第6話 収穫時期
「な、何の話ですか?」
ミカンは熟すってどこからそんな話に飛躍したんだ。
というか、俺達何の話していたっけ?
確か身の上話をずっと脈絡もなく話していた気がする。
最後に話したのは就職できなかったとか、そういう話だったような……。
「ミカンだって熟すのには時間あるよ。それに出荷される場所だって分からない。無人販売所かも知れない。スーパーなのかも知れない。どんな風に人と出会うか分からない。ミカンも人も一緒だよ」
「……はい」
わ、わ、分かりづらー。
上手いことを言おうとしているけど、滑ってる感が凄い。
俺が冷めているからとかじゃなくて、普通に面倒な言い回ししないで直接的な言い回わししてくれた方が心に刺さると思うんですけど。
つまり、励ましてくれているって解釈でいいんだよな?
俺はまだ未熟者で、まだ一人前になるのは時間がかかる。
だから焦らなくていいんだよ。
とか、そういうことを言いたいんだろう。
でも、焦るよ。
なるようにならないから、俺はこんな風に落ちぶれているんだから。
というかバイトってなんで接客業が多いんだろう。
接客業で地元だと知り合いに会いそうで怖いんだけど。
仕事できない人って話せる人が多いのかな?
俺は他人と話せないから、お客さんとは余計に話せない。
となると、工場勤務しかないのかな。
同じ仕事を永遠にやるから気がおかしくなるって聴いたことある。
それと、ずっと同じ場所で立ちっぱなしだから、足が悪くなるっていうよな。
あー。
人生詰んでる。
俺にできる仕事ってなんですか?
悩むだけでお金が入ってくるならそんな仕事したいんだけど。
「私もね、おじいさんが死んだときは死のうと思った。でもね、死んでたらお兄さんに会えなかったよ。ありがとうね。こんなに話したのは久しぶりで楽しかったよ。お兄さんいい人だから、きっと仕事も決まるよ」
「あ、ありがとうございます」
まあ、俺みたいに見知らぬお婆ちゃんに話しかけられて、こんなに話す奴もこの世界にいないだろうからな。
でも、そう言われると嬉しいな。
昔から人と話すのは苦手だったし、辛かった。
みんなみたいに高速で生きていなかった。
みんな流行りのものを追いかけて、それを知らないと除け者として扱った。
俺は昔の映画や小説を読む方がまだ好きだった。
名作と呼ばれる作品の方が、流行りもののあっさい作品よりか心を掴まれた。
みんなみたいに素早く会話を繰り広げることもできなかった。
お婆ちゃんぐらいの喋る速度の方が丁度いいのかも知れない。
そういえば、介護の仕事とかハロワにあったな。
なんか介護の仕事って求人にかなりあるんだよな。
人手不足なんだろうな。
数年前は海外の人が介護の仕事をするために日本にこぞって来ていて、日本人が介護の仕事できなくなるって聴いていたけど、今はどうなんだろう。
俺は介護の仕事なんて力仕事だし、下の世話もしなくちゃならない。
求人が余っているってことは、それだけ過酷ってことだし、誰もやりたがらないってことだ。
面倒だからやりたくないって思っていたけど、なんだか考えが変わって来た。
こんな風にお婆ちゃんと会話できるんだったら、介護の仕事もそんなに悪い物じゃないかも知れない。
ちょっとやりたいことが見えて来たな。
「あれ?」
電車がやって来た。
どこ往きの電車なんだろう。
電光掲示板がないから分からない。
でも、確かここに来る前に時間を確認した時は、この時間に電車なんてなかったはず。
スマホでも確認したけど、こっちの線路に電車なんてくるはずはない。
しかし、鈍行列車か。
俺が待っているのは特急なので、違う電車だ。
と、思っていたら、
「え?」
「どうしたの?」
「いや、俺が降りる駅に行くみたいですけど、あの電車」
見間違い――じゃないよな。
なんで?
この時間帯に電車なんて来ないはずなのに。
「もしかして、前の電車が遅れてやってきたんじゃないのかい?」
「え?」
雨で30分遅れとかいっていたけど、そういうことか?
もしかして俺が乗り損ねた電車も時間ピッタリだと思っていたけど、前の時間帯の電車だったとか?
つまり、あの電車に乗れば、俺は帰れるってことか。
「あ、ありがとう御婆さん。俺、あれに乗って帰るから!!」
「そう! 良かったねえ!!」
御婆さんは立ち上がらない。
どうやらあの電車じゃ乗りたい駅には行かないらしい。
ここでお別れだ。
だが、別れを惜しむ時間はない。
電車が停車したのは大分距離がある。
早く乗り込まないと、電車が行ってしまう。
走らないと。
「ほら! 機会がいつ来るかなんて誰にも分からないんだから! だから、頑張りな!! 私は応援しているからね!!」
「は、はい!!」
後ろを振り返りながら返事をする。
走りながら俺はお辞儀をする。
「ありがとうございました!!」
「またね!!」
俺は手を振るお婆ちゃんを視界に入れながら、電車に乗り込む。
それと同時ぐらいのタイミングでドアが閉まった。
そして無事に俺は電車で家まで帰りつくことができた。
俺は家に帰って、自分が進みたい道を見つけることができたような気がした。
それから俺はお婆ちゃんに出会ったことはなかった。
まあ、あの駅に行ったのは、受けたバイトが近かったからだ。
だからあの駅にはあれから行っていない。
お婆ちゃんに会えないのも当たり前だ。
なんとなくまた会いたいと思った。
人間が苦手な人間である俺にしては珍しいと思った。
あれだけ人と話したのも久しぶりだったからかも知れない。
親より話したんじゃないだろうか。
「――うし」
今日俺はスーツを着て面接する場所に来ている。
緊張する。
ネクタイがキツい。
このキツさに慣れる時はくるんだろうか。
スマホで時間確認。
そして、顔チェック。
髪の毛が跳ねていないか、そして歯磨き粉の跡はついていないか。
「すいません。面接の予約をしたものなんですが」
「はい。承っています。あちらの方を真っすぐお進みください」
受付の人にそう言われて、俺は施設の中に入った。
思っていたよりもずっと広い。
そのせいで余計に緊張して来た。
この前までただの学生だった俺が、社会人になれるのかな。
給料は安いとはいえ、こんな大きな施設で働けるんだろうか。
「ん?」
前を歩いている人がこちらに気が付くと近づいてきた。
そして手に持っているものを差し出してきた。
「ミカンいる?」
その言葉に思わず俺は笑った。
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