第3話 起点とされた少女
小林小和は起点だった。
当時『起点』とされた人間は東京近郊で5名。少女が選ばれたのは偶然以外のなにものでもなく、言うなればそこにいた、ただそれだけ。
世界的に見れば部隊を動かし、兵器を使っての戦争をしている国もあったが、国々がつながり狭くなっている現代社会では有効な手段とは言えない。
国力や資金面で十分でない集団が、世間に何某かのアピールをする場合、やはり現実的な方法はテロとなる。直接的な自爆だけが手段ではない。このとき東京が巻き込まれたのはバイオテロだ。
致死性の高いエボラ出血熱に、コロナの感染力を加えた。
起点とされたのはたった5人でも、発病までの3、4日の間に周囲にまき散らすこととなり…
その日、小和は下校中だった。
高校3年の晩秋であり、部活はとうに引退していたが兄と同じく足の速かった小和は、陸上での進学が決まっていた。
体をなまらせたくなくてトレーニングは続けている。
その日は普段より遅くなってしまった。
急いで最寄り駅に向かう小和は、俯き加減で歩く外国人風の男とすれ違う。
瞬間。
「つっ‼」
声が出てしまうような、鋭い痛みが肩口に走った。
さっきの人とぶつかったのか?
でも、ただ当たったというよりは、何かが刺さったみたいな痛みだ。
すれ違いざまにウイルスを注入されているのだが、思わず振り返っても男はいない。何が起こったかわからない。
ただズキズキと痛む肩を押さえ、直後のショック反応で気が遠くなる。
フラリ倒れかけた小和を、通りすがりのサラリーマンが支えてくれた。
「大丈夫?救急車呼ぶ?」
「いえ、平気です。立ち眩みみたいで。」
そう言って小和は、2駅分混みあった電車に乗って帰宅した。
サラリーマンも、電車の同じ車両に乗った人々も、結果全員感染するが今の小和には知る由もない。
小和は普通の女子高生だった。得意の陸上で結果を出すのも夢だったが、もっと当たり前に女子らしい、大好きな人と結婚する夢だってある。
未来は確かにあった筈で、本人も、周りの人も疑っていない。
幸せな未来は…
潰える。
3日後、ひかない肩の痛みとともに高熱が出た。
漠然とした不安。
フラフラしながら見た鏡の中の自分は、真っ赤に充血した目をしていた。無意識で流した涙に血が混じる。
一体何が起こっているのか?
兄である小夜は、大学の陸上部の寮暮らしでいなかった。
家にいた父と母が慌てて少女を医者に連れていき、コロナ禍の経験値が不幸中の幸いをもたらした。医師は正しく判断し少女と両親を隔離、国への報告を行った。
正確に事実関係を探る前に対応を始めたこと。
被害を最小限に抑えた要因ではあるが、この後多数の感染者の出現に国は混乱を極める。
この日新ウイルスによるパニックが始まった。
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