第6話 小

 かの国はもう燃料の調達が不可能で、今まで通り気軽にミサイルを飛ばすことも出来なかった。

 ただ恨みだけを募らせて、今出来る最悪の一手を模索する。

 幸いと言うとおかしいが、核廃棄物ならいくらでもある。

 核の灰を詰めて大気中で爆発させる、『貧者の核』を発想した。

 1発くらいなら撃てる。隣国か、彼らが強制鎖国となる原因となった国程度になら、飛ばせる。

 『貧者の核』と侮るなかれ。人々は高濃度の死の灰を吸い込むこととなり、体内からも被爆を続ける。人的被害が計り知れないのだ。

 数日後を決行日とし、計画が動き出す。


 その日、中井中の葬儀が行われた。

 その身を挺して一般市民を守った青年の遺体は、人の形を保っていない。炊飯器にはやはり、鉄くぎやナット、ガラス片などが仕込まれていた。そのほとんどを彼が受けた。

 一人息子を亡くした両親は見るに堪えないくらい憔悴しており、

 「この度は…」と型通りの挨拶をする大木大樹自身、それ以上言葉が続かない。

 深く一礼し、2人の前を辞した。

 黒の礼服姿の彼は、斎場の隅で立ち尽くす。

 タバコを吸う習慣はない。しかし、もしそれがあれば吸っている、そんな気分だ。

 中が死んだ。

 小和の時も思ったが、『何故?』が止まらない。

 どうしてあいつが死ななければならない?

 急激に色を変えていく世界についていけない。

 そこまで明るい未来など信じてはいなかった。

 けれど、ここまで悲惨な未来など…

 しかも、ここに至って思い出した。

 数年前、『ノストラダムス』に預言された言葉の数々。

 確か中の名を検索した時、『英雄』『殉職』とあったはずだ。

 下らないと思っていた、預言が当たり始めている?

 「ああ、来てたのか?大樹。」

 声をかけてきたのは、今は天涯孤独の身である、親友の小林小夜だ。

 小夜はテロ事件の後自衛隊に入隊した。大卒だから幹部自衛官だ。今も制服に喪章をつけて告別式に参加している。

 その階級章が、見たことのないものに変わっていた。

 「小夜。それ?」

 「ああ。昇進した。」

 短い会話。

 すぐに勤務地に戻らなければならない小夜との会話はそこで途切れ、自衛隊に疎い大樹は知らないままとなる。

 小夜が付けていたのは『一尉』の階級章だ。

 旧軍なら『大尉』。英語では『キャプテン』…


 小林小夜一尉の勤務地は、日本海側にある某県だった。

 潮流の関係か、そこにはかの国からの難民が数多く流れ着く。

 かの国は食料も燃料もなく、意を決した人々の大脱出が始まっていたが、本気で食い詰め逃れた人と、国側が仕込んだテロリストが混在するのがたちが悪い。

 日本は文明国だ。全てを排除出来ればよかったが、それは出来ない。

 ボートピープルが来る度に自衛官が出動、安全性を確かめていたが、助け起こした幼児がそのまま爆発する。その上あまりに頻繁して、海岸線に常駐する羽目となった。

 小夜は国境警備隊の副官だった。しょっちゅう殉職者が出る最悪の任地で、幸か不幸か昇進だけは異様に早い。任官数年で一尉になるとは想像すらしていなかった。

 親友の葬儀のための短い休暇を終えた早朝、隊内で警報が鳴り響く。

 『貧者の核』をその日の通勤時間に合わせて使うつもりだった、かの国はダミーとして大量の難民船を送り込んだ。

 一気に数10隻がレーダーに映り、警備隊は緊急配備となる。

 異様な緊張感で海を見つめる。背後では、東の空が薄明るくなりつつある時間だった。

 瞬間始まったのは、核兵器による攻撃でも敵襲でもない。

 地鳴りを聞いたものがいたとか、どうとか?

 グンニャリと景色が歪んだ。

 「‼」

 巨大地震とすら気付けなかった。

 考える余裕すら奪う揺れに、鍛えているはずの自衛官達も立っていられない、その場を転がり回ることとなる。

 もちろん、小夜も、だ。

 世界がぐるぐる回っていた。

 明けかけの空の幻想的な赤。黒かった海に薄日が差して輝き始める。遠く崩れていく街並みが見える。

 夢のように終わっていく、全てが。

 瞬間、高過ぎる水の壁が襲ってくる光景が見え…

 小夜の意識は永遠に失われる。

 

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