後編 想いを通じ合わせる願い星

 七夕当日の夜、僕は紺色の浴衣を着て、青色の浴衣姿の夕星君と一緒に校門の前で天鷲さんと棔さんの二人を待っていた。頭上には雲一つない満天の星空が広がり、絶好の七夕祭り日和だと言えた。


「今日は晴れて本当によかったね」

「だな。天気予報でも雨の心配は無いって言ってたし、見たところは雲も一つもない。これなら天鷲達も安心して七夕祭りを楽しめるし、お前と天鷲のマスコットの中にいる人達もしっかりと会わせてやれそうだな」

「うん、後は天鷲さんが元気になってくれれば良いけど……」

「そういえば、未だに天鷲が調子悪かった理由を知らないな。今は調子も戻ったみたいだから、俺達も棔も一応安心はしてるけど、お前としては心配なままだろうし、機会があったら聞いてみるしかないか」

「そうだね。天鷲さんには元気でいてほしいし、僕で何か力になれるなら力を貸してあげたいから」


 正直な事を言えば、僕の力くらいじゃ天鷲さんの悩みを解決出来るとは思ってないし、夕星君と棔さんの力も借りる必要が出てくると思ってる。それでも僕は天鷲さんの力になりたい。天鷲さんの事が好きだからというだけじゃなく、天鷲さんにはいつだって笑っていてほしいから。

そんな事を考えていた時、ゆっくりと誰かがこっちへ向かって歩いてくるのが見え、目を凝らしてみると、それは天鷲さんと棔さんの二人だった。


「お、来たみたいだな」

「あ、うん……そう、だね……」


 夕星君の言葉に対しての僕の返事は途切れ途切れになる。その理由は簡単だ。藍色の浴衣を着ている天鷲さんの姿がとても綺麗で、すっかり目を奪われてしまったから。

普段の天鷲さんも可愛くて綺麗だけど、棔さんとお揃いで軽く化粧をしているその姿は月明かりによく映え、どこか大人っぽい印象を受けており、その姿に僕はとてもドキドキしていた。

そんな僕をよそに夕星君が二人に対して手を振りながら声をかけると、天鷲さん達はゆっくりと僕達に近づき、目の前で止まると、二人の姿を見て夕星君は嬉しそうに笑った。


「へへっ、なんか俺達だけ得した気分だな。こんなにも浴衣が似合う女子二人を連れて七夕祭りに行けるんだからな」

「あははっ、ありがと。琴宮君はどう? 私達、綺麗に見えるかな?」

「う、うん……天鷲さんも棔さんもすごく綺麗だよ。なんだか本当に僕が一緒にいて良いのかなって思えるくらい」

「一緒にいて良いに決まってるよ。ねっ、彦乃ちゃん」

「え……う、うん。琴宮君が作ってくれたはちみつレモンドリンクのおかげでだいぶ助かってたし、両親もとても美味しいって言ってたよ」

「作ったのがクラスメートの男の子だって話したら、おじさん達すごく驚いてたし、おばさんなんて琴宮君が裁縫も得意だって聞いたら、彦乃ちゃんに裁縫と料理を教えてあげてくれないかなんて言ってたもんね。

琴宮君さえよければ、本当に彦乃ちゃんに教えてあげてくれないかな? 彦乃ちゃんも出来ないわけじゃないけど、琴宮君に教えてもらいながらならもっと色々な物を作れると思うからさ」

「な、七海……!」

「まあ、それくらい織己ならやってくれると思うぜ。織己だってそうやって頼られて悪い気はしないだろ?」

「そう……だね、作った事がある物なら教えられるし、僕でよければ力になりたいかな」


 力になりたいというのは本当だけど、それを通じてもっと天鷲さんと仲良くなりたいというのも本音だ。正直、僕の腕はまだ誰かに教えるという程じゃないと思ってるけど、家庭科部のみんなや母さんからはそれなりの評価は貰えてるし、それでも良いなら本当に力になりたい。

そんな事を考えていると、天鷲さんは少し驚いた後、一瞬だけ表情を暗くした。けれど、それはすぐに元に戻り、微笑みながら静かに頷いた。


「それなら……その言葉に甘えてみようかな。琴宮君、よろしくお願いします」

「うん、こちらこそよろしくね。まあ、時間が合う時くらいしか教えられないけど、その時はしっかりと教えられるように頑張るよ」

「……うん」


 天鷲さんが嬉しそうに微笑み、その姿に再びドキッとしていると、夕星君は僕を見てニヤニヤと笑ってから僕の肩を少し強めに叩き、天鷲さん達に話しかけた。


「よし……それじゃあそろそろ行こうぜ。このままここにいるよりも早く色々見て回りたいしな」

「うん、そうだね。それじゃあ彦乃ちゃんが人混みではぐれないように琴宮君に手を握っていてもらおうかな」

「えっ……!?」

「と、突然何を言ってるの、七海!?」

「え、それくらい良いよね? 今日も二人はお揃いでハムスターのマスコットをつけてるんだし、別に堂々としてたらその辺にいるカップルと一緒にしか見られないから平気だよ」

「だな。という事で……“七海”、そっち頼んだ」

「はいはい。任せて、“夕星君”」


 すると、夕星君は僕の手を、棔さんは天鷲さんの手を取って無理やり握らせてきた。


「ちょ、ちょっと!?」

「七海!? というか、白鳥君も七海もいつの間に名前呼びする仲になってたの!?」

「お互いに目的が一致してたから、それで話してる内に自然とな。ただ、二人の前でそうするとだいぶ驚かれるだろうから、今日まで隠してたんだ」

「だから、今日の目標は琴宮君と彦乃ちゃんもお互いに名前で呼べるようになる事にしようか。名前で呼ぶくらいなら、クラスメートでも友達でもする事だからね」

「名前で……」

「呼べるように……」

「はいはい、照れるのは後にしてそろそろ行くぞー」


 その夕星君の言葉で僕達は歩き始めた。無理やりとはいえ、握る事になった天鷲さんの手は暑さからか手汗が滲んでいたが、とても柔らかくサラサラとしていて、その感触が自分が手を握っているのが女の子、それも好きな女の子なのだという事を実感させ、その事実は僕の心臓の鼓動を速めた。

七夕祭りの会場を歩いている最中、天鷲さんと棔さんは色々な人達から好意的な視線を向けられ、逆にそんな二人と歩いている僕と夕星君はそういう人達から嫌悪や嫉妬の視線を向けられる。

その覚悟はもちろんしていたけれど、実際にそうなるとやっぱり少し辛い。でも、だからといってここから逃げ出したり文句を言ったりはしない。

せっかく天鷲さんも来てくれて、こうして一緒に七夕祭りを回れるのは本当に幸せだし、手を握っている以上は僕が天鷲さんを危険から守る必要があるからだ。

決意を固めながら少しだけ握る手を強くすると、天鷲さんは少し驚いたように僕を見たけれど、すぐに少し安心したように微笑み、それを見ていた夕星君と棔さんは顔を見合わせながら笑い合った。


「なんかこうして一緒に七夕祭りに来られるのって良いよな」

「だね。そういえば、この七夕祭りっていつからやってるんだっけ?」

「前に聞いた話だと、江戸時代にこのお祭りの前身のお祭りがあって、そのお祭りに色々な要素を加えていった結果、今の形になったみたいだね」

「江戸時代かぁ……その頃の人達もこんな風にお祭りを楽しんでたんだね」

「それに、この七夕祭りには恋愛のジンクスもあるんだってさ」

「ジンクス……?」

「小さい頃から何回も来てるけど、そんなのは聞いた事がないよ?」


 祭り囃子の音やお祭りを楽しむ人達の声が響く中で僕と天鷲さんが揃って疑問を口にすると、夕星君はクスクスと笑いながらジンクスについて説明してくれた。


「この七夕祭りの途中で花火が上がるだろ? その花火をある神社の御神木の下で見た男女は永遠に離れずにいられるんだってさ」

「ただ、その神社っていうのがどこかわからないし、そのジンクスに肖れた人っていうのも実は聞いた事がないから、いつからか都市伝説の一種として広まってるようだよ」

「都市伝説……」

「まあ、あくまでも噂程度に考えて良いかもな。もし、その神社が本当にあってそのジンクスが本当なら行きたい奴は多いだろうけど、そこがどこかわからないなら、どうしようもないしな」

「だね。さてと、それじゃあそろそろお祭りを楽しむために──」


 その時、ふと何かを感じて僕は弾かれたように横を向いた。そこにはさっきまでなかったはずの小道があり、天鷲さんも同じようにその道を見ていた。


「あの道って……」

「もしかして……」

「お前達、どうし──って、なんだあれ……?」

「まさか本当にその神社があって、あの先にそれがあるとか……?」

「それはわからない。でも、なんだかあそこへ行かないといけない気がするんだ」

「琴宮君もなんだね……私もそうだよ」

「お前達が揃って、か……よし、それならとりあえず行ってみるか」

「そうだね。このまま何もわからずにいるよりも確認しにいった方がスッキリするしね」


 その言葉を聞いて僕と天鷲さんは揃って驚いた。


「え、良いの?」

「私達が言うのもあれだけど、危険な場所かもしれないんだよ?」

「まあ、得体がしれないのは間違いないな。けど、お前達が気になるっていうなら、あの先に何かがあるんだと思う。だったら、俺達だって何があるのか知りたいさ」

「そうそう。それに、本当に例の神社があるなら、私達だって見てみたいしね」

「二人とも……」

「……ありがとう、二人とも」

「どういたしまして。それじゃあ行ってみようぜ、みんな」


 夕星君の言葉に頷いた後、僕達は他の人達から離れて謎の道へ向けて歩き始めた。





 琴宮君達と謎の道を歩いている最中、周囲に見えるのは木ばかりで反対側から歩いてくる人の姿がなかった事から、私達が入ったのは人智を超えた何かが作った道なのは明らかだった。

けれど、そんな状況にいても怖くなかったのは、やっぱり琴宮君に手を握ってもらえているからなのだろう。いつの間にか仲良くなっていた白鳥君と七海の作戦で琴宮君と手を繋ぐ事になったけれど、私にとってはまたとない幸運であり、しゃくではあるけど二人には感謝をしていた。


「……この道、どこまで続くんだろう……?」

「だいぶ歩いている気がするけど、まだ終わりが見えないのは少し不安だな……」

「でも、琴宮君と彦乃ちゃんの二人が何かを感じ取ったんだったらきっとこの先には何かがあるんだよ」

「さっきもそんな感じの事を言っていたけど、どうしてそう思えるの?」

「あー……まあ、それは着いてから話すか。ここで止まるよりもとりあえずこのまま歩いて行く方が良さそうだしな」

「そうだね──あ、何か見え始めたよ!」


 七海が嬉しそうに言うと、前方に大きな赤い鳥居が見え始め、それに続いて手水舎やお社が見えていき、小道を完全に抜けた頃には私達の目の前に大きな神社が姿を見せていた。


「神社……それじゃあここが噂の神社なのかな……?」

「たぶんな。けど、どうしてここに来れたんだ?」

「たしかに……」

「神社の話をしたら道を見つけたわけだし、まるで誰かに誘われてここに──」


 その時、突然ガランガランという大きな音が鳴り、弾かれたように私達が音が鳴った方を向くと、拝殿の前には不思議な雰囲気を漂わせた綺麗な長い銀髪の和装の人物が立っていた。

いきなり現れたその人に警戒心を抱いたけれど、不思議とその人が私達に危害を加えようとしているとは思えず、私達が何も出来ずに立ち続けている内にその人はクルリと私達の方へ体を向けると、そのままゆっくりと近づき、目の前で足を止めてからにこりと笑った。


「……ようこそ、私の領域へ」

「あなたの領域……?」

「そうだ、同じ魂の輝きを持つ者との繋がりを持った子達よ。正直、こんなに早く二人を巡り合わせられると思っていなかったから驚いているよ」

「同じ魂の輝き……え、それじゃあ琴宮君も……」

「うん、どうやらそうみたい。天鷲さんのお見舞いに行った日に棔さんから僕があげた赤い星のハムスターのマスコットに天河弥彦さんが宿っているのを聞いたんだよ。もっとも、天鷲さんが弥彦さんと同じ魂の輝きを持った人だとは思ってなかったから、それを聞いた時はすごくビックリしたけどね」


 少し申し訳なさそうに笑う琴宮君の姿に私は不思議と安心感を覚えており、弥彦さんの想い人である星河織音さんと同じ魂の輝きを持った人が琴宮君で良かったと心から思った。

そうして琴宮君の事を見つめていた時、私達が今日もつけていたハムスターのマスコットはそれぞれ赤い光と青い光を放ち出し、その光は人の形に変わっていくと、私達の目の前に弥彦さんと織音さんの二人が姿を現した。


「……織音、ようやく会えたな」

「……はい、弥彦さんにまたお会い出来て本当に嬉しいです」

「私もだよ、織音。さて……私達がまた会えた事だ。今度は私達が恩返しをしないとな」

「ふふ、そうですね」


 弥彦さんと織音さんの言葉に疑問を抱いていると、二人はそれぞれ私と琴宮君の前に立ち、真剣な表情で口を開いた。


「彦乃、君は自分が想い人に相応しくないと言っていたね」

「それは言いましたけど……」

「そして織己さん、貴方も同じように自分は想い人に釣り合わないと思っていますよね」

「それは……」

「だが、私達はそうは思わない。君達はお互いに相手の良さをわかっていてそれをしっかりと認めている。そんな君達が想い人に相応しくないなんて事はないんだ」

「弥彦さんのいう通りです。それに、本当に相応しくないというなら、ご友人方もここまで支えてはくれませんよ」


 その言葉を聞いて琴宮君の想い人の正体に気づいて琴宮君の方を向くと、琴宮君も驚いた様子で私を見ており、その事を嬉しく思ったけれど、私の中にあるモヤモヤはそれだけじゃ消えなかった。


「け、けど……私は琴宮君から好かれるような存在じゃ……」

「ふむ……それなら織己君にも聞いてみようか。織己君、君は彦乃から頼られたら嬉しいかな?」

「や、弥彦さん……!?」

「天鷲さんから……はい、間違いなく嬉しいです」

「琴宮君……」

「天鷲さん、天鷲さん的には誰かに頼るのは抵抗があるのかもしれない。でも、天鷲さんだっていつも頑張っているし、頼っちゃいけないなんて事は……」

「……違う、違うの……」

「違うって……?」


 琴宮君が心配そうに私を見る中、琴宮君の言葉に嬉しさを感じると同時に消えてしまいたいという気持ちが私をチクチクと刺し、目からは涙が溢れ始めた。


「……私は琴宮君なら何かを頼んだら断らずにやってくれるだろうって勝手に考えていたの。琴宮君は色々な人の頼みをよく聞いているし、しっかりと話を聞いて判断した上でそうしているのは知っていたけど、琴宮君ならこの件に関係なかったとしても嫌な顔一つせずに協力してくれるだろうって確信していて、好きな人をそんな風に考えている私が心から嫌いなの……!」

「天鷲さん……」

「それに、私が優等生を演じ続けてるのはあくまでも周囲が持っている私のイメージを壊したくないからなの……頑張り続けて優等生でいないと、色々褒めてくれるみんながいなくなって、琴宮君まで私を見限っていってしまうんじゃないかって思って続けてるだけにすぎない。

そんな自分の事ばかりで相手の都合や気持ちも考えられない私に琴宮君から好きになってもらう価値なんてないの……!」


 口から出てくる心の声。それを聞かせるのは本当に恥ずかしいし、それを話す事で消えてしまいたいという気持ちも大きくなっていく。


「だから、琴宮君は私なんかを好きになる必要はないの! 琴宮君にはもっとお似合いの人が──」

「天鷲さん」

「……なに?」

「天鷲さんの抱えてる悩みはすごくわかったよ。だから、僕も抱えていた物を正直に言う事にするね」

「琴宮君が抱えてる物……」

「うん。僕は小さい頃から裁縫や料理が好きで、好きが高じて今は家庭科部のみんなや夕星君、家族にもその腕を認めてもらえてる。でも、僕にあるのはそれだけなんだ。それ以外は極めて平均的なつまらない人間なんだよ」


 静かに話し始めた琴宮君の表情はとても哀しげでいつもの柔和で明るい琴宮君からは考えられない程に暗かった。


「それに、みんなのお願いを聞いているのも別に僕が優しいからとか誰かの助けになりたいからとかじゃなく、ただ単にその人を放っておけないだけで、それをやる事で満足したいだけなんだ」

「琴宮君……」

「でも、天鷲さんに対しては違う。天鷲さんが思ってるようにどんなに色々頼まれても僕は天鷲さんからの頼みは断らないだろうし、断りたくない。それは天鷲さんにはいつもみたいに笑っていてほしいから。好きな人だからこそいつだって笑っていてほしいんだよ」

「…………」

「だから、天鷲さんは恐れずに僕を頼って。こんな僕でよかったら他の人が離れていったとしてもいつまでも天鷲さんの隣にいるし、天鷲さんの力になれるように頑張るからさ」

「……頼りきってしまうかもしれないよ? 頼る事を当たり前に考えてしまうかもしれないし、君の人生を私のために使わせてもしまうかもしれないんだよ?」

「それでも良いよ。だからその代わりに天鷲さんに僕のストッパーになってほしいんだ。僕が間違った道に進もうとしたらどんな言葉でも良いから僕に正しい道を示してほしい。夕星君にも言われたけど、僕には相手の心中を察した上で時には相手からの頼みをきっぱりと断ってくれるような人が必要みたいだからね」

「……良いの? 本当にその位置に私が、こんなにも薄汚れた私がいても良いの?」


 涙混じりに聞くと、琴宮君は握る力を強くしながら頷く。その事に嬉しさを感じて涙をさらに流し、もう片方の手を琴宮君の背中に回して胸を借りながら泣き始めると、琴宮君は空いている方の手で私の背中をポンポンと叩いてくれた。

その事に嬉しさを感じ、彼の手の温かさに安心感を覚えていると、ここまで静かに聞いていた白鳥君達から安心したようなため息が漏れた。


「まったく……ようやくここまで来れたか」

「だね……ところで、あなたって誰なんですか? ここを自分の領域だと言ってましたけど、もしかして神様……とか?」

「その通りだ。星河織音と天河弥彦の両名に機会を与え、再び出会えた際にはその喜びを分かち合うための場所としてここを作り、今日まで待ち続けていたんだよ。

因みに、人間達の中でここの噂が広まっているようだが、それは私がわざと流した物だ。琴宮織己と天鷲彦乃がそれぞれに対応した魂の持ち主なのはわかっていたから、その噂を聞いたらここに来ようとすると思ったんだよ。私はこれでも恋愛成就を司る神の一柱だから、二人の恋路も応援したいと思ったのでね」

「つまり……全部神様の作戦だったのか。それじゃあここの御神木の下で花火を見たらっていうのももしかして本当なんですか?」

「もちろんだ。だから、ここで三組ともこれまでの頑張りと相手とのこれからを祈りながら花火を見ていくと良い。白鳥夕星、棔七海、君達も想い人同士なのだからね」


 その言葉を聞いて琴宮君と一緒に二人の方を見ると、二人は微笑みながら頷く。


「神様の言う通りだ。お前達をくっつけるために二人で相談しあったり休みの日に出掛けたりしてる内にだんだん七海が好きになって、俺から告白して恋人同士になったんだ」

「彦乃ちゃんにはクラスメートや友達でも名前呼びするんだよなんて言ったけど、私達も付き合い始めたのをきっかけに名前で呼ぶようになったんだ。黙ってて本当にごめんね」

「そうだったんだ……」

「道理でやけに息が合ってるとは思ったけど……」

「彦星と織姫が天の川を渡る際に橋となったカササギは夏の大三角を作る星の一つである“はくちょう座”であり、合歓木ねむのきは邪気を払うために七夕の日に大豆の葉と共に枝を流す風習があるという。そんな七夕に関わる苗字を持つ二人が惹かれあうというのも不思議ではないよ。

さて……天河弥彦、星河織音、君達はこうして会えたわけだが、この後はどうしたい? このまま二人とも天へと昇らせる事も出来るが、何か望みがあるなら聞くけれど……」


 神様からの問いかけに弥彦さん達は顔を見合わせると、同じ事を考えていた様子で頷き、私達の方へ顔を向けた。


「それなら、これからも二人の事を見守り続けさせてください」

「え……や、弥彦さん……?」

「少しの間ですが、共に生活をしてきた事で離れづらくなってしまいましたからね。それに、お二人の雰囲気はとても落ち着きますし、お二人の事をこれからも支えていきたいと思ったんです」

「織音さん……」

「彦乃、織己君、君達さえよければこれからもそばにいさせてほしい」

「もちろん、嫌ならそれでも良いですよ」


 二人の言葉に私と琴宮君は顔を見合わせた。けれど、琴宮君の表情は嫌がっている様子ではなく、私も弥彦さん達がいる事には異論はなかったから、頷き合ってから私達は弥彦さん達の方へ顔を戻した。


「こちらこそよろしくお願いします」

「僕達だけじゃ難しい事もあると思いますから、お二人の力を借りたいです」

「ああ、任せてくれ」

「精いっぱい支えさせてもらいますね。夕星さん、七海さん、お二人もこれからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、二人とも」

「私達だってこれからも二人を支えていくからね」

「うん、よろしくね」

「ありがとう、みんな」


 琴宮君と一緒にみんなに返事をした後、私達は神様の案内で御神木の下に行き、そこに座って話をしながらちょうどよく始まった花火を眺めた。

花火はこれまでも見た事はあったけど、今夜の花火はやっぱり一味違う物だと言えた。


「……ことみ──ううん、“織己君”」

「……“彦乃ちゃん”、どうかした?」

「……これからよろしくね」

「……うん、こちらこそ」


 微笑みながら答える彼の姿に嬉しさと安心感を覚えながら微笑み返した後、私は彼の肩に頭を乗せて幸せな気持ちを味わった。突然訪れた不思議な出会いだったけど、それがあったからこそ私はこうして好きな人と一緒になれた。

だから、この鉤爪で絶対に織己君やみんなを守ろう。織己君の優しくて落ち着く音色が他の人達を繋いでいくのを支え、織己君が傷つくのを防ぐためにも。花火を見ながら私は強く決意した。





「……綺麗だな」


 突然口から漏れた言葉に僕は驚き、それが聞こえたかを確認するために彦乃ちゃんの事を見ると、彦乃ちゃんは表情は変えていなかったけど、耳は少し赤くなっていて、その姿がたまらなく愛おしかった。

こんなにも可愛らしい人が僕の恋人になってくれた事はとても嬉しかったけれど、学校に行ったらそれを知った人達から今日のように嫉妬の視線を向けられるだろうと思って苦笑いを浮かべた。

でも、僕はこの手を離したくないし、絶対に離さない。これからも色々な物を吸収して強く大きくなる彦乃ちゃんの翼を隣で見守り続け、彦乃ちゃんの事を支えていくと決めたのだから。


「……大変でも良い。これは僕がやりたいと思えた事なんだから」


 だから、僕は彦乃ちゃんの心の拠り所として、そして止まり木として頑張り続ける。僕と一緒にいる事で彦乃ちゃんには安心していてほしいから。

僕達を繋いでいてくれた二匹のハムスターが軽く揺れる中、僕は彦乃ちゃんの手を握ったままで強く決意した。

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鷲の羽ばたきと琴の音は天の星を輝かせる 九戸政景 @2012712

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