ビー玉

犬屋小烏本部

第1話瓶ラムネとガラス玉の世界

例えばどこかに別の世界があるとして。




今はそれほど見かけなくなった瓶ラムネ。

カラン。コロン。中に閉じ込められたビー玉が音を立てる。

出して、出してと悲鳴をあげる。

とぷん、とぷんと揺れる炭酸の海。しゅわしゅわ音を立てながら波もないのに泡が浮かんでくる。

水の透明度は? 極めて良好。底まで見透せる海には異物は含まれない。

水の水質は? 綺麗な水には住人はいない。悪いものがいない代わりに、良いものもいない。


無色透明のソーダ水。瓶の中で揺れる甘い水。

たぷん、たぷん。小さなビー玉を包んで揺れている。


無色透明のソーダ水。瓶の中の世界を満たす甘い海。

とぷん、とぷん。ビー玉という小さな世界を包んで揺れている。




私は、瓶ラムネを日にかざして炭酸が揺らめくのをじっと見ていた。







例えばどこかに別の世界があったとして。




カラン。コロン。ビー玉はソーダ水の海の中で音を立てて転がる。透明な海の中で転がる、透明なガラス玉。


瓶の中には海が広がっている。深く澄んだ海が瓶の中で息づいている。それは一つの世界のようだ。

瓶の中の世界には別の世界が転がっている。カラン、コロンと音を立てて転がるビー玉は、小さな世界だ。ソーダ水の海とは別の、ガラスでできた小さな世界。


ビー玉は海から出たい。助けを求めてカランカランと叫び続ける。ガラス玉はソーダ水の海に囚われ続けている。

ソーダ水の海は瓶から出ることはできない。瓶の形に嵌められた世界は、枠を取り払ってしまえば形を保つことができない。


形が違う。在り方が違う。だから別の世界は別の世界を望み、夢にみる。

ソーダ水へと押し込まれたビー玉は上に上がることも、底へ沈むこともできない。外から見ればそれは完成された瓶ラムネの形だ。

ただ、ソーダ水を望むあまりにビー玉を犠牲にしてしまったのではと私はいつも思う。あのキレイなビー玉を。

ソーダ水の中で煌めくガラス玉はとても綺麗だ。瓶の中で揺らめくのソーダ水はとても綺麗だ。




私はその二つの世界を、外から観賞している。

三つ目の外の世界から、見続けている。







例えばここに別の世界があったとして。




別の世界にいるからこそ見えるものがあるのではないか。聴こえるものがあるのではないか。


ビー玉の声が聴こえる。ここから出してと声が聴こえる。それは、外の世界にいる私にしかできないことだ。

ソーダ水の海の中では音が聴こえない。

ビー玉の声は水の世界では届かない。


助けを求めている。助けなくては。

救いを求めている。私が救わなくては。

私が。

私が。

だって、私にしかできないことなのだから。

その小さな世界を救わなくては。私がその世界を助けてあげなくては。




私は、瓶をおもいきりコンクリートの地面へ叩きつけた。







例えばいくつかの世界があったとして。

干渉している世界同士の間にわざわざ入り込むのは野暮ではないだろうか。

自分にしかできないと言いながら、正義のヒーローを気取って善いことをする。それは自分の方が優位だと思っているからだ。

結局助けようと瓶を割ったことは、ただの破壊行為にしかならない。他の世界を壊して他の世界を救う。

自分にしかできないと使命感を持つことは悪いことではない。

ただ、それは時に行き過ぎた思い込みだということも忘れてはいけない。


ビー玉の世界は、助けなんて求めていない。

私にしか聴こえていないと思い込んでいた叫びは、正しくただの思い込みであった。

そういう時も、多々あるだろう。




それは、例えばの話である。

時に「例えば」は、「本当に」になることもあるかもしれない。

それは、自分にしかわからないことだ。

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