ふんふんふん、ぎゃわんッ

副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪



【第➆わん! ポチ、ガリガリガリの巻】



『痒い痒い痒い、かゆい痒いカユい痒い痒いかゆいかゆいカユいカユい痒い痒い痒いーーーッ』


『なんなのだ、これは?何かの呪いなのか?なんでこんなにも、歯が痒いのだッ!!』


 ポチは耐えていた。いや、耐えられなかった。

 突然襲って来た口の中の痒みに……である。生まれてこの方、歯ブラシなどした事もないしそんなモノがあるのも知らないポチだったが、虫歯で歯が痒くなる事はない。

 因って虫歯ではない。



『駄目だ、この痒み……どうにかなってしまいそうだ、どうすればいい?どうすれば落ち着くのだ?手で掻いたところでどうにもならぬ……』


 ポチは必死に考えつつも結論は見出せなかった。そして前脚で口元を掻いたとしても上手く届いてくれないので、どうしようもない。

 まぁ、前世がヒト種だったポチにとって改めて知る手の便利さというヤツだ。しかし痒いものは痒く、少しだけ届いた前脚で掻いてしまった事でより一層刺激され、尚更その痒みは酷くなる一方だった。


 しかしその一方で、母親の知恵を借りたくもなかったのである。

 何故ならば、相談したなら、またあの白い部屋に連れて行かれるのではないかと考えたからだ。

 ポチの自尊心が、屈辱の惨劇を再びという結論に至らしていたのだ。



『歯が痒いし、手は届かない。どうすれば……はッ!!吾輩気付いたぞ。気が付いてしまったぞッ!』

『手で掻けないようなら、痒い歯を擦り付けて掻けばいいのだ。これは実に妙案である。ふんふんふん、吾輩はなんて頭が良過ぎるのだ!吾輩の頭が良過ぎる事に感動のあまり、身体が自然と踊り出してしまいそうだ』


 こうしてポチは小躍りしながら、歯が痒くなると気が済むまで色々なモノを齧る習性が出来たのである。




木製テーブルの脚の場合


『ふむ、これはなかなか齧り甲斐がある。病みつきになりそうだ。噛めば噛むほどに歯の痒みをとってくれる。そして、齧り付く度に口の中に広がる木の程よいい香り……これは素晴らしい。うむ――、90点だ』



木製タンスの角の場合


『ふむ、これはなかなか刺激的な噛みごたえだ。痒い所にちゃんと手が……いや、歯が届く感じが素晴らしい。噛み砕くと言うよりは歯を擦り付ける感じがまるで、手で背中を掻いているようだ。痒いところに手が届くのは実に素晴らしい……が、このカビ臭さは宜しくない。よって――、72点だな』



金属製の箱の場合


『硬い、硬過ぎる。歯触りも噛みごたえも宜しくない。然しながら中から匂って来るのは食物の匂いだ。この香りを想像しながら噛めば……、駄目だ硬過ぎて噛めば噛む程に歯が痛くなるというか、何故か頭がキンキンする。何だコレは?鉄ではないのか?まぁ、鉄製の物と言えば剣や盾だったが、流石に国庫が空になった時も食べようとは思わなかったから、何故頭がキンキンするか分からんな。だが、噛めば噛む程にこの鉄は凹んでいるような気がしなくもない。こんなのでは武器としてまったく使えないではないか。こんなヤワな鉄しかないのであれば話しにならんな。つまり――、23点だ』



布製タオルの場合


『何故だ?!何故、吾輩はこんなモノで歯の痒みが取れると思ってしまったんだ?この柔らか過ぎる食感、そして噛むと口の中に広がる独特な加齢臭……だが、なんだ?歯に吸い付くようなこの感じは、吾輩の国にここまで柔らかい布はなかった。技術の発展に加点を加えてやらねばなるまい。だから――、2……いや、32点だ』



??の場合


『取り敢えず急に噛みたくなった。それにしてもこれはなんであろう?壁から生えておる。まるで壁に噛み付いた蛇のようではないか?どれどれ、先ず蛇の腹に噛み付いてやろう。――な、なんだこの新食感はッ!硬過ぎず柔らか過ぎず、それでいて噛めば噛む程に弾力があって歯の痒みを適度に取ってくれる。蛇の腹にしてはやるではないか。これは加点が大きいぞ』

『さて、次に頭を齧るとしよう。だが、見れば見る程に変わった蛇だな。先ず頭が小さい。目も鼻も無いようだが……突然噛み付いたら反撃されるかもしれないな。どれ、先ずは舐めて相手の反応を見る事にしよう。ぺろ――』


ビリッ


『ヒッ!?@#$%&*☆¥※〒くぁwせdrftgyふじこlpッッ!!なんかビリっと来た!!!!こ、コイツめ……やはり生きておるのだな?腹ならまだしも頭に対しては防衛本能から容赦無く雷撃の魔術を使ってくるとは……侮れぬ。だが吾輩は千勝の覇者ウォーロードである。このようなチンケな魔獣に臆する事など何もないッ!いざ、勝負だ!』


 こうしてポチは全力全開、全身全霊を込めてコンセントに挿さる延長コードに勝負を挑み、感電した。まぁ、当然のコトだ。

 幸いにもポチの生命に別状はなかったが、この事件はいずれ大きな大問題を巻き起こす事になる……が、余談なので放っておく。



 兎にも角にも、ポチのこれらの奇行に困り果てた老夫婦は、ホネの形をしたオモチャをポチに買い与えた。

 それは噛めば噛む程に歯の痒みも取れるし、何故か肉の味が口の中に広がるオモチャで、ポチは寝ても覚めてもそれをカミカミし、気付けばガリガリと音を立てる程に顎の筋肉は付いていった。

 そして、ポチが夢中になっている頃、ポチの口の下には小さな小さな乳歯が落ちていたのであった。



 更にはこれ以降、ポチのポチに拠るポチの為だけにある食レポ及び採点は試合終了のゴングを鳴らしたが、くれぐれも挿さっているコンセントに噛み付く事だけはしない方が良いと言えるのだけは事実であって、くれぐれも真似をしてはいけない。これはフィクションである。




 さて、斯くしてポチの様々な体験をしながら過ごした幼少期はこれで終わりを告げる。

 次からは華麗なる「犬生」を迎えるべく、自宅警備員……ではなく、立派な番犬へと進化する過程を見ていく事にしよう。

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