第18話 その後
ルコラスから愛していると言われた。
彼から語られたことを信じるのであれば、私は彼の好みのタイプだったらしい。
理由は聞いたがいまいち理解できなかった。
「これで冷やしてください」
ハンカチで顔を拭き終わると近くにあったベンチに座らされた。水筒の水で濡らしたハンカチを差し出される。私の持っていたハンカチは汚くなってしまったため、お礼を言ってそのハンカチを受け取り瞼を冷やす。
心配され優しくされることで様々な感情がこみ上げてくる。先ほどとは別の意味で涙が出そうで、落ち着けと自分に言い聞かせる。
しかし思考はまとまらず落ち着かなければという考えも考える端から消えていく。
これ以上みっともない姿を晒したら呆れられたり失望されてしまうかもしれない。
そう思うと心が冷えるような気がした。
彼が私を好きだという理由をあまり理解できていないからこそ不安だった。
「水飲みますか?」
水筒の蓋をカップのようにして手渡される。中には水が入っていた。
ありがたく水を飲む。
「俺、リネットさんはちょっとやそっとじゃ取り乱さないと思っていました」
「私のことを何だと思っているんだ」
反射的に言い返す。
感情をあまり出さないようにしているが、動揺もすれば今のように取り乱すことだって当然ある。
感情に振り回されることはしんどい上、父親にみっともないと言われたことが思い出されてしまうからだ。
「冷静で感情の起伏が少ない人なのかなと」
少し気まずそうに彼は苦笑いした。
「私だって大きな虫が自分に向かって飛んで来たら悲鳴を上げるし、面白そうな魔道具の鑑定を依頼されたら鼻歌を歌うくらいのことはする」
もちろん、人前ではそんな姿は見せないようにするが。
「悲鳴はともかく、リネットさんの鼻歌は聞いてみたいです。聞かせてもいいと思った時にお願いします」
私の鼻歌なんぞを聞くことの何が面白いのかと言いたくなったが、逆の立場ならルコラスの鼻歌を聞いてみたいと思った。
音痴ではないと思うがそう上手いわけでもないため少し恥ずかしい。
そんなことを話していると気が紛れたのか落ち着いてきた。
そうすると今度は子どものように感情を爆発させて泣いてしまったことが恥ずかしくなってきた。
「……ルコラス」
「何ですか?」
目元を押さえていたハンカチを下ろして隣に座っている彼を見つめた。
彼も私のことを見ていた。
「本当に申し訳なかった」
私は頭を下げて彼を洗脳したことを改めて謝罪した。
「分かりました。だからもう謝らないでください」
頭を下げたままでいると優しい声音が聞こえて頭を撫でられた。
優しくされて気が抜ける。途端に抗えないほどの睡魔に襲われて私は目を閉じた。
目を覚ますとルコラスの部屋にあるベッドの上だった。
服はきちんと着ている。部屋は常夜灯の小さな照明だけで薄暗い。ルコラスの姿はなく、時計を見れば4時間が経っていた。
すっかり陽は落ちている。
何もしていないと考えたくないことを考えてしまうからと眠らずに作業を続けていたせいだ。
デートの途中で寝落ちるなんて何てことをしてしまったんだ。
部屋を出てルコラスの姿を探すとキッチンで料理を作っている彼を見つけた。
「おはようございます。突然意識がなくなって驚きましたよ。最近、あまり眠れていないんですか?」
料理はちょうど完成したようで、彼はエプロンを外して私のところへと来た。
「何も考えず作業に没頭したかったんだ。手間を掛けさせてしまって申し訳ない」
「気にしないでください。食べ終わったらお風呂に入って寝ちゃってください」
私はルコラスの言葉に甘えることにした。
夕食を食べてから入浴する。
さっぱりすると寝たりなかったからか、軽い睡魔を感じた。
「リネットさんはベッドを使ってください。俺はソファーで寝ますから」
「それでは休めないだろう。私は構わないからベッドで眠ってくれ。ソファーで十分だ」
「それこそないですよ。……リネットさんが嫌でないなら一緒にベッドで休みますか?」
互いにベッドで眠るように言い合った後、窺うように私を見ながらルコラスは言った。
私は了承した。
ルコラスと共にベッドへ入ってから
寝相は悪くないはずだが、朝起きた時に涎を垂らしていたり私の寝顔を見たルコラスが私に幻滅したりしないだろうか。
そんな不安はあったものの、睡魔の誘惑には抗えず私の意識はあっという間に遠くなっていった。
何かに起こされることなく自然に目が覚めた。
カーテンから差し込む光に日が昇っていることが分かる。
横を向けばルコラスが眠っていた。
懐かしい夢だ。
あれから随分と経ったが私たちは仲良く過ごしている。
酷いことをしたのに好きだと言ってくれた。
彼の寝顔を眺めていると愛おしさが強くなり、私は眠っている彼の唇に口付けをした。
「……愛している」
少しして唇を離してから小さく口に出す。
ルコラスの目が開いた。
「俺も愛してる」
微笑んだ彼は私を抱きしめて言った。
「お、起きていたのか」
「キスされた時に目が覚めた」
恥ずかしくなり彼を見ていられず目を逸らす。
突然、耳たぶを甘噛みされておかしな声が出た。
「耳が真っ赤。可愛い。仕事ではクールでかっこよくて、2人の時は可愛いとか俺の恋人が素敵すぎる」
彼がうっとりしながら私の耳元で囁く。
女性としての自信はなかった。しかし彼が好意を積極的に口にしてくれたおかげで以前よりも自信が持てるようになった。
「ありがとう。ルコラスも優しくて頼りがいがあって、一緒に居られて幸せだ」
だから私も彼に好意をしっかりと伝えるようにしている。
ルコラスは微笑み私に口付けをした。
洗脳したくなるほど愛している 赤月 朔夜 @tukiyogarasu
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