自分でもそう思ったから演じ続けた。完璧であろうとすればするほど、なんとか全員の平等な救いであろうとすればするほど、息苦しくなる。
苦し過ぎたから、数少ない理解者の1人十松一郎を失ってその糸が切れたのだが…
また新たに、天野空也と土屋陸と言う理解者を得た。
彼らも、元から事情を知っていた秋桜と夏来も、どうしようもなく弱い部分も認めた上で王を支える道を選んだ。
それは一郎も同じだったが…
実感としてやっとわかった。
これ以上誰も失いたくない。
だからもう少し頑張ろうと思えた。
日照時間が少なくなる中、王は外作業を中止した。生存者達を3班に分け、1つが炊事などの家事全般、1つが拠点となった駅ビルの再点検、1つが休日とし、日替わりで役割を交代した。
駅ビルはバックヤードまで含めれば、まだまだ探しきれていない所がある。暗闇とブリザードに閉じ込められる間、ゆっくり丁寧に捜索した。
そして、夏来が倒れていた地下鉄駅(最下層)にも行ってみる。
線路を歩き、すぐに膨らみゆがんだシャッターにぶつかる。中から海水が染み出していたのか、氷のシミのようになっている。
付いてきた空也が、
「寒っ‼ほとんど冷凍庫じゃねえか、ここ」と身を震わし、
「あのシャッター、外せそうだな」は、陸だ。
2人の強みは、世界が変わった今もノリが変わらないところだ。
若者の悪ノリそのままに、歪んだシャッターを外してしまう。
そこにあったのは…
氷の世界だ。
凍り付いた東京と、生者の町とが唯一接する場所。
上からは覗ける。
しかし、こんなに間近で、まさに触れるような距離間でかつての町を眺めれれる唯一の場所だ。
氷は濁っていて、そこにあるだろう文明の痕跡も生き物の肉体も見えない。
けれど…多分…
1番近い。
どうゆう法則があったのだろう?どうゆう奇跡が起こったのだろう?
流れ来る海水にシャッターは耐え、耐えきれなくなる過程で凍り始めた。
今奇跡の上に立つこの接点が神々しくさえ思えた。外は闇だ(日照時間がほぼなくなった)。しかしいつか日の光が戻ったら、ここは聖画のように輝くだろうか?
大樹はここを墓地とした。
いつまでも一郎の遺体を放っておくわけにはいかないし、土葬するには掘るべき土がなく、火葬は技術的にも無理そうだ。
それでも、
「遺体をそのままにするのはお勧めしないよ」と言ったのは、秋桜。
医学的な見地からだが、合理的であるはずなのに感情的に納得いかないのだろう、悔しそうな泣きそうな顔で言うから、彼女らしくて内心微笑む。
割り切りたいのに割り切れない優しさを抱え、秋桜も相当な苦労性だ。
考えたのは『氷葬』。
遺体を氷の壁の傍に横たえ、持ってきたお湯(は片っ端から凍り掛けていたが)をかけた。
氷の棺(と言うか薄皮だが)に閉じ込めるような形になる。
皆泣いていた。
死者を送るのは悲しい。当たり前の人としての感情で、夏来も秋桜も悲しげだった。
どちらも中学生だった、一ノ瀬十吾と春日小春が歩み寄る。
「王様。たまにおじいちゃんに会いたいから。」
「僕ら、時々ここに来ていいですか?」と、2人は厚い氷の壁を見ていた。
その向こうにある失ったものを。
「いいよ」と言うと、嬉しそうに笑った。
地下は死者の国だ。
寂しいかもしれないけれど、一郎の横に新しい誰かを加えたくない。
なんとか全員で生き残りたいと思いつつ、
「じゃあ戻ろう」と歩き出した。
ふと気になる。
皆仲間の死を受け止め悲しんでいる。
人として当然の感情だ。
しかし、空也と陸からはそれが感じられなかった。
「ふえーっ。」
「すんげえな、この氷」と、どこか他人事で。
その理由は、すぐに知ることとなる。
一郎の葬儀から1週間ほどして、美冬が産気づいた。
双子なことも分かっていたし、現代医学なら安全のため、100パーセント帝王切開になる案件だ。
今はもう命がけで自然分娩するしかないのだが、それを補助するのは看護師だった秋桜に、王国に2人ほどいた出産経験のある女性の生き残りと、夏来。
プラス、
「なんで俺らもなんだよぉ。」
「役に立たないぞ、俺ら。」
「それは同感。」
大樹、空也、陸まで巻き込まれた。
精々きれいな布を用意したり、産湯を用意したりの下働きだが、産室となった地下4階に立ち会わされれている。
正直、男3名何も出来ることもなく居心地が悪いことおびただしいが…
やがて産声が響き、さらなる生みの苦しみの後2人目も生まれた。
危険な出産は成功し、母子ともに健康。
産湯につかり清潔な布にくるまれた男女の兄妹に、そのあまりにも小さな体に、しかし確かに生きて動く頼りない命に、
「……」
空也と陸の目から涙が落ちた。
「おふくろも…」
「多分こうやって生んだんだ…」
小さな小さな呟きで理解した。
彼らは素直に家族への思いを語れるほどに幼くなく、また青年期特有の粋がったような感覚から、その愛やかけがえのなさを失念していた。ある意味1番難しい時期だ。
視界の端で、秋桜と夏来が目で合図しているのに気づく。
2人は、空也と陸に思い出させたかったのだろう。
『まったく…』と、大樹は頭をかく。
どうやらこの国は、女性の方が強いらしい。
「王様」と、美冬が聞いた。
「名前は?」
「え?ああ、大木大樹。」
「そうですか。」
王国の新しい住人は、冬木大(フユキダイ)と冬木桜(フユキサクラ)。
妹には、看護師の秋桜の1字を貰った。
桜咲く未来は…
来るのか?
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