第5話

 ここは夢の中だと気づいた。


 ごく稀に人は夢の中で夢だと気づく事がある。雅黒はまさに今それだった。


 ぼんやりとした頭で物事を考える。


 そういえばやたらと体が重い。どうやら自分は机にうつ伏せの状態で寝てしまったらしい。どうしてベットでは無く机なんかで寝ているのだろう。昨日、夕御飯を食べた記憶も無い。戦闘が終わって、それから何かがあった。何があった――――――?


 疑問に思った瞬間、一気に昨日の記憶が蘇ってくる。まだ新しい記憶は鮮明な映像のように流れ出るのだと知った。


 父さんは一体、何故麻酔を打ったか。何がしたかったのか。質問の意図は。平和の意味は。父さんは最近の行方不明者と関係はあるのか。どうして何もかも秘密にしてきたのか。先程言ってた真実とは何か。


 聞きたい質問が溢れ出た。


 聞きたい事がありすぎて逆に分からない。


 分からない事が多すぎて逆に理解してくる。


 眠ったら全部忘れられるかな…。


 完全なる現実逃避だと自分でも分かっているが、それしかもう忘れられる方法が思いつかなかった。












 ―その時だった。


 急に大きな振動がして、何かの物が自分を目掛けて降ってきた。見ていないが視る事はできる。何が降ってきたのかも大体分かる。


 雅黒は重たい瞼を開いてそれを避け、立ち上がる。が、足元がふらついて立っていられず、仕方無く机の下に潜りこむ。


 急な地響きがこの廃工場を襲った。強い揺れと落下してくる物で、身動きがとれない。父さんは無事だろうか―。


 そんな事を考えていた丁度その時―


 強く大きな爆発音が聞こえた。莫大な音に雅黒は思わず顔を歪ませ耳を塞ぐ。益々地響きが強くなった。頭もとうとう混乱し始める。何が起きてるのか微塵も理解出来ない。


 戦闘が再び開始されたのか。近くで爆発が起きたのか。それとも別の―


 取り敢えず、何とかアジトへ戻らなければならない。


 地響きか沈まるのを待ち、雅黒はまたも走り出した。
















 休みを取ってるとはいえ、足は重いままだった。半ば足を引きずるようにして進む。まだ日が変わってないのか、変わったのか―暗すぎて夜だという事しか分からない。元来た道を戻るだけなのに、こんなにも大変だとは思わなかった。何しろ一時間と言っていた道だ。簡単に着くとは思えなかった。


 走っても着かず、道が合っているか分からず、ただひたすら進むしか無いという不安。雅黒はそれを振り切る為にただただ走り続ける。それから、約四十分が経った辺りだった。


 とある建物に人垣ができていた。何人もの人がそれを見に来たらしい。話し声や噂話などが聞こえて騒がしい。警察や消防士の数も数え切れない程来ていた。指示を出して何か叫んでいる。その場所がアジトだと分かった瞬間、サッと血の気が引いた。


 人垣を掻き分け中へ進む。雅黒の瞳に映ったのは信じられない光景だった。


 「……燃えてる?」


 パチパチという音と火の煙が雅黒の鼻先を霞める。白い建物は真っ黒に変わり、窓ガラスが全て割れている。頭部は崩れ、煙が出ていた。爆発したと頭で理解するのに数秒かかった。


 雅黒は飛び出し、真っ直ぐ建物の方へ進む。


 「―父さんッ!」

 「君、危ないから入っちゃ駄目だ」

 「――――っ。邪魔を、するな」

 止めてきた警官の手を擦り抜け、中へ走り出した。

 「待ちなさい!」

 静止の言葉を無視して、進む。計五階の建物となっており、部屋は八十箇所ある。


 雅黒は口元を袖で抑え、一酸化炭素を吸わないようにする。なるべく低くし、壁に触れながら移動する。


 ―何が起きているんだ?

 システムの誤作動とは思えない。ストッパーが付いているし、ここまでの爆発になるとは思えない。事故による爆発物の燃焼か。厳重な管理と見張りで出来る筈が無い。そもそも建物内には爆発物を保管する割合が少ない。


 つまりこれは――――意図的な犯行。


 では誰がやったのか。あの人しかいない。


 ―父さん。


 これで謎は一つ解けた。父さんはきっと自分を爆発に巻き込まない為に敢えて遠くの場所に呼び、麻酔を打ったのだろう。


 では何故父さんはアジトを爆発したのか。


 分からない恐怖は知る恐怖よりも強い。


 すっと背中から一筋の汗が流れる。火に照りつけられたせいの汗か、恐さからの冷や汗か。雅黒はこれまでには無い程の動揺をしていた。


 上に行くに連れて、死体の数が増えていく。それは原型を保って無かったり、バラバラだったりと如何にも爆発に巻き込まれたことを示すものだった。少し触れると、死体は火に照らされて乾いていた。雅黒はそれらがこの火に晒されて燃え尽きるその瞬間までここにいたいと、ふと思った。

 


 


 


 


 


 


 


 


 

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