純白のリーリウム
耳朶
閑話休題:あるメイドと教師の話(IF)
アルバタニアの中庭で、主を待つメイドの姿。
本来、魔術学宮の内部に関係者といえど従者を入れることはあまりない。
それほどにあの従者は過保護なのだ。
過保護を通り越して愛情の域まで達している。
それを私は知っている。
主の前でどんな感情を持ちながら笑顔を向けているのか。
誰もが気づかないほどに抑え込んだ大きな欲や愛を、私は知っている。
今も従者は主のことばかり考えているようだ。
その大きな欲や愛を、私に向けてもらえたらどうなるのだろう。
そんなこと、この先もあり得ないのだろうけど。
「スカーレットさんを待っているのですか?」
「ええ、そうですが」
「先ほど委員会の後片付けなどをしていたので、もうそろそろいらっしゃると思いますよ。」
「ええ、存じております。余計なお世話です。」
「相変わらず冷たいですねえ~。」
「ありがとうございます。」
「褒めてはいませんが…。」
「はあ…スカーレット様以外とお話をするのは避けておりますのに…。」
「そんなに嫌でしたか?」
「ふ……。」
—まあ、マリア様と話すのは動物と戯れる程度の雑事ですがね。
動物と戯れる程度……?
「あの、アイリーンさん…」
「しっ…静かに。お嬢様がいらっしゃいました。」
どうして静かにさせる必要が?
「あ!アイリーン!待っててくれたの?」
声につられて振り返れば、赤髪の令嬢が朗らかな笑顔を湛えて駆け寄ってくる。
思わず目で追ってしまうほど可憐だった。
「…!お待ちしておりました、お嬢様。」
その姿を見た従者はちぎれんばかりに尻尾振っているのではないかと感じるほど、上機嫌になっている。
「先に馬車のところにいてくれてよかったのに…立ちっぱなしで疲れたでしょ?」
「いえ、お嬢様のためなら千年の時も待てましょう。」
—千年と言わず来世まで待ってみせましょうとも。
それは無理では…。
「相変わらず大袈裟なんだから…。」
「あ、そういえばスカーレットさん、戸締りは大丈夫ですか?」
「マリア先生~!うん、ちゃんと戸締りしてきたよ~!」
—あ~…マリア先生今日も可愛い~!!
「か、可愛いだなんてそんな…。」
本当にスカーレットさんはうわべだけじゃなく、表裏の無い素敵な人だ。
「あれ、わたし口に出てたかな…恥ずかしい。」
「はんっ…勝手にそう思っただけじゃないですか」
—お嬢様から褒められるなど…百年早い…。
アイリーンさんの目が心なしかすわっている気がする…。
「アイリーン、言いすぎだよ!マリア先生は実際可愛いんだから!」
「まあ、お嬢様が言うならば…そうなのでしょう。」
—愛玩動物と同じかそれ以下くらいですかね。
「愛玩動物…。」
「ん?先生何か言った?」
「あ、ああ、いいえ。」
「そうなの?」
—愛玩動物…?って言ってた気がするけど…。
「引き留めて悪かったわ!スカーレットさん!もう帰るところだったでしょう?」
「あ、うん!馬車を待たせてるんだった!」
「そしたら、もう行かないとですね。今日もお疲れ様でした。」
「マリア先生こそ、今日もお疲れ様!」
「ええ、ではまた明日。」
「マリア・サヴィワ様、失礼致します。」
「ええ。」
—ああ、スカーレット様…大好き…大好き…大好き…。
人前では凛と澄ました態度でいるけれど、スカーレットさんと一緒になれば見事に崩れる。
あの従者と出会ってから幾度となく見た本音。
大きな愛情と大きな欲情。
ああ、あれだけのものを向けられたら。
私はいったいどうなってしまうのだろうか。
—翌日—
「あの…アイリーンさん、今日もスカーレットさんを待っているのですか?」
「愚問ですね。当然です。」
「そこまで言わなくても…私も一緒に待っててもいいですか?」
「別に構いませんが、何かお嬢様に用件があるのでしょうか?」
「スカーレットさんが所属している魔術委員のことと、成績について少々…。」
「それでしたらメイドである私からお伝えすることもできます。話していただいても?」
「あ、でも本人と直接話した方がいいと思いますので…。」
「そうですか。ではお嬢様に直接お伝えになってください。」
「はい…。」
—待たなくても、教師なのですから直接会いに行けばよいのでは。
「………。」
—どうしてもじもじと隣で立っているのでしょうか。
—ああ、私とお話したいんですね。仕方のない…。
「マリア様。」
「えっ、あ、はい?」
「私とそんなにお話がしたいのですか。」
直接聞いてくるなんて思ってなかった。
「…そ、そうですね。」
「私と話しても面白くありませんよ。スカーレット様を賞賛する内容でしたらいくらでも話せますが。」
「それについてはもう日ごろから聞いているというか…なんというか…。」
「あら、盗み聞きされていたんですね。見損ないました。」
「し、してないです!」
「…ふぅん。」
じっとりとした眼差しで見つめてきている。
まるで見透かされているような、分かっているぞと言わんばかりの眼差しで。
「私、昔から人の考えていることがなんとなく分かるので…。」
「それでアイリーンさんがスカーレットさんのこと大好きなんだろうなって。」
「ええ、大好きですよ。求婚したいほどに。」
—求婚したい。結婚して愛して甘やかしてドロドロに溶かしてしまいたい。
「え!?求婚!?」
「比喩です。」
あまり比喩には聞こえなかった
「なんだか顔が赤いようですが、体調がすぐれないのでは?」
「い、いえ大丈夫です。」
—たかだか求婚という単語だけで生娘のような反応をしますね。もしかしてこの方は処…
「あ!あー!!スカーレットさんにお渡しする資料を忘れてしまいました!」
「では、取りに行った方がよろしいのでは?」
「そ、そうですね!そうします!」
「ふ…。」
—なんでしょう。加虐心が煽られますね。
「………。」
—耳まで真っ赤にされて。動物と言っても愛玩動物、ですね。
—ねえ、聞こえているのでしょう?
「っ…!し、失礼します!」
「ええ、ごきげんよう。マリア・サヴィワ様。」
やっぱりだ。あの人は私が心や考えが読めるのを分かっている。
分かっててからかっている。
私の片方の瞳は義眼だ。それも宝石でできた。
小さい頃に魔術の研究として埋め込まれた宝石の瞳。
人体実験は禁忌だったが、その禁を破って父は古代の魔術を封じた宝石を私の左眼に無理やり移植したのだ。
封じられた魔術は人の心を読み、本音を暴くものだった。
見たくもない建前と本音が見える環境で育った結果、私は本音を恐れて相手が欲しがる言葉や欲しい言葉だけをかけるようになった。
そうすれば誰も、私も傷つかずに平和に過ごせるから。
話す機会はそこまで多くなくても、アイリーンさんは“気づいた”ようだった。
なぜかは分からない。だってただのメイドのはずだもの。
どうしてわかったのだろう。知りたい。
私の考えていることが分かるのはなぜ?
どうして私はアイリーンさんに会いたいと思ってしまうの?
—3日後—
この間の出来事で悶々として眠れない日々が続いた。
自分のこの気持ちの正体が分からなくて。
相手の心は読めるのに、自分の気持ちは読めないだなんて笑ってしまう。
確かめたい。
どうして惹かれているのか、いつから惹かれたのか。
知りたい。
また中庭に行けば会えるだろうか。
寝不足と体調不良でおぼつかない足取りのまま中庭への階段を降りる。
途端、宝石の瞳の視界が揺らぎ、平衡感覚を失った。
右足は踏むべき階段を踏み外し、そのまま姿勢を崩して頭から落ちる。
どうしよう。世界がゆっくりだ。
そこまで高くはないが、頭から落ちれば怪我は免れない。
痛みを覚悟して目をぎゅっとつむる。
体に衝撃が走るが、思ったよりも激しくなく拍子抜けした。
「…あれ?痛く、ない?」
「間に合いましたね…お怪我は?」
気が付けば好意を寄せる人の腕の中にいた。
「あ、りません…。」
頬が紅潮し、耳が熱くなる。
「ふらふらと歩いてらしたので、マリア様は体調が悪いのでは?失礼しますね。」
「えっ!?」
身構える間もなくアイリーンさんはおでこを寄せてきた。
少しひんやりとしていて、柔らかくて。恥ずかしい。
「あああああの!大丈夫ですから!」
急いで腕の中から脱出する。
「階段から滑り落ちていたのに、大丈夫とは信用なりませんね。」
「はい…そうですよね。」
「そんなにお忙しいのですか?」
「いえ、なんだか最近寝付けなくて。」
「マリア様のような方でも寝付けないことがあるのですね。」
「どういう意味ですか?」
「他意はありませんし、悪気もありませんが…。」
—こんな可愛らしいかたでも、悩みはあるのですね。
少しだけ見せた、くすりと笑う表情がなぜか刺激に思えて顔をそらしてしまう。
「マリア様…?」
「…貴女のせいです。」
「私の?」
「貴女のせいで夜も眠れず、熱も出ているんです。」
「………。」
「アイリーンさんに惹かれてしまったから。」
「…今日だって貴女に会いに来たんです。」
「そうですか。ですが、私には仕えるべき主がいます。」
「はい…。」
—それに、これはあくまで戯れです。
「マリア様とお話するのはお嬢様を待つ間の戯れでしかありません。」
戯れ。愛玩動物。それでもいい。
「…分かっています。アイリーンさんが本当にそう思っているのも。」
「それでも…私はアイリーンさんをお慕いしています。」
私の本音は私にしか伝えられない。
誰からだって見えないのだから。
「ふぅ…まさかこうなるとは思っていませんでした。」
—というのは嘘ですが。聞こえているんでしょう?
「……やっぱり知ってるんですね。この瞳のこと。」
—瞳のことは存じませんが、貴女の人となりについてはスカーレット様からよくお聞きしております。
—マリア先生はみんなが安心したり嬉しくなるようなことをいっぱい言ってくれるんだ、と。
「………。」
—私と初めて話した時もそうでした。まるで“こちらの考えが読めるよう”なお返事をしますので。
「最初から気づいていたんですか…?」
—まあ、一種の勘のようなものですかね。私はスーパーメイドなので。
「スーパーメイド…。」
—なので、そこから話す度に検証させていただきました。
—まあ、検証するまでもありませんでしたね。
「だ、だからからかってたんですか?」
「からかう、とは?」
「その…きゅ、求婚とか…。」
口にするのも恥ずかしい。私には免疫のない話だ。
アイリーンさんの顔をまともにみることができなかった。
—ドロドロに溶かしてさしあげたい、とか?
ふと、顔の前に影が落ちる。
見上げればアイリーンはすぐ目の前にいた。
「えっ、あの…。」
「いいですか、マリア様。貴女は分かりやすすぎるのです。」
少し低めの声が耳元で吐息とともに届く。
「貴女が思っている以上に、顔に出ているのですよ。」
「そんなこと…。」
「あります。」
—そこが可愛らしいのですがね。
「……っ!」
思わず飛び退いてしまった。
「ふふ…。」
やっぱり見透かされてたんだ…気づかれてたんだ…。
一体私はどんな表情で話しかけていたのだろうか。
恋する乙女のような顔で、アイリーンさんに話しかけてしまっていたのだろうか。
—まあ、可愛らしいといっても、愛玩動物程度ですが。
「また、愛玩動物…。」
だけど、少しいつもと違うように感じた。
まるで自分に言い聞かせているかのような…。
「!…主の気配。マリア様、失礼致します。」
「えっ、ちょっと…。」
呼び止める間もなく、風のように消えてしまった。
本当にメイドなの?と思いたくなる。
もう、今日は早退して家でゆっくり眠ってしまおう。
忘れてしまいたい。
こびりついてしまった記憶を落とせるのであれば落としたい。
私はそんな気分だった。
—ベルナドッタ邸—
「お嬢様、湯浴みのご用意ができました。」
「はーい!じゃあ早速お風呂にいこうかな。」
「本日はご一緒にアロママッサージなどもいかがですか?エステもできますが。」
「う~ん…お願いしたいけど…変なとこ触ったりしない?」
「お約束はできかねます。」
「なんでよ…あと涎拭いて。」
「はっ…わたくしとしたことが。」
「アイリーンはたまに手つきがいやらしくなるんだよね…。」
「滅相もございません。愛ゆえです。」
「人はそれを性欲と呼んだりしてるけど…。」
「まさか、主に欲情するなど、けしからん。」
「けしからんのはアイリーンの態度なんだけどね…。」
「私なんかより魅力的な人いっぱいいるのにな~。」
「はっ、まさか!スカーレット様以外にそんな人間はこの世界にいません。」
「狭い世界で過ごしすぎだよ…ほら、マリア先生とかは?」
「…なぜマリア様なのですか?」
「だって最近よくお話してるでしょ?それになんだかアイリーンもまんざらでもなさそうだったし。」
「話しているのを見てらしたんですか?」
「え、うん。3階の渡り廊下のところから見てたけど、アイリーンが珍しく気づかなかったから、盗み聞きしちゃった!」
この私が…スカーレット様の気配に気づかなかった…?
「従者失格です。もうメイドとしておそばにはいられません。」
「ちょ、ちょっと待って、どうしてそこまで飛躍するの!」
「生涯を捧げて側にいると誓った方の気配に気づかなかったのですから当然です。」
「いや、普通は気づかないって…。」
「う~ん、なんだかアイリーンらしくないね。どうしたの?」
「…愛玩動物との戯れを繰り返していたのです。」
「はあ…猫ちゃんとか、ワンちゃんとか?」
「いえ、マリア様です。」
「マリア先生は愛玩動物じゃないよ…。」
「戯れているうちに、愛玩動物に好かれてしまったようなのです。」
「へえ~!お友達になれたってこと?」
「いいえ、お慕いしていると。」
「え!?先生が!?」
「………ええ。」
「わあ~~~すご…へえ~~~…。」
こんな話で興奮するとは、お嬢様も年頃の女の子ですね。
「じ、じゃあアイリーンはどうするの?マリア先生とこう…付き合っちゃうの?」
「つきあう?武器での果し合いですか?」
「違う違う!ん~…添い遂げる?」
こんなのは聞きたくない。私が添い遂げたいのはスカーレット様だ。
なのになぜ、頭のなかでちらついてしまう。
「いいえ、私が添い遂げたいのは主だけです。」
「そっか。生涯仕えてくれるって言ったもんね。」
「そうでは、ないのです。」
「え?」
「…湯が、冷めてしまいますね。そろそろ浴室に行きましょう。」
「あ、うん…。」
—スカーレットの自室—
「髪の手入れもいつもありがとね、アイリーン。」
「いえ、これはわたくしへのご褒美ですから。」
「ご褒美って…。」
「事実です。」
「そう、なんだね。」
この美しい紅い髪に触れられるのも、身の回りのお世話ができるのも、私にとっては幸福でしかない。
愛しい人へこんなにも触れていられるのだから。
だけど、この方の心に触れることはできない。
このドロドロと醜い溜まった愛情を吐き出してぶつけることはできない。
主従関係がある時点で許されないのだ。
だけど、それをぶつけたらどうなるのか大変気になる。
この方はどんな反応をして、どのようになってしまうのかが気になる。
マリア様のように己の気持ちを伝えてしまおうか。
いっそスカーレット様から拒まれてしまえばあきらめがつくのだろうか。
だけど、もしこの方に嫌われてしまったら私は…。
「…リーン?アイリーン?」
「っ!大変申し訳ございません。」
「珍しいね、アイリーンがぼーっとするなんて」
「そうですね。少し、疲れているのかもしれません。」
こんなところにまで、あの教師が入り込んでくるなんて。
「え、大変!アイリーンがそんなこと言うならよっぽどだよ!」
「そこまで大袈裟にされなくても、少し休めばすぐよくなりますので。」
「でも、なにかわたしにできることないかな…そうだ!」
相変わらず、ただの従者だというのにこの方は真剣に考えてくださる。
損益など考えず、この方は人の力になろうとするのだ。
だからこの上なく愛おしい。それ故に危なっかしい。
放っておけないとはこのことだ。
「ねえ、わたしが日頃のお礼にマッサージしてあげるよ。」
「そんな!貴女は令嬢なのです。ただの従者にそんなことしないでください。」
「そんなの気にしなくていいよ!わたしがしたいからするの。」
「そうは言いましても…。」
そんなことをされてしまえば、私はきっと。
「ね、だからベッドに座って!アイリーンも驚くくらい上手なんだから。」
「…どうなっても知りませんよ。」
「マッサージするだけなんだから、どうにもならないって。」
ああ、こういうところです。なんて危うい。
「わたくしは忠告、しましたからね。」
「へっ…?」
お嬢様の腕をつかみ、抱き寄せベッドへと横たわらせる。
「あ、あれ…?マッサージ…。」
「日頃のお礼であれば、そんなことよりももっとわたくしが喜ぶことがございます。」
「え…そ、添い寝とか…?」
「それもいいでしょう。」
「…ですが、わたくしが望んでいるのはそれ以上です。」
そっとお嬢様の手を握りこむ。
「あの、そういうのは恋人同士がするものであって…。」
「ええ、だから恋人同士になりましょう。」
「添い遂げたいって、そういう…。」
「大丈夫です。お嬢様にはまだそういった気持ちがないかもしれません。」
「そ、そりゃそうだよ。だっていきなりこんな…。」
「だから、これからわたくしの愛をお伝えさせていただきます。」
「じっくり、たっぷりと、溶かしながら…。」
お嬢様の頬に手を伝わせて、ゆっくりと輪郭をなぞっていく。
「こ、こんなかたち、嫌だよ…。」
唇を固く結び、震えながらお嬢様はそう言った。
蠱惑する私を、涙を浮かべながら見つめて。
ああ、離れなければ…嫌われてしまう前に。
「……ふふ、冗談が過ぎましたね。」
ホッとしたような表情を浮かべてから、お嬢様はそそくさと起き上がった。
「ねえ、アイリーン。さっきの…恋人同士になりたいって本当?」
「…本当です。私は貴女と恋人同士になりたいと思っています。」
「そっか…。」
「ですが、主と従者の関係です。性別の問題だってあるでしょう。」
「だから、忘れてください。いつものように微笑んでいてください。」
「返事をするのは難しいけど、真剣に考えてもいい?」
「…なぜ?切り捨てていただいていいのですよ。」
「ううん、だってアイリーンがそう言ってくれたんだもの。」
「お嬢様…。」
「ねえアイリーン。好きだという気持ちに身分も性別も関係ないと思うの。」
「だから、真剣に考えさせてね。」
懐が深いのか、それとも常識がないのか、はたまた凄い人なのか。
どうしてこうも離れられなくするのでしょうか。
「ええ、お返事は無くても構いません。お伝えできただけでも幸せです。」
「うん、わかった。よく考えてお話しするね。」
「…はい、それでは私は失礼させていただきます。」
「あれ?マッサージはいいの?」
「お嬢様をどうにかしてもよいのであれば。」
「よくないので…また今度で…。」
「ふふ…おやすみなさいませ。」
「うん、おやすみ。」
スカーレット様への愛は揺るぎないものだ。
なのに、どうしてあの教師がちらついてしまうのだろう。
それを拭いたくて、塗り替えたくて、お嬢様に愛をぶつけてしまった。
らしくない。馬鹿馬鹿しい。
愛玩動物にくれてやる愛など無いというのに。
愛着と愛情は違う。違うはず。
「お嬢様、私は…。」
夜は更け、月光はある従者を照らした。
柔らかい光とともに夜はある教師を包んだ。
月は全てを知っている。
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