苦難と心労に耐え忍ぶワケがない、わんわん2章なのである

わんわんわん、ふんふんふん♪

「まだ楽しんでいるのか?飽きないようだな?」


「あぁ、アフラか。やはり暇なのだよ。暇だとどうしても気になってしまってな」


「まぁ、この世界が平和な事は人間界が平和な証拠でもあるからな。そうなれば、自然と暇になるものであるが……。政務はいいのか?そなたの配下の者が探しておったぞ?」


「あぁ、別に構わないさ。天秤が傾かない限りは、此の我にとっては些事に過ぎん。それに、此の我がいなくても、アフラがいれば政務は捗ろう」


「拙者をダシに使うとはな……どれ。拙者もそなたの忘れ形見を見させてもらうとしよう」


「おいおい、政務はどうするのだ?」


「些事であるのだろ?それならば、配下が成るように為してくれる筈であるな」


「違いない」


 2人の神族ガディアはこうして領内の政務を投げ出して、人間界の様子を窺っていったのだった。




副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪



【第⑧わん! ポチ、トレーニングってなぁに?の巻】



“ポチ!待ちなさいッ”


『オ、オカアサマ、イッタイナンノ、ゴヨウデショウカ?』


 ポチがこの世に誕生してから半年が経っていた。「犬生を謳歌する」と決めた頃と比べると体重は約3倍近くなり、視線の高さも4倍程度高くなっている。ちなみに魔術の訓練は諦めていた。

 いくらやってもマナ1つ編めないので、いい加減に飽き飽きしてしまい、それならば……と時間を他の事に使う事にした結果だった。

 一方で筋力は順調に発達していった。あの頃はジャンプしてもまったく届く気配すらなかったドアノブにあと一息の所までになった。その際に舌を出していたらドアノブに舌が触れたのだが、ドアノブの味は思った以上に不味かった事だけははっきりと覚えている。なんとなくと言えば伝わるだろうか……。



 そんなポチだが、身体が大きくなればなるほど、この家は狭くて狭くて詰まらなかった。だから暇さえあれば抜け道ペット用扉から外に出て遊んで……いや、散策していたのである。これは縄張りの警護という立派な仕事だと自分に言い聞かせていた。


 だが今日に限ってポチは、母親から言われていた事をやらねばならなかった。だがそんな事に構う事なく、鉄砲玉のように外に行こうとした矢先に呼び止められたのだった。


 流石に心当たりがあり過ぎるポチは、しどろもどろである。



“ポチ!言い付けを守らず外に行こうとするならば、ハナとて考えがある”


『ち、ちなみに……その、か、考えとは?』


抜け道ペット用扉の鍵を締める。そうなればポチは一晩中外にいる事になろうな?凶悪な魔獣の腹に収まったとしても、ハナは知らぬ。仮に生きながらえても、虫に食われまた病院送りになるやもしれんな?”


がくがくがくがくぶるぶるぶるぶる


『オ、オカアサマ、ソレダケハ、オユルシクダサイ』


“分かればよい。ならば、共に飼い主の元に行くぞ”


 こうして母親はポチを連れて飼い主の老夫婦の元へと向かっていった。




 この頃になると、ポチはヒト種の言語を大分理解する事が出来ていた。以前までのような、副音声が必要なゆったりとした言語理解ではなく、自分がヒト種だった頃のようにハキハキとした言語の理解が進んでいった。

 要するに「副音声に拠る通訳が面倒になったんだな」とかは思ってはいけない。それは余談でしかないからだ。


 恐らくは感覚器官の成長が促進された結果なのだろうが、ポチがそんな事を知る由もない。拠って、ポチとしては自分の実力でヒト種の言語を理解出来るようになったと勘違いしており、そのうち自分も話せるようになるとすら考える始末だった。

 ただ、自分が過去の記憶で知っている物については理解出来ているのだが、生まれ変わってから初めて見た物については、本当に良く分からないのである。原理原則が理解出来ていないからかもしれないが、噛み付いて感電させられた「壁に生えた蛇」の名前などは本当に知る由もなかった。


 さて、話しが大分逸れたが、ポチが成長したという事だけは伝わったと思っているので話しを戻すことにしよう。




 ポチが母親に言われた事とは、「おすわり」「お手」「伏せ」の訓練だった。ポチとしては、ヒト種だった記憶がある事から母親から説明を受けた際に「簡単に出来る」と感じていた。だからこそ、外に行こうとしていたのだ。


 拠って、呼び止められ脅迫を受けた以上は、いとも容易くやってのけた上で、とっとと外へ遊び……ではなく、縄張りの警護に向かう事を決めたのである。




〜数分後〜



『何故だ?何故これではダメなのだ?座ればいいのであろう?』


“はぁ……”


『何故だ?何故これではダメなのだ?手を出せばいいのであろう?』


“はぁぁぁぁぁ”


『何故だ?何故これではダメなのだ?伏せればいいのであろう?』


“はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ポチ……お前は本当に犬なのか?”


 ポチは老夫婦に言われた通りに「おすわり」をしてみせた。もちろん老夫婦のダイニングテーブルに付属している椅子を引き摺り出し、そこへジャンプすると、椅子の肘掛けに前脚を置いた上で頬杖まで付いてみせた。

 偉そうである。老夫婦は呆気に取られていた。


 ポチは老夫婦に言われた通りに「お手」をしてみせた。もちろん椅子に座ったままで、頬杖を付いている脚とは逆の前脚を、肘掛けから少し浮かび上がらせていた。

 騎士から忠誠を受けるようである。老夫婦はその意味が分からなかった。


 ポチは老夫婦に言われた通りに「伏せ」をしてみせた。もちろん椅子座ったままで、ダイニングテーブルに前脚と頭を乗せて、更には目をトロンと蕩けさせ欠伸あくびまでしてみせた。

 眠そうである。老夫婦は呆然とする事しか出来なかった。


 母親は呆気に取られるばかりだった。だから、言った事を行った側から冷たい視線を送り、溜め息を漏らす事しか出来ないでいた。


 ポチは「凄い」と褒められる事を期待していた。まぁ、自分が国王だった頃の記憶にある通りの事を忠実にやっただけなので、褒められるような事では決してないのだが、それを母親に見せるのは初めてなのだから、「凄い」と褒め称えられるとばかり思っていた。

 ロクに訓練もせずに出来るのだから凄いに決まっているとさえ思っていた。だから、褒め称えられ外出の許可が、とばかり思っていたのだ。


 しかし返って来たのは賛美でも称賛でもなく、冷たい視線と溜め息だけだった。更には「犬なのか?」という人格ならぬ犬格否定、いや、それ以上の完全否定をされた気分にポチは滅入りそうだったのである。



『い、いや、吾輩はジョン・ジョー……』


“ポチ、おだまりッ”


 ポチは弁明すべく、正式な名前を言おうとした矢先に止められてしまった。まぁ、当然である。



『何故こうなったのだ……』

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