2章
第5話 中
日本の首都・東京がバイオテロに見舞われた後、世界は急速にその在り方を変えてゆく…
某国の情報機関の調査によれば、テロの裏にある国家の名前が挙がる。
時代は、これまでタブーだった『核兵器の使用』をちらつかせての戦闘や外交が行われる末期の世の中だったが、本当に使用したという点で、今回の件はそれらと一線を画した。
使用した側は、『核を使ったわけじゃない』とある意味簡単に考えたのかもしれないが、状況のブレはあるもののコロナを抑えつつあった時代、国際的な人流の動きも再開しつつあった。
今回は不出来なウイルスだったが…
もしもっと完成度の高いウイルスがばら撒かれたら?
被害者が国際的に移動したら?
問題は一国に留まらない。世界を破滅に導く、下手をすれば人類そのものに引導を渡すテロ行為だ。
その国を地図から消すのは簡単だったが…
文明的に、文化的に、また法治的に対応しようとした世界は、この時やっと1つになれた。いつもならともに歩むことを拒否する信条の違う国までも同調し、かの国は一夜にして強制的な鎖国状態となる。
全世界からの国交断絶だ。
甘く考えた彼らの飛ばした旅客機が、国境を越えた途端撃墜された。その可能性は低いものの、もしかしたら罪なき一般人もいたかもしれない。それでも撃墜するという、強い意志を世界は示した。
陸路も海路も遮断され、基本燃料も食料も自国内で賄いきれない、かの国は干上がてしまう。
全世界的な孤児である。理想を掲げそのために働く、NPOさえ敵が多過ぎて動けない状態…
国交断絶から数年、今はもう無駄玉は打てない。
息をひそめる…
そして、あのバイオテロ事件を合図のように、この数年、日本でもテロが頻発し始めた。たまにはあった刃物や車を使っての無差別殺傷事件以外にも、爆薬を使ったり、銃を使ったりの、派手なケースも増えてきている。
社会不安が顕在化していた。
その日、警察官になった中井中はパトロール中だった。
中は、どこにでもいる当たり前の、また現代らしく根性なしの部類に入る青年だ。
親友の妹が非道なテロの犠牲になった。
脳内の人生の予定に組み込まれていない展開に、いい加減だった、長い思春期を楽しんでいた青年は、急激な方向転換を遂げる。
もう誰も失いたくない、と思った。
親友の、心が死んでしまったような、無機質な表情を思い出す。
同じ気持ちを味合わせたくない、誰にも。
その思いが意志薄弱だった、いい加減だった青年に、苦しい警察学校を耐え抜かせ…
「あの、お巡りさん。」
巡査として交番勤務を始めていた中は、商業施設をパトロール中若い主婦から話しかけられた。
彼女の手を握る就学前の幼子がいる。
その顔が、幼いころの親友の妹に似てハッとする。
「うちの子が変なものを見つけて。」
彼女が指さしたのは、人々の行きかう通路の端に置かれた紙袋だ。変に重量感のあるボッテリした形状で、袋に強引に詰めた感じ。忘れ物としては不自然だった。
「中身は?」
「いえ、確認していません。」
「わかりました。」
嫌な予感がする。
応援を呼ぶべきかもしれないが、時間がない可能性もある。
「あなた方は離れていてください。」
意を決して袋に近付いた中が見たものは、5合炊きの炊飯器。そこかしこに配線が見え、起爆装置だろう、携帯電話がついている。
その無機質な画面が表示するのは、残り時間が20秒余りだった事実のみ。
中に出来るのは叫ぶだけだ。
「爆発物だ‼逃げろ‼」
精一杯の大声を上げる。
何故そんなことをしてしまったのか、彼自身にもわからない。
炊飯器型の爆弾には、おそらく中にくぎやガラスなど、よりむごたらしい被害をもたらす為の仕掛けがある。
目の端にパニックが映る。あの親子も避難する。けれど、余りに近くに居過ぎた人の一部は固まり動き出せず、転んでしまった老人も見える。
ただ嫌だった、それだけで。
「早く逃げろ‼」
今一度叫んだ中は、反射的に炊飯器を抱え込んだ。
直後、爆発音。
怪我人は出たが死人は1人のみだった。
彼は英雄となった。
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