第14話 陸と空

 日照時間が日増しに短くなっていった。

 今はもう、

 『1日の4分の3くらいは夜なんじゃないか?』と思えるほどだ。

 ルーティンワークの物資探しを続けながら、大樹はひそかにため息をついた。

 夏に向かっていたはずなのに、毎日が異様に寒い。真冬以上の寒さな上、夏は日が長く冬は短くなるのが当たり前だが、これまでの常識以上に日が短い。

 まるで極地のようだとも思ったが、地球儀の形に縛られた常識からは、地球そのものが動いているとは発想出来ない。

 ただ太陽に、現実に裏切られているような気持ちになるだけだった。

 ここまで日が短くなると…

 外作業は現実的ではない。

 拠点にこもったほうがいいのだが、そうなると…

 突然変わってしまった世界だが、生存者達の希望は、『とにかく救助隊の到着まで生き延びること』、これに尽きる。

 東京が壊滅し氷に沈んだことは事実として受け止めていたが、日本中全てがそうとは限らない。いや、もし日本が全滅であっても、世界中には無事だった場所もあるだろう。今この時も救助の手を差し伸べようとしているかもしれない。

 そういう意味では駅ビル丸ごと1棟の物資は膨大で、100人程度なら半年やそこら耐え抜けるだろうし、気象条件が悪くなった以上外作業はやめるべきだ。

 でも…

 社畜気質と笑われようが、働いていた自分にも覚えがある。明日やるべきこと(仕事)があるか無いかじゃ、モチベーションが違うのだ。

 なにかやること、考えなければいけないな…

 未熟な王は不器用に思う。

 物事を上手にやれる才覚もなく、突飛な発想もない王は、ただ泥臭く進むだけだ。

 毎日自分より大きな存在を演じ続け、正直疲れ始めている。王の間と呼ばれる地下3階でだけ大樹は大樹でいられた。王妃…と言うことになってしまった、夏来は唯一傍にいたが、彼女は絶対に踏み越えない。いて欲しい時は傍にいて、1人でいたい時は干渉してこない、そういう気遣いが出来る人だった。

 自分自身も記憶を無くし、正直叫び出したいくらい不安だろうに…

 頭が下がる。

 そして不安要素はあと1つある。

 十松一郎の体調が悪かった。 

 この氷原の国では年配者の一郎は、はじめは他の男たちに交じり外作業に加わっていたが、苦し気に荒い息をしていたのを見咎め、ここ数日は留守番グループに入れている。

 一郎さん、大丈夫かな?

 「皆さん、日が傾いてきましたし戻りましょう。」

 王は生存者たちに声をかけ、その日の作業を切り上げた。

 拠点に戻りながら、

 「おおい‼陸君‼空也君‼」と声をかける。

 拠点から1番近い、氷上に2階分だけ出たかつてのビルだ。

 「戻るよ。」

 「うーい。」

 「わかったぁ。」

 そこにいたのは、天野空也(アマノクウヤ)と土屋陸(ツチヤリク)。

 2人は言わば…

 通信班と言うところか?


 「大丈夫かよ、あの王様。」

 毎度のセリフを空也が呟き、

 「無理っしょ、あのお人よし」が、陸。

 2人は高校時代の先輩後輩であり、つるんで遊ぶ仲間であり、半グレの3歩くらい手前のいきがっている若者だ。空也が22歳、陸が21歳。金髪と銀髪に染めた2人だが、あの大災害の時は先輩のつてでパーティーに来ていた。

 20代で会社を設立、だいぶん羽振りのいい先輩の成金丸出しのパーティーだ。

 2人はまだまだ小物過ぎていい女まではつかまえられなかったが、ビルの10数階に高級外車まで運び込んで展示していたし、さんざん飲み食いもさせてもらった。

 他の参加者達はお相手を見つけそれぞれ部屋に入り込み、

 「空‼陸‼お前らはどうするんだ?」

 「俺ら、この格好いい姉ちゃんに抱いて貰いまーす‼」

 「イイっすよね、先輩‼」

 「あ?まあ、中で吐くなよ。」

 「うえーい。」

 「ったく、女より車か。お前ららしい」と笑われながら、展示車の中で前後不覚で眠っていた。

 明け方の大災害。高級車と言うのは、やはり装甲その他、安物とは違うと実感した。

 彼らのいた階より上は折れてしまったが、当然波は被ってしまう。車内にいた2人だけが生き残り、あとは地震で死んだか、凍死したか。

 その後唯一残ったビルを目指し、この氷原の国に合流となる。

 彼らは『聖人待望』になど囚われない。半グレの3歩手前とはいえ、虚勢を張って生きていたからおかしなロジックにはまらなかった。

 ただ、空気を読んで見ていただけだ。

 2人は工業高校の出身で、機械系には自信があった。拠点近くのビルにあり合わせで通信設備を作ってみたが…

 失敗ではないと思う。ピーピーガーガー雑音は拾う。

 でも、国内の別の場所からも、もっと言えば他国からの通信もない。

 ある意味、2人はこの世界で1番絶望的状況に気付いているかもしれない。

 誰も助けてくれないのなら…

 あの王様に出来るのだろうか?

 彼らは大樹が嫌いではない。

 馬鹿みたいに優しいのだ。ただの、自分達より少し年上の青年だと気付いた上で、彼が必死で役割を果たしているだけと気付いていたから不安になる。

 この世界は歪だ。

 色々無くし過ぎて気が狂ってしまいたいところを、辛うじて王に寄りかかってごまかしている。

 それでも、不器用に人を導こうとする王にある種尊敬の念すら覚えるが…

 事態がもっと悪化すれば、いつか人を切り捨てたり、大きく事態を動かしたり、なにがしかの決断が必要になる。

 あの王にそれが出来るのか…

 不安なまま、日暮れが近い、2人は拠点に戻ろうと腰を上げた。

 通信設備に反応はない。

 ビルを出ると、

 「あ?」

 「小僧、また。」

 仲間はみな、氷の下の拠点に入ってしまった後だろう。

 少し薄暗くなった氷原に、少年が1人佇んでいる。

 彼の名は一ノ瀬十吾(イチノセトウゴ)、確か中1だったと聞いている。

 何故1人ここにいるのか?少年は決して語らないが、親兄弟を亡くしたのだろう。  

 そして、彼らは氷の下にいるのだろう。

 十吾が1人氷を見つめるのは、それを空也と陸が見つけるのは、もうこれで4回目だ。

 この世界は日が暮れれば身動き取れない。ブリザードが吹き荒れる。確実に死ねる、そういう世界だ。

 「おい、帰るぞ、小僧。」

 空也の声掛けに、十吾ははっとして顔を上げたが、いつも通り泣き出しそうな表情だった。

 少年は、精神的には氷原の王国に馴染んでいた。けれど、現実の喪失感もごまかしきれず、失った家族を追い続けていた。

 だから言う。

 「小僧。まあ、お前の気持ちは想像つくけど…」

 「それでお前までどうかしたら、あの王様、めちゃくちゃ悲しむぞ。」

 王を引き合いに出されて、少年の足が動き出す。

 空也と陸に続き、拠点へと歩き出すのだ。

 王様は、…ただの男だ。

 全部気付いている2人だったが、こう言う時都合よく使っている。

 歪だって気付いているのに…

 訳が分からず苛立っていた。


 その日、事態が動き出す。


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