第17話 夫婦
子供の頃から詰めの甘い人間だった。
大木大樹はそういう男だ。
大学受験の時は、希望の学校に入学したいと1浪し…
2浪目は面倒になった。
高校は写真部だったが、中学では『全員運動部に所属せよ』との学校の方針から、バレー部にいた。セッターの控えで背番号12。
だからと言って、レギュラーを取ろうなんて気概もなく、ベンチにいられるだけいいと思った。
唯一突き詰めたのは職業にもなったカメラだが、有名写真家の仲間入りをするでもなく、人生賭けた撮影旅行に出るわけでもなく、考え悩み努力はしているがいろいろ足りない。
彼はびっくりするほど普通なのだ。
年配の人に言わせれば、『まったく最近の若者は根性がない』と言われる、どこにでもいる青年だ。
正直、一郎の死をきっかけに糸が切れた瞬間も、
『ああ、また続かない…』と自嘲しただけだった。
情けなくもあるが、もう動けない。限界だ。
弱音ばかりで、仲間たちに強制的に放り込まれた寝具にくるまっている。
動く気もない。動けない。
……
そんな殻に閉じこもろうとした大樹を戻したのは、意外な人からの意外な一言。
「でも、私、この人のこと好きですよ。」
余りにさらっと言ってのけるから、慌てる。
夏来は記憶がないはずだ。自分の過去がまるで見えず、なのに成り行きで王妃役まで押し付けられて、現状の理不尽さなら大樹以上だ。
仲間たちの話し合いは続いているが、気持ちが一気にかき回される。
そんな場合ではないはずなのに、『性』は3大欲求の1つである。
だいたい好みの見た目なのだ、夏来は。
えっ?俺のこと『好き』って言った?
え…?
なんだ、これ?どうなってる?
混乱して、腹の奥がギュッと絞まるようなおかしな感覚がして。
そして瞬間、
『やられた』と気付く。
本当に、『王になろうとしていた普通の青年』、だからこそ。
今の一瞬、完全に夏来の発言に引きずられ、状況を忘れた。
ひどいショック療法だ。
最底辺まで沈んだ気持ちが、まさかこんな馬鹿みたいな手で浮上してくるなんて思わなかった。
性格上嘘ではない筈だ。
しかし、このタイミングでの発言に若干の作為を感じる。
大物なのは気づいていたが…
掌の上で踊らされている感じ、悪くはない。
「じゃ、頑張って落とせよ、王妃さん。」
「はーい、お任せください。」
「いや、任せろっていうのも変だけどね、夏来…」
「はは、マジいい性格だな。」
秋桜、空也、陸は、上階に戻った。
今地下3階には大樹と夏来の2人だけで、ペタペタと歩み寄ってきた夏来が、
「で?受け入れますか?旦那様(仮)さん」と、奇妙なセリフを投げかける。
さすがに…笑った…
「おま、…ちょっとはムード。」
布団から起き上がった大樹はもうすっかり落ち着いていて、それを見てにっこり笑う夏来。
「いや、私の元の人、たぶんこういうの苦手らしくて。」
「中の人みたいに言うなよ。」
「駆け引きとかは出来ないけど、でも、好きなのは本当ですよ、旦那さん。」
「お前…」
「本物の夫婦になっちゃいましょう。なら完璧に共犯者です。私はあなたを支えます。で、大樹さんは…」
「俺は?」
「何せ前を覚えていません。万一既婚者なら『重婚』の責任をお願いします。」
「お前、馬鹿なことを…」
凄いことを言い出した。
本当に突き抜けた性質の王妃(仮)に、振り回されるのも悪くないと思ってしまう王様(仮)だ。
「後悔するなよ。」
「しませんよ。」
2人は本当の夫婦となった。
大切な仲間を失った。
先は見えない。問題も責任も山積みだ。
それでも‼
1歩1歩歩き続けようと思えた。
氷原に暮らし、半月ほどが過ぎようとしていた。
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