序章 ある日を境に生まれ変わってしまった

「部長!見てください、山!木!新鮮な空気ですよ!」

「鈴本…恥ずかしいからやめるんだ。」

「ええ~…部長はこういうの好きじゃないんですか?」

「嫌いではないが、そこまで興奮することではないな。」

「部長は大人ですね…。」

「鈴本とは3つしか変わらないじゃないか。」

「それでも部長は大人っぽいですよ~!」

「大人とか子供とかって…遊び出来てるんじゃないんだぞ、まったく。」

「そうですけど、部長と出張が嬉しくてつい…。」

そう言うと鈴本は恥ずかしそうに旅行誌に目を落とした。

「まあ、そうか…鈴本の言う通り時間があるから、少しだけならいいだろう。」

「やったー!じゃあ行きたいところ調べておきますね!」

「…ああ。」

私たちは旅行誌系の出版社に勤めていて、バスツアー特集の取材のために今日は二人で出張としてバスに揺られている。

この素敵な女性は私の上司の奥平碧(おくだいら みどり)さん。

こんな平凡な私を、よくご飯に誘ってくれたり、一緒に出掛けてくれたりと、かなり面倒を見てもらっている。

「あ、ここどうですか?足湯がついたカフェですって!」

「ふむ…これはゆっくり取材もできそうだな。」

「ですよね!いつか奥平さんと足湯行ってみたいなって思ってたんです!」

「そ、そうか。」

「あと温泉にも!」

「お、温泉!?鈴本とふたりで?」

「そのつもりでしたけど…わたしと二人は嫌でしたか?」

「いや、いやいやいや!そうじゃない。嬉しいぞ…。」

「そ、そうですか…。」

からかったつもりはなかったけど、奥平さんはそっぽを向いてしまった。

たまにこうしてこっちを向いてくれない時がある。

もしかして嫌われちゃったのかな?って思えば、次の日にはまたご飯に誘ってくれる。

奥平さんからわたしってどう思われてるんだろう…。

「あの、奥平さん。」

「なんだ、杉本。」

「わたしのこと、どう思って…」

瞬間、大きな音を立ててバスが揺れ始める。

異音に驚き運転手のほうを見れば、ぐったりとしてハンドルは握られていない。

「お、奥平さん…なにかおかしいです!」

「私のそばを離れるなよ、鈴本!」

奥平は朱音の体を抱きしめて必死に手すりに摑まる。

束の間、体がふわりと浮く感覚。

窓の景色は目まぐるしく変わり、岩の肌や木々を映していく。

「あ…。」

これって…。


◆◆◆


ああ、またこの夢だ。何度も何度も見てしまう。

大きな天蓋付きのベッドから這い出る。

綺麗な装飾のされた姿見の前に立てば、薄い緑色の瞳に深紅の髪が映る。

腕を伸ばせば手鏡よりも小さい手が見える。

夢に出てくる朱音がきっと前のわたしなんだろう。

前世の記憶を持って鏡に映る少女に生まれ変わったんだ。

美しい容姿と豪華な家具が揃えられた裕福な家庭。

前の私は愛嬌しか取り柄がなくて何にもできなかった。

へらへらと笑って相手の気持ちに寄り添うだけだった。

だけどこれからは違う。

これからは…すっごい美少女として人生を謳歌するんだ!!

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純白のリーリウム 耳朶 @fuse_fuse

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