わっ?!キャァんッ

副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪



【第➅わん! ポチ、犬をやめたくなるの巻】



『いーーーーやーーーーだーーーーッ』


『いーーーやーーーーだーーーーーッ』


『いーーやーーーーだーーーーーーーーッ!』


 ポチは抵抗していた。兎にも角にも抵抗していた。近くにあった木製テーブルの脚に噛み付いて抵抗していた。何故ならば、ポチの後ろにはゲージが置いてあるからだ。ゲージへの拒絶反応が必死に木製テーブルの脚に噛み付くという、決死の行動に出させたのである。


 ポチはあれからトイレトレーニングが進まず、事ある毎に激痛の為に倒れ、そしてその度に浣腸をされまくっていた。その結果、ゲージ=浣腸と言うトラウマが植え付けられてしまったのだ。



『吾輩は、今日は痛くない!なので、あの白いヒト種の元には行かんッ』

『離せ、何をする!吾輩は行かんと言っておろうにッ』

『ヤメロ、やめろ、止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ』


がちゃん


 まぁ、ポチが必死の抵抗をしたところで、所詮は仔犬。力及ばないのは当たり前である。いつもは倒れてからゲージに入れられるので、すんなりとゲージに詰め込まれるポチだが、今回は抵抗をしていた事から明らかに状態が違うのは明白だ。

 然しながら、抵抗虚しくゲージに詰め込まれたポチは覚悟を決める事なく、フワフワと浮かぶゲージの中で外の景色を眺めていたのだった。



『あー、空気が気持ちいいなぁ』


『あー、空が青いなぁ』


『あー、随分遠くまで来た気がするなぁ』


『――――、zzz』


 こうしてポチは寝た。ゲージの中にいる時は何もされる事のない安心感からなのか、はたまたゲージごと運ばれる揺り籠のようなフワフワした感覚からなのかは分からないが、寝てしまったのだった。

 いくら好奇心が強くても心地良さには負けるし、いくら興味があっても気持ち良さには負けてしまうものなのだ。それこそ究極の睡魔に抗う事など出来るハズもない。

 それくらい本能のままに寝る事を選んでしまったポチだった。




かちゃり


『はっ、吾輩としたコトがついウトウトとしてしまっていた』


『ん?ここは……どこだ?いつもと違う場所だな?いつもの見慣れた場所ではない。では、今回はあの辱めを受けなくても――――ッ?!』

『違う、いる。あの白いヒト種が……いる。何やら女の白いヒト種のようだが、いつもの者とは違くても、白いヒト種は全て……敵だッ!それが男であろうと、女であろうと敵は敵だッ』


きぃぃぃぃ


『くそッ!檻が開いていく。だが、いつもの男の野太い腕ではないのなら……、女の細腕ならその隙間から吾輩の身体は……通るッ』

『今だッ』


 ポチは逃げる事を決意した。ポチを仔犬と思って優しく捕まえようとしてくれた、女性の動物看護師の腕とゲージの入り口の隙間から逃げたのだ。そして、置かれたゲージから脱兎の如く逃げ出したポチは全力疾走……するハズが急ブレーキを掛ける事になったのである。


 そう、ポチの視界からは直ぐに大地処置台が消えたのだ。そして、ポチの足元には断崖絶壁があって、それは目が眩む程の高さだった。



「ムエイエイ!グインキヌエイウォエインクフイエンヌイ、ウフウフウ、クエイウォエイイイ」

(副音声:まあ!元気なワンちゃんね、うふふ。可愛い)


「ドゥイムオ、スオヌオトゥエイクエイソエイクエイアーエイトゥオヌドゥエイアーエイエイブウヌエイイクエイアーエイ、オトゥヌエイスイクウスイトゥイ

(副音声:でも、その高さから飛んだら危ないから、大人しくして


『な、なんだ?!今、何やら強めに言葉を発しておったぞ、この小娘!ええぃ、どうせ吾輩をバカにしてるに決まっておる!吾輩がこの高さから飛べないと思って小馬鹿にしたのであろう……』


『な、ならば!み、見せてやる、わ、吾輩だって死を覚悟すれば魔術の1つや2つ、出来るに決まっておる。吾輩の身体に魔術の才能が無くても、吾輩の魂には魔術が刻まれておるハズだ!み、見せてやるぞッ、ぜ、絶対に見せてやるぞ?』

『だ、だから、吾輩を放っておいてくれぇ。男ならいざ知らず、小娘にまであんな辱めを受けるのは耐えられないッ。それなら死んだ方がマシだッ』

『え、ええい、ままよッ。死ぬ程の恥辱を味わうならば、こんな崖の1つや2つ、飛んでやる!吾輩は誇り高き千勝の覇者ウォーロード・ジョン・ジョ――――あッ』


「トゥウクエイムエイエイイトゥエイ、ソエイ、イイクオドゥエイクエイアーエイオトゥオヌエイソイクウソイトゥイ

(副音声:ぅかまぁえた、さ、いい仔だから大人しくして


『クッ。将の名乗りを上げる前に捕らえるとは、なんたる卑怯!なんたる屈辱!!』

『虜囚の身になっては最早死ぬ事も出来まい。だが、よく見るとこの娘、母上ユスティーナに似て……ダメだッ!そんなコトを考えてはダメだッ!!』

『や、やはり母上ユスティーナ似のこの娘に恥辱を与えられるのは許されざる行為だ。斯くなる上は……魂に刻み付けられた魔術の真髄よ、吾輩の言葉に耳を傾け給え』


「エイ、ソイヌソイイ!ジュウヌブイドゥイクイムエイソイトゥエイ。オヌイグエイイソイムエイソウ」

(副音声:あ、先生!準備が出来ました。お願いします)


 こうして自爆魔術を覚悟したポチの前に、新たな人間がやって来た。そしてポチはその顔を見た時に何故かホッとしていた。それは入って来た獣医が男だったからだ。いや、ポチがそういう事に目覚めていたワケではないので、そこは勘違いしてはいけない。

 しかし、次にポチが見たモノはいつもの浣腸ではなく、長く細い金属の棒が付いた筒だった。


 ポチはいつもの浣腸ではない事に安堵を覚えていた。少なくとも恥辱を与えられずに済むと思ってホッとしていたのだ。拠って気が抜けていたとも言えるだろう。

 だがここでその筒が自分に向けられている事に気付いたポチは、安堵したのも束の間、首の後ろを掴まれそこにその筒が刺される事に気付いてしまったのだ。



『や、やめてくれ、そんな所に刺さないでくれ。それならお尻の方がまだいい。そんな所に穴なんてないのだぞ?穴が無い所に、そんな筒を刺さないでくれ』


ぷすッ


『@#$%&*☆¥※〒ッ――――キャァんッ』


 こうしてポチの予防接種は終わった。

 こうしてポチの病院嫌いは決定的になった。

 こうしてポチは生きる上で、様々な苦痛を受けなければならない事を知ったのだった。



『吾輩、無事に「犬生ケンセイ」を謳歌出来るのだろうか?あぁ、なんで犬に生まれ変わってしまったのだろうな』

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