第5話 酒に酔って子どもに手を出す親
「な、亡くなったんですか?」
「そうだね」
俺にとっては衝撃的だったが、あまりにもあっけなく言い放つので言葉に詰まる。
結婚とか考えたことなかった。
むしろ、俺は一生結婚しないと決めている。
俺には縁がないものだし、両親が毎日のように喧嘩をして、挙句の果てに離婚したのだ。
そんな家庭環境に育ちながら結婚を夢みれるほど、俺は楽観的な性格をしていない。
だからこの人の悲しみがどれほどのものか、俺には測れない。
俺には大切な人を失くしたどころか、大切な人すらいないのだから。
「寂しくないんですか?」
「……そんな感情とっくにどこかへ行ってしまったよ」
自分でもなんて残酷な質問をしているんだろうと言い放ってから後悔したけど、間髪入れずに答えられてしまった。
寂しいという感情もないなんて……。
悲し過ぎる。
俺の悩みなんてこの人にとったらちっぽけなものなのかな。
「えっ?」
ポツリ、とお婆ちゃんの頬に透明な水が伝っている。
「雨かねぇ」
「そう、ですね。雨強くなってきましたもんね」
雨脚が強くなって、靴も雨がかかってきた。
雨だろうな。
お婆ちゃんが言うんだから。
……俺は馬鹿だな。
辛くないなんてことないはずなのに。
いくら年をとっても悲しい時は悲しいのに。
俺はなんて考えなしな質問をしたんだろう。
「ミカン食べる?」
「……いただきます」
最早この空気感で断れることもなく、ミカンこれで3個目か?
ミカンって美味しいんだけど水分量多過ぎるよな。
水でお腹いっぱいになりそうなんだけど。
よく飲み会の席でお酒何杯飲んだかでマウント取って来る人いるけど、ぶっちゃけ凄いよな。
よく7杯も8杯もお酒飲めるよな。
あれを普通に水と換算したら、そんなに飲めるのかなって思ってしまう。
そもそもそれだけお酒飲んだらご飯食べられなくなりそうなのに、ご飯も食べているよな。
飲みが好きな人ってご飯もちゃんと食べている人多いイメージだから凄い大食いのイメージある。
俺はそこまで食べられないんだよな。
凄いよな。
「両親は仲悪くて、離婚しました。父親はパチンコとかギャンブルが好きなので、借金あって、それでも俺を大学へ行かせてくれました」
あとお酒が好きだったからなあ。
お酒が好きで自分の子どもによく手が出ていた。
それが原因でお酒が嫌いだったりもするんだよな。
俺は夜が怖かった。
逃げたかったけど、自分の部屋もなかった。
怖かったから廊下にずっといる日もあった。
母親は全然助けてくれなかったな。
助けたら自分が殴られるって分かってたんだろうな。
それでも俺を大学へ行かせた。
私達は大学へ行けなかった。
だから子どもには行かせるって。
俺の奨学金やら貯金を使って、親は遊んでいた。
そのせいでまた余計に借金ができた。
その借金は俺に圧し掛かっている。
死にたいな。
本当に心の底から死にたい。
どうすれば楽に死ねるんだろう。
それから親の重すぎる期待を背負って、そして俺は失敗した。
親に恩返しすることはできなかった。
むしろ、プレッシャーをかけてきた親を憎むようになった。
最悪だよな。
自分でもそう思う。
「まっ、大学のお金を俺が返すってことだったんですけど、就職できなかったんですよねー」
「そうかい。それは大変だったねぇ……」
大変だったというか、これからが大変だ。
普通の仕事もできない。
バイトの面接すら受からない。
そうなったら俺はどうなるんだろう。
最終的にはホームレスになるか。
それとも首をくくるしかないのかな。
「ミカンは……」
「あっ、ミカンはもういいです。お腹いっぱいです」
「は? あ、あははははあははは!!」
お婆ちゃんがいきなり笑い出してビックリした。
何かそんなに面白いこと言ったかな、俺?
「顎抜けるかと思った」
「す、すいません」
顎を抑えているので冗談かどうか分からない。
本当に顎抜けそうで怖い。
「そうじゃなくて、私が言いたい事はさ」
お婆ちゃんが眼の横の皺を緩める。
「ミカンは熟すものだよ」
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