第②わん! ~プロローグは終わってないのである~

 呪術に成功した最後の1人は、皇国の地下深くの牢獄へと投獄された。


 「千勝の覇者ウォーロード」にかけられた呪いは日を追う事に彼の者を蝕んだ。蝕まれた彼の者の顔はけ、眼下は窪み目の下にはクマが出来ていった。髪は白く染まり、母譲りの美貌は見る影も無くなっていったのだった。



 そして、程無く開戦となった明くる日、催された軍議に彼の者の姿は無かった。



 宣戦布告をした手前、軍の重要なポストにいた「千勝の覇者ウォーロード」を欠いたからと言って、宣戦布告を取り消す事は出来るハズもなかった。

拠って「武神帝王カイザル・アルマータ」は宣戦布告通りに皇国へと進軍し、皇国及び周辺諸国軍と対峙したのである。



 「千勝の覇者ウォーロード」を欠いた軍勢でありながら、その士気は凄まじかった。

 王国は皇国の軍勢を蹂躙し、各地の農村は焼かれ主要な街は侵されていった。皇国の砦は次々と陥落し、重要な関は簡単に破られていく。

 皇国及び周辺諸国軍の領土は王国の手によって、略奪と蹂躙が跋扈する混沌のていを示したのだ。



 王国に因って攻められた皇国と周辺諸国の領民は、当然のように蹂躙され犯された。そして当たり前のように侵され略奪され、焼かれ虐殺されていく。

 方々で怨嗟の声が挙がり、流れた血は川となって躯は大地を埋め尽くしていった。



 そして、開戦から1ヶ月余りが過ぎた頃になると、皇国に軍勢を送っていた同盟諸国は王国によって次々に侵略され、諸国の趨勢は見る影も無くなっていった。

 遂には無条件降伏と言う形で国は滅び、王国に向けていた刃は全て皇国に向けられたのだった。



 開戦から2ヶ月が過ぎた頃になると、皇国の領土は見るも無残な程に狭くなっていた。残す領土は1つの砦と数える程の農村しかなく、その砦が文字通り最後の砦になっていたのだった。


 もしもその砦が陥落されれば皇国の都は目と鼻の先であり、皇国が落ちるのは火を見るよりも明らかと言えるのだ。



「最後の砦が陥落しました」



 その報告が皇帝の元に届いた時、皇帝は貶められる事を恐れた。辱められ、蔑まれる事を拒否した。だからこそ、その後で必ず与えられるであろう苛烈な死を善しとせず、自分の喉元に短剣を押し当て自刃し果てようと心に決めた。

 そしてそれを止めようとする家臣は誰一人としていなかった。


 否、むしろ、家臣達は今か今かと皇帝の死を望んでいたとも言い換えられる。



 皇帝が当てた短剣が自身の首の皮を切り、鮮血が滴ってその衣が徐々に紅く染まっていく。そんな時に1人の兵士が皇帝の元へと駆け込んできたのだ。



武神帝王カイザル・アルマータ」が討ち死に、王国軍は潰走しましてございます!」



 皇帝は持っていた短剣から手を離し、その短剣が床へと落ちていく。そして甲高い音を立てるのと同時に自身もその場に倒れ込んだのだった。



「だ、誰が「武神帝王カイザル・アルマータ」を討ち取ったのか?」



 皇帝はその場にへたり込みながらそれだけを呟くと、意識を失ってしまった。



 王国の国民は王の死を涙を流して嘆き、属領の民達は喝采して祝った。無条件降伏し滅んだ皇国の周辺諸国は、直ぐに新たに王を選定すると王国軍を追撃した。



 王国軍はうのていで国へと戻ると、城門を固く閉ざしていた。その結果、王国が行ってきたこれまでの圧政は各地で内乱を巻き起こしていく。

 内乱は内乱を誘発し、勃発した内乱に因って北の大陸の半分を有した領土は次々に失われていったのだ。



 王国は内乱を鎮めようとはしなかった。何故ならば新たに王位に就いたのは先王、「武神帝王カイザル・アルマータ」を弑逆しいぎゃくし、一蓮托生であった美貌の君ユスティーナをも弑逆した者なのだ。

 それは即ち呪われた彼の者、「千勝の覇者ウォーロード」である先王の息子その人だ。そして彼の者は王位を簒奪さんだつする形で即位し、すかさず国内への暴政を施行した事から内乱の鎮圧まで手が回らなかったのだ。



 彼の者が敷いた暴政……それは家臣を顧みず、民を雑草の如く扱うモノだ。更には自身のみを肥えさせ、結果として王国の重鎮達は保身に奔るようになっていく。


 結果として、更に国は荒れていった。



 各地で内乱が頻発し、暴徒は賊となって領土を王国から剥ぎ取っていく。その中で涙と血を流すのは暴徒にも賊にもならなかった民草であり、そんな民草は王国に対して怨嗟の声と共に大地の肥やしになっていった。



 王国に因って隷属させられていた王国の属領は王国に反旗を翻し、それぞれが勝手気ままに独立していったのだ。

 結果として北の大陸は群雄割拠の時代へと移り変わっていく。



 実の親を弑逆した「千勝の覇者ウォーロード」が王国を簒奪してから数年が過ぎた頃、更なる異変が起きていった。


 「千勝の覇者ウォーロード」は類稀たぐいまれなる暴君としての器を肥大化させ、自由気ままに縦横無尽に我儘わがままを貫き始めたのだ。



 各地の属領を失った事で国の税収は下がり国庫はほぼ空になっていた。しかし王は我儘を止めず、諌めた家臣は一族郎党皆殺しにされた。


 勝手に独立した属領に対して、再び侵略を試みる算段をしていた配下達は追放された。


 国庫が完全に空になった時は、少ないながらに残っていた王国の農村から全ての食料を略奪し、それによって農村の民草は餓死させられた。



 これらの事によって王国内も飢餓に苛まれる事になる。王である「千勝の覇者ウォーロード」の口に運ばれる食料が無くなった頃、突然、王は発狂したのだ。



 発狂した王は固く閉ざされていた城門を自力でこじ開けると、単騎で野を駆けた。

 向かった先は元属領であり、今は無事に独立を果たした隣国だった。その地へと単身で乗り込み、その国の王を殺害し、たった一人で国落としを達成したのである。


 それによって「千勝の覇者ウォーロード」は、空腹に因って発狂する度に属領を単騎で取り戻していった。



 王国の飢餓状態は3年を過ぎた辺りで、「千勝の覇者ウォーロード」の空腹に拠って治まったのだ。その事から、民草は王を様々な異名で呼び始めたのだった。



 王は自分が「千勝の覇者ウォーロード」以外の名で呼ばれている事に気付くと、呼ばれている名を全て自分の名に取り込んでいった。

 それは「名前が長ければ長いほど強い」とでもいうような感じがしなくもなかった。



 その結果、自分以外で正確な名前を呼べる者はいなくなった。少しでも名前を間違えれば不敬罪で即死刑。少しでも名前を噛めば不敬罪で即死刑。

 そんな前代未聞な暴君の暴君による暴君の為の暴君法が誕生したのだ。



 「ジョン・エ・ラ・アーステルダム2世」の名は即位から10年しない内に、「ジョン・ジョージ・エドワード・アームストロング・ムスカディ・エルゴーロード・カイマンデイ・ムッチャラパーナム・ウンチャラカンチャラ・テケレッツノパー・エルリックロイ・ラキライキライライラック・デーンナンダム・ミピッピピッピッピ・ハイラキュース32世・ハールーンウォーロード・エ・ラ・アーステルダム2世」へと変貌したのだった。




「王国の暴威を止めなければならない」



 檄文を王国以外の全ての国へと発出したのは皇国であった。


 その檄文により皇国を代表とする連盟が起きていった。そして連盟vs王国の戦争が始まったのは、王が即位してから15年後の事だ。

 王が40歳になる前の出来事だった。



 王国軍3万に対して連盟軍26万という、今までの王国に対する恨みつらみが、数の暴力となって示された戦争なのは間違いがなかった。



 だがそんな中、王国軍は連盟軍の約1/9という大劣勢でありながら、戦争では善戦を繰り返していく。拠って王国軍が一方的に蹂躙されるだけだったハズの戦線は、徐々に膠着していったのだ。



 戦争が膠着状態になったある日、王の御前にて戦果を報告していた1人の男がいた。


 その男は非常に優秀な人材でありながら、行く先が破滅へと向かっている王国で踏み止まって王国を良い方向へ導こうと頑張っていた。


 だが、王への報告の折に王の名前を噛んだのである。結果、その男は如何に優秀と言えども王の不興を買い、即刻死刑となった。


 その男亡き後、膠着していた戦線は徐々に王国を劣勢へと導いていった。



 昼夜を問わず攻め続けてくる作戦を採用した連盟軍に対し、王国軍は敵兵以外に睡魔とも戦わなくてはならなくなった。寝る事が出来無い為に疲労はロクに回復しない。

 更にはロクな食事も採れなくなっていった王国軍は脱走する兵が後を絶たなくなっていく。


 そして王国は最後の砦1つを残し、それ以外の全てが陥落した。王自らが兵を率いて砦に向けて進軍し王が砦に入った頃、王国内から火の手が上がっていった。



 燃え盛る炎は留まる事を知らず、火を消す事も叶わない。王国からは這う這うの体で人々が流出し、3昼夜かけて全てを焼け野原にしていった。



 国が燃え落ちた事を知った王は、そのまま砦を出て対峙している連盟軍へと進軍していく。


 この時既に王国軍は、1000人程度の兵士しか残っていなかった。生きて帰る事すら危うい状況の中、王はひたすらに剣を振るった。


 敵の首を刎ね、敵を鎧ごと薙ぎ払う。刃が欠けた剣を捨て、敵が持っていた武器をその手に取ると再び敵を屠った。


 幾度となく武器を変え数多の敵を屠っていくが、その一方で味方は次々と討たれていく。


 一騎当千、万夫不当、国士無双、蓋世不抜がいせいふばつ………。

 例え如何に優れた者であっても、戦争に於いては優れただけのただの一個人でしかない。

 拠って次々と迫り来る数の暴力に対しては無力でしかない。



 王の周りには味方の兵士は既に1人もおらず、いるのは四方八方敵兵のみだ。それでも王は敵兵を剣で切り裂き、槍で突き、戟で薙ぎ払う。


 そんな鬼神の如き闘いをしても尚、敵兵は一向に減る気配が無い。むしろその数を増していった。



「ドンッ!ドンッ!ドドンッ!」



 遠くの方で低く大きい音が鳴り響いていく。その音が鳴ったのと同時に敵兵がけていく。

 王はただ単騎で戦場に取り残され、その王目掛けて一面の空が黒くなる程の矢が過剰なまでに降り注いだのだ。



「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぁぉッ」


 王は一際大きな雄叫びを上げると自分が乗っている馬から飛び降り、馬をその膂力りょりょくで持ち上げ頭上に掲げて盾とした。そしてそのまま、矢が飛んでくる方向へと歩を進めていく。


 矢が刺さり頭上の馬が暴れるが、王の膂力によって抑え込まれた馬は見事なハリネズミへと変貌を遂げていった。


 一射、二射、三射と矢は放たれ、空は一瞬青さを取り戻しても直ぐに黒く染められていく。


 王はハリネズミとなった馬を掲げながら一歩また一歩と歩を進め、敵兵はその光景に圧倒的且つ絶対的優勢な状況でありながらも絶望と恐怖を抱いていた。


 敵陣まで残す所あと100m余りまで王が歩を進めた時、王は頭上のハリネズミを捨て走り出した。

 その手に一振りの武器も無く、ハリネズミをすり抜けた矢がその身体に突き刺さっているが気にする事なく、一心不乱に敵陣目掛けてひた走る。



 王が敵陣まであと10mという所まで迫った時、敵兵は一目散に脱兎の如く、蜘蛛の子を散らすように散り散りに陣を捨てて逃げ出していった。敵陣の扉を破るべく、王がその扉に手を掛けた時に始めて王は止まった。


 王の背中には一本の槍が刺さっていた。


 王は敵陣の扉に手をかけたまま絶命していたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る