第3話 覚醒
スマホの起床アラームで、俺は裸の上半身をベッドから跳ね起こした。
汗まみれ。アラームに起こされるまでずっと夢の中で激痛を味わい続けていた。
暗い部屋の中、遮光カーテンが閉まった窓から容赦ない土砂降りの音が聞こえている。この雨音は夢と同じだ。
カーテンを開けて雨の住宅街を見やる。
平和な日常がそこにあった。
大学生の俺が未来装備の歩兵とか、渋谷が戦場とか、人型戦車とか、勿論、知っている日常ではない。
何が人工地震兵器だ。馬鹿馬鹿しい。
最近の睡眠不足で、俺は飲めば寝つきがよくなるという噂の市販の乳飲料を試す気になっていた。
寝つきはよくなる代わりに必ず悪夢を見るという都市伝説めいた尾ひれがついていたが、確かに俺には効果てきめんだったわけだ。悪夢も真実として。
夢を見やすいという効用は何となく解るが、よい夢や平凡な夢やサイケデリックな夢ではなく、必ず悪夢というのはどういう作用だろう。解明されれば科学にとって大きな前進があるかもしれない。
今の俺はその乳飲料を二度と飲む気にはならなくなっていた。今日の夢は生きてきた中で最悪の悪夢だ。今日の様な目を味わえば、もう二度と再体験する可能性など近づけたくなくなる。絶対にだ。
今日はいつもの様に大学に行く。その前にシャワーを浴びて朝食をとる。
一日は普通にすぎていくだろうが、問題は就寝だ。
あの飲料を飲まないとしてもそれで今日の悪夢の続きは見ないですむだろうか。
正直に言って心底恐ろしい。
子供の頃の悪夢を見ないですむようにという心配の、一〇〇万倍もの不安が今の俺にはあった。最悪を知ってしまった、その現在がとてつもなく激しい後悔だった。
スマホで最新ニュースを確認する。
日本と敵対状況にある国が領地侵犯を行った。大規模な軍事演習をしている最中に。
土砂降り。一滴の重い雨にたまたま打たれれば、蟻は死んでしまうだろう。雨はかわせない。
俺は容赦ない雨粒をかわす術のない、一匹の小さな蟻でしかなかった。
悪夢はもう嫌だ。
雨中の蟻 田中ざくれろ @devodevo
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