1章
第2話 中二病なソフト
「なんだよ、これ…」
早朝、大木大樹は自室のパソコン前で戸惑っていた。
23歳になったばかり、大学4年生の彼は奇妙なソフトにはまっている。
卒業制作が進まない。写真科だし、変な話傑作一発で解決するのだが、そもそも自分が何を撮りたいのか、根源的なところで行き詰っていた。
大樹がもともと好きな写真は、心を震わすような瞬間だ。ゾッとするほど美しい風景にも心が震えるし、事件事故の現場で必死で戦う人々にも心は震える。遠く離れた国の戦争の現実にもモヤモヤと心が震えるし、もっと穏やかな、ただただ幸せな人々の笑顔にだって心は震える。
自分が1番伝えたい世界を考える内迷路にはまった。
だから、このおかしな中二病的ソフトに惹かれるのだろうと自嘲する。
大樹が遊んでいたのは、一部マニアで話題沸騰のソフトだった。
ぶっちゃけマイナー。どこまで本気かよく分からない。
ソフトの名前は『ノストラダムス』。今更感のあるネーミングで、しかし、もし本気なら開発者は結構イっているかもしれない。
説明書きによると…
死海文書と呼ばれる文書群に、旧約聖書、聖書、コーラン、仏教の経典など多様な宗教の経典群を集め、縦読み、横読み、斜め読みのロジックを拾い出す。利用者が入力した文字(多くは歴史上の人物名だ)をきっかけに、そこから暗号化された予言を導き出せというものだった。
例えば『織田信長』と入力し、『焼き討ち』や『魔王』、『裏切り』などが導き出せれば、
「おーっ、すげぇ‼」と、盛り上がるだけの遊び。
大抵の人間は、『ヒトラー』とか、『オバマ大統領』とか、『源頼朝』とか、時代も国籍もばらばらの人物の名前を入れ、検索し、最終的には自分の名前を入れて飽きる、そういうソフトだ(だって大概何も表示されないし)。
大樹も前日の夜、自身の名前を入れた。
その後なぜか固まったパソコンを放置、朝を迎えたわけだが…
画面上にはありえない文字群が。
曰く、
『氷原の王』、『導くもの』、『足掻くもの』、『愚者』、『選ばれしもの』…
中二病な単語の羅列に、
「ふざけてんのかよ‼」と、苛立つ。
ばかばかしいと思いながら、けれどここまで試した歴史上の人物には当たらずとも遠からずの単語が見つかっている。
『一体これは?』と戸惑いながら、青年は続けて思いついた友人の名前を検索する。
中井中には…
『殉職』、『テロ』、『英雄』の文字が。
小林小夜には…
『コバヤシサワ』、『キャプテン』、『戦うもの』、『殉職』の文字が。
「なんだ、これ…」
再度ふざけているのかと思う。
親友2人とも殉職しているし、でも、『コバヤシサワ』はおそらく『小林小和』で、小夜の5つ下、今高校3年の妹の名前と合致する。
まるっきり嘘ではない。
でも、嘘じゃなければ理解が出来ない。
思いついて逆引きする。
自分が『氷原の王』ならば、『氷原の女王』もいるかもしれない。
『氷原の女王』と入力し、パソコンが再度固まった。
その時不意にスマホが鳴る。
「小夜?」
画面には、コロナ禍だったこともありあの成人式以来会っていない、友人の名が浮かんでいる。
「おう。…えっ?小和ちゃんが?…マジかよ、それ?…うん、取りあえずすぐ行く。…うん…」
取るものも取りあえず、しかし学生とは言え写真家の常だ、カメラバッグのみ引っかけて大樹は走り出す。
つけっ放しのパソコンは、節電が叫ばれる昨今だ、家族によって落とされたので結局知らないままになる。
氷原の女王には…
『ナツメナツキ』、『研究者』、『支えるもの』などなど。
お互いをまだ知らない、王と女王の運命が画面上で交錯し…
今は離れた。
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