第4話 悩みがないのが悩み
ガガッ、ピー。
と、大きな機械音が鳴りだした。
「えっ」
音源をみつめると、そこには錆びたスピーカーらしきものがあった。
『す、すいません。お、お報せ致します。ただいま、ああ――線が雨に、すいません。真雨により30分遅れになります。えっ、ハハっ、えっ? 違う?』
女の人の声で笑い声が聴こえて来た。
なんだ、これ。
車掌――じゃないな、駅員?
いや、駅員いなかったよな?
とりあえず、駅の人か。
名称が分からない。
ともかく、スピーカー越しに話しているのは、新人の人なのかな。
それにしても、笑い声とか聴こえてますけど。
小学校の放送部かな?
『プツッ――』
一端放送が終わって、すぐにまた話が始まった。
要約すると、大雨のせいで車両が遅れているそうだ。
しかも、
「え? 30分遅れ?」
俺が乗ろうとしている電車線が30分遅れとか聴こえた気がするんだけど。
プツプツと音が途中で途切れていたけど、恐らく聞き間違いじゃないはずだ。
「うっそだろ……」
一時間遅れからの、30分遅れって、やることないんですけど。
田舎じゃなければ、駅で暇つぶしできること山ほどあるのに。
これじゃあ、ホーム出てから、他の駅で説明してから返金してもらった方がいいかもしれないな。
「どうしようかな……」
「どうしたんね?」
「今、他の駅に行こうかどうか迷ってます……」
「でも、雨強くなってきたよ?」
「そう、ですね……。外出るのは危険ですね。傘も持ってますけど」
さっきまで雨止んでいたのに、また雨が降って来た。
昨日の夜から数時間前まで豪雨だった。
俺が家を出て面接をし、駅に到着した時、雨は止んでいたのに。
なのに、また雨が降り始めている。
傘をさしていても、ズボンがずぶ濡れになりそうだ。
明日台風が列島に上陸するらしいからそのせいだとは思う。
今日の雨ですら列車が止まった。
だったら明日の雨ではどうなるんだ。
「あんなふざけたお知らせして、お金もらえるんだな……」
さっきの人のスピーチ途中で笑ってたしな。
あれで許されるんだったら、俺も許されたいよ。
就職したいよ。
他の人の声も少し聴こえたけど、そこまで咎めているような声ではなかったように感じた。
多分、愛されキャラなんだろうな。
何をやっても許されるようなキャラ。
俺とは違う。
俺は何をやってもすぐに怒られるようなタイプだ。
「御婆さんは、電車は後何分待ちですか?」
「……あと、一時間ってところかね。まあ、そんなの一瞬、一瞬」
「一瞬ですか……」
「年を取るとね、すぐに時間が過ぎていくのよ。だから悩みなんてすぐに吹っ飛ぶの。だから悩みなんて私にはあまりないね」
「そうですか。羨ましいです」
ジャネーの法則だったか?
今までの記憶があるから、人間は年を取るごとに時間経過が速く感じるって。
子どもの頃は一日が長く感じた。
永遠に終わらないんじゃないかってぐらいに。
でも、二十歳ぐらいになると、とんでもなく一日が早く終わるのを感じる。
お年寄りになればもっと早いんだろうな。
朝起きたらもう夜でした、みたいな。
そうなったら悩む時間すらないんだろうな。
「そうかい? 私は悩めることの方が羨ましいけどね」
「そうですか」
今も胃がキリキリ痛いんだけど。
ああ。
金ないから薬とか買いたくないんだけど、胃薬常備しておいた方がいい気がする。
胃がずっと痛いんだよな。
こんな感じになるぐらいだったら、悩みなんて一層ない方がいいのに。
むしろ、悩みがあった方がいいなんて人の方が絶対少ないはずだ。
まあ、ないものねだりなんだろうな。
俺は働いている人が羨ましいって思うけど、ブラック企業に働いている人はニートが羨ましいだろうし。
「年を取ると感情もなくなってるからねぇ……。経験を積み過ぎても、何も感じなくなる……。悩んでいた時は苦しみは二倍だったけど、楽しみも二倍だった。あの頃に戻りたいよ……」
「…………」
この年代の人の弱音ってあんまり聴いたことないから衝撃的だった。
みんな繕って、自分は何も辛い事ありませんって顔をしている事が多い。
でも、悩みがない悩みもあるんだな。
そうか。
感情が乏しくなっていくのか。
確かに感動はしなくなったかもしれない。
俺はアニメとか漫画とか映画とか、小さい頃からそういう二次元に触れてきた。
朝起きてから夜までずっと、何かに没頭してきた。
だからなのか、感情の起伏があまりない。
みんなが笑っている時に笑えなかったりする。
怒られている時に、何でこの人はこんなに感情的になっているんだろうって思ってしまう。
漫画もアニメも面白くなくなってしまった。
設定に少しでも矛盾があったらツッコミを入れるようになってしまった。
他の人はそんな穿った見方はしていない。
面白いか、つまらないか。
その二択だ。
むしろ、そういう二次元に触れてきてない人は、何を見ても面白いと感じている。
そういう風になれているのは羨ましい。
でも、もう純粋に漫画を読んでいたあの頃にはもう俺は戻れない。
「で、でも大変ですね?」
「何が?」
「ほら、電車が遅れていると、家に帰るのが遅れますよね? 他の家族の方が心配するんじゃないですか?」
「ああ、大丈夫だよ、一人だから」
「お一人……一人暮らしなんですか」
チラリと無意識に視線を落とす。
指には指輪を付けている。
既婚者だよな。
もしかして離婚とか、別居とかしていらっしゃるのかな。
「ああ、夫は死んだからね」
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