3章

第8話 空に1番近かった人

 「うわあぁぁぁ‼」

 叫ぶ自分の声をどこか他人事のように聞いていた。

 ありえない激しい縦揺れに跳ね飛ばされて、大樹はビルの上空を彷徨う。

 今際の際の集中力だ。視界に入ったのは、ずいぶん下に見えるビルの屋上、その下に見える東京の町。

 なんで?煙?

 一瞬で倒壊した建物のせいだ。土埃が巻き上がりひどく幻想的だった。

 もちろん正確な事情など、今の大樹には知る由もない。

 ただ、直後始まった横揺れは凄まじく、高層ビルがシェイクされたように動き出す。

 コンマ数秒を永遠に感じる。自由落下で落ちていく大樹は、自分がビルから外れるのではと思った。

 「嘘だろ、これ‼」

 冗談じゃない。この高さから落ちれば100パーセント死んでしまう。

 混乱の中意味のある行動はとれなかった。守るように頭を抱え体を丸めた大樹は、物理法則上当然ながら屋上に返る。

 その後、高層階ゆえに増幅された揺れで、本気で振り落とされそうになりながら揺さぶられ続け…

 偶然手にかかった突起物に掴まり続けた。

 これ?地震?

 揺れる度にビルがしなる。土埃まみれの下界が見える。

 時折、ガラガラと崩れるビル。

 自分がいるサンシャイン60が、いつそうなるのか気が気ではない。

 なんだこれ?世界の終わりか?

 どれほどの時が経過しただろう?

 地上より長く揺れていたはずのビルの上で、ようよう大樹は体を起こす。

 サンシャイン60は崩れなかった。

 が。

 三半規管がやられている。直後吐いた。

 よろめきながら、現状を確認しようと視線を上げる。

 その視界に映ったものは…

 「っ‼」

 声は出なかった。行き過ぎる恐怖は叫びすら飲み込む。

 海が…襲ってくる…

 津波なんて言葉じゃ表現出来ない。

 遠く立ち上がった波の高さは…

 ビルの高さを超えているかとさえ思う、青い壁だ。

 「うわぁぁぁっ…」

 直後襲った揺れは、余震ではない、波の力によるものだ。

 東京が…飲まれていく…

 地震を耐え切ったビルも波の力に負けていく。

 折れる。

 崩れる。

 スカイツリーまで…

 波間に消える(崩れた?)。

 混乱し、わからないまま再度突起物に掴まっていた大樹の手が、ついに離れた。

 頭を打って床に転がる。

 青年は意識を手放し、世界はその形を変えていく。


 「寒い…」

 学生時代にした、スーパーでのバイトを思い出した。アイスを補充しようと、立て付けの冷凍庫に入る、あの寒さだ。

 「なんで?」

 意識が混濁しているから、真っ白な息を吐きながら起き上がった大樹は、ぼんやりした目で周囲を見回す。無意識でジャンバーの襟を立てる。チャックを上まで上げようとし、

 「‼」

 あまりの冷たさに目が覚めた。

 巨大地震、巨大津波に襲われたこと。

 思い出した大樹は、いったい何がどうなっているのかと、幸いにも崩れなかったビルの屋上を歩く。

 下を覗き込んで…

 「えっ‼」

 世界は変わってしまっていた。

 あんなにごちゃごちゃしていた町が、何もない。

 辺り一面平原だった。

 いや、直前の津波の記憶、今のこの寒さを考えるに、あれはつまり氷原だ。

 東京が厚い氷に飲み込まれている。

 あったはずのビル群がない。折れたか?崩れたか?

 サンシャイン60の上にいた大樹からは、氷原の位置はだいぶ下だ。しかし、10階か20階分かが氷の下で、ところどころ見える突起物が以前の町の名残だった。

 しかも、圧倒的に少ない。

 「一体何が…」

 起こっているのか知りたかった。

 大災害?世界の終わり?

 父さんと母さんはどうなった?

 混乱する瞳が、不意に氷原を動くものの存在をとらえた。

 「あっ‼」

 彼らはそこかしこから出てきた。

 1000万以上が住む東京だ。全滅はない。万に1つ、いや10万に1つの確率で生き残った彼らは、今上を見上げている。

 全てが消えた世界で、唯一の残った高層ビル。

 その上にいる人物の姿を、その目に捉えて離さない。

 まるで幽鬼の群れだった。

 「なんだ、あいつら?」

 大樹がうすら寒さを感じた、その時はすでに囲まれていた。

 中の1人が大声を出す。

 「私が王をお迎えに行く‼しばし待て‼」

 と。

 


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