星空メモリー

@huurin0825

第1話

 もし星空が落ちて来たら、私は全部、拾えるだろうか。


 夏休みも半ばに差し掛かった頃、私は、両親と一緒に母方の祖母の家に来ていた。畳の上に寝っ転がって、電気も点けず、天井を見つめながら、ただぼーっとしていた。縁側に続く引き戸は少し開いていて、そこから吹く生暖かい風が、制服のスカートをはためかせている。もう外は暗く、夏の夜特有の少し寂しいような、落ち着くような、そんな匂いが身体を包んでいた。風に揺れる風鈴の音を聞きながら私は静かに目を閉じた。

 祖母が死んだ。そう聞かされたのはつい3日前のことだった。階段を踏み外し、頭をぶつけたのが原因らしい。それを聞いた時、私は「まさかおばあちゃんが死ぬなんて」と思った。祖母は今年で80歳になっていたが、腰も曲がっておらず、畑仕事をしたり料理をしたりと若々しい人だった。見た目も若く、綺麗な人だったので、実は魔女で不老不死なのではないかと本気で思っていた。そんな祖母が、だ。まさかこんなに呆気なく死んでしまうなんて。お通夜の時もお葬式の時も、私は泣かなかった。泣かなかった、というより泣けなかったの方が正しい。きっと、まだ実感が湧いていないんだろう。今にも祖母が「ゆいちゃん、スイカ食べる?」と台所から出てきそうな、そんな気がする。

 祖母の家には毎年夏休みに来ていた。一週間ほど滞在し、学校で出された課題をしたり、花火をしたり、流しそうめんをする。それは高校に入ってからも変わらず、高校3年生になった今年も来る予定だった。しかし、祖母はもういない。いないのだ。もう二度と声を聞けない。一緒にそうめんも食べれないし花火もできない。恋の相談にだって乗ってもらえない。祖母の家は私たちの住んでいる家から遠いところにあるため、頻繁には会えなかったが、去年まではたまに電話をしたりしていた。しかし、今年は受験生というのもあり、塾に通ったりテスト勉強だったりと忙しく電話すらできていなかった。心のどこかで、「夏休みに会えるしいいか。」と思っていた。後悔先に立たずとはこのことだなと今になって思う。          

 祖母はきっと寂しかったはずだ。夫にも先立たれ、1人娘である母も結婚して家には祖母1人だった。なぜ、少しだけでも時間を作って電話をしなかったんだろう。どれだけ忙しくてもほんの5分くらいなら電話できたはずだ。だんだんと後悔の気持ちが溢れてきた。こうして寝そべりながら目を閉じていると祖母との思い出が蘇ってくる。それが余計に私を追い詰め、悲しくさせた。

 ふと、祖父が亡くなった時のことを思い出した。祖父が亡くなった時、私はまだ7歳だった。そのため、死というものが理解できず、祖母に、

「おじいちゃんはどこに行ったの?」

と聞いた。祖母は私の前では決して涙を見せなかったし、私と同じようにお通夜もお葬式も泣いていなかった。祖母は私を膝の上に乗せ、

「おじいちゃんはね、お空に行ったのよ。」と言った。続けて、

「お空にはたくさんお星様が見えるでしょう?あれはね、おじいちゃんが大切にしていた思い出の数なのよ。おじいちゃんはそれをお空に飾るために、行ってしまったの。」

と言った。まだ小さかった私には理解ができず、それが祖母にも伝わったのだろう。ポカンとした私の顔を見て祖母はふふっと魔女のような、いたずらっ子のような顔で笑った。祖母はそれから、

「私がお空へ行ったらたくさん思い出を飾るから、きっとたくさんのお星様が見えるはずよ。」

とも言った。

 そのことを思い出した私は、閉じていた目を開け、畳から起き上がって縁側に続く引き戸を開けた。そして縁側に出て夜空を見上げた。


 満天の、星空だった。 


 

 それを見た瞬間目から涙が溢れた。それは悲しい涙でもあったが、それよりも心の底から湧き出てくる、なんだか暖かい気持ちからくる涙だった。あぁ、これが祖母の飾り付けた思い出なのか。なかなか会えなかったけど、こんなにもたくさんの思い出を飾ってくれたのか。そう思うと涙が止まらなかった。きっと祖母も、祖父の飾り付けた星空をみて涙を流したはずだ。ようやく、祖母の死を受け入れられた気がした。私は目を閉じ、「おばあちゃん、ありがとう。」と心の中でつぶやいた。



 もし、星空が落ちてきたら、私は全部拾いたい。祖父や祖母の飾った思い出を全部。

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