第6話

 建物の崩落。


 その時間までもうタイムリミットが迫っていると分かった。だからこそ、今の状況に苛立つ。


 「父さん、皆…」


 叫んでも喉が枯れるだけで、返事は帰ってこない。煙を吸ったのか目眩がする。


 どうすればいいんだ?


 歯痒くて、ただ焦燥感だけが募る。

このままだと間違いなく自分も一酸化炭素中毒で死ぬだろう。そっちの方が幸せかもしれないが、まだ諦めたくなかった。


 かといってこれといったいい案があるわけでも無い。それどころか煙や火は益々強くなるっている。


 ―取り敢えず、上に上がりたい。


 父さんが本当に此処を爆発させたのなら、5階にいるはずだ。この爆弾は組織で最近開発された物だろう。速攻性と威力が武器だが、その場で操作させる必要がある。遺体が上に行くに連れて酷くなっている事から、恐らく5階で爆発させたと考えられる。


 しかし、なら父さんはもう―。


 一つの真実は雅黒の心に受け付けられなかった。頭ではどこか分かっているのに、みえないふりをする。


 死んでいると理解した上で生きていると思っているのだ。


 階段さえも見つけられない状態で遺体の剥き出しになった足の骨を折り、杖のようにして階段を探す。進んでいるうちに、カツ、とものにぶつかる音がした。それが段差になっていることに気づいた雅黒は慎重に、屈んだまま進む。息を吐いてから止め、体内の二酸化炭素を抜いた。


 やっと登りきった所はもう、火の海になっていた。燃え上がる火は雅黒の目に染みて涙が出る。ドアを開けるどころか、進むのさえ困難だった。もう遺体は火をさらに着火させる道具に過ぎない。一箇所、ドアが壊れている場所があった。曲がり具合が他よりも以上で、雅黒は迷わずそこに入った。



 一つの遺体があった。

人の形を保っておらず、全身真っ黒、体のほとんどが骨になっている上、バラバラになっているからそれが誰か特定する事は出来ない。しかし、一つだけはっきりと見分けがつく特徴があった。


 雅黒の、ナイフを持っていた。


 恐らくスイッチのコードを切る時に使ったのであろう。グニャリと曲がってナイフは変色している。それでも、自分のナイフだと雅黒は思った。直感に近い確信。自分が起きた時いつも持っているナイフが無かった。その時は動揺しすぎて気にして無かったが、今理解した。


 バラバラになり、指先と手首の骨がギリギリの状態でくっついている。だが、その手にはしっかりとナイフが握られていた。離さない、というように。大切な物だと証明するように。


 嗚呼、父さん―。


 父さんの手からゆっくりとナイフを抜き取る。普通なら熱すぎて触れない程だったが雅黒は握りしめた。


 上からパラパラと何か降ってくる。それは建物が崩れ落ちる前の状態である事を示している。しかし、ただただ呆然としていた雅黒は気づかない。建物が大きく揺れたと思ったら、雅黒は床から壁へ強く打ち付けられる。その衝動で雅黒は窓から落ちた。窓ガラスは爆発で全て割れていた為、簡単に外へ出ることが出来た。


 日々の習慣とは恐いものだ。雅黒は咄嗟に頭を守ってクルリと回転する。足から着地をし、背中を思い切りぶつけたが、命に別状は無かった。

 

 振り返ると、ただ建物が燃えていた。崩れていくのは一瞬だったが、ゆっくりと、スローモーションに感じた。その火の明るさは雅黒の瞳にくっきりと映った。







 


 そうして、ようやく雅黒は知る。心の底で生きていると思っていた希望が砕かれた事を。


 父さんは死んだ―?



その事実は自分が死ぬことよりも恐いことだった。 


 そして全てを掛けて得たものが地獄だと知る。


 これが、自分達が叶えようとした世界平和の結果―?


 その事実は後から知りたく無かった。


 








 大切な人が死んだ。守りたいものは偽物だった。憎むべき相手は全てこの世から消えた。

どうにもならない時人は絶望するのだと知った。何も聞こえないし、見えないのだと知った。無条件で無意識に絶叫しているのだとしった。









「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ」










 人の心は大切な人を失う事で簡単に壊れると知った。それは雅黒の感情が死んだ合図だった。














 































 


 




 


 



 


 

 


 


 


 

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秘色の此岸花  日高翔莉 @syorihidaka

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