第2話 悪夢の戦場

 雨の景色の向こうから重機械の作動音が聞こえてきた。

 身長四メートルほどの平たく潰したような直立歩行の機械仕掛けの亀が荒廃した通りをやってくる。雨にけぶる全身の装甲はロービジュアリティな灰色。二本の手の先には流線型のカバーがついた機関砲。白い排気。

 俺は恐怖心で青ざめ、その一瞬後に野戦服より血管注入された興奮薬で精神が高揚する。

 土砂降りの中の悪夢。

 探査ポッドは破壊される前にこの応援を呼んでいたのだ。

 交差点を通過して敵軍の人型戦車が接近してくる。作動音だけでこちらのアドレナリンが高まっていく。

「散開! 遮蔽物に隠れろ! 対戦車戦闘!」

 小隊長の声に応じて、小隊各員が土砂降りの街に三三五五散らばる。炸裂弾のマガジンを高速貫通弾にチェンジ。突撃小銃の連射が雨景を切り裂く。

 マップ上の現地点がピンクとブルーの重なったパープルの染みになる。敵のZOCは大きい。交戦。

 人型戦車の機関砲が唸りを挙げると、遮蔽物ごと歩兵達が土煙に包まれる。その威力の前に歩兵の防護服はズタズタになる。即死だ。

 雨中の通りで土煙が地面を大きく穿つ。血と肉片の霧。

 人型戦車の装甲表面で十何発と火花は上がるが、敵は動作に支障なく攻撃を続ける。

 俺はビルディング基部に隠れながら小銃の炸裂弾を見舞ってやった。

 しかし人型戦車は雨を滴らせながら難なく前進する。

「全滅しちまう!」

「撤退させてくれ!」

「頭部だ! センサーを狙え! AAM!」

 射撃音が連続する中、悲鳴の如き叫びが挙がるが、小隊長は続行を選択した。

 雨の中に崩れたビルの陰。ガラスのない黒い窓に隠れた俺は、突撃小銃先端の装着器に対装甲ミサイルを取りつけた。

 頭部に狙いをつける。駄目だ。土砂降りが邪魔してレーザー測距も熱感知も役に立たない。ロックオン出来ない。

 俺は精一杯静かに深呼吸してミサイルも誘導装置をオフ。これでミサイルは真直ぐにのみ飛ぶロケット弾だ。

 人型戦車の手が左右独立して機銃で周囲を掃討。決して脆くはない遮蔽物の後ろに隠れた歩兵が、爆ぜ割れる。戦場のあちこちに人の部品が散らばる。

 肩にある小型ミサイルランチャーがこちらへ向かって回頭したのに俺は気づいた。

 俺は窓から乗り出し、外の水たまりへ泥飛沫を上げながら転げ出た。背後で窓はミサイルによって爆裂。

「逝けや!」

 ロケット弾として自分のミサイルを発射。

 雨を切り裂き、人型戦車の頭部に命中。爆発炎。

 巨大亀の頭は吹っ飛んだ。メインセンサー群を失い、戦闘力が大きく低下する。

 昇進ものだ。俺は土砂降りの中で思わずほくそ笑んだ。

 戦車は胸に位置するハッチが開き、隙間から乗員が外を確認する。

 人型戦車は後退に移った。土砂降りの中、両腕の機関砲を三点射しながら振り回し、前進と同じ後退速度で来た道を戻り始める。

「回収させるな! やっつけろ! とどめを刺せ!」

 小隊長の声で攻勢に出る。

 俺はハッチの隙間を小銃で狙った。だが当たらない。

 その時、ディスプレイの鳥瞰マップがこちらへ高速接近してくるブルーのZOC二つを映し出した。

 俺達が背後にした通りの角を曲がった薄暗がりの空中にそいつは躍り出た。

 二機の小型単座戦闘ヘリ。味方だ。やっと増援が届いたか。

 雨を切り飛ばす高速ローターの轟音。見下ろす戦闘ヘリは戦場を通過する一瞬でロケット弾を二発発射した。

 二本の細い白煙を曳いたロケット弾が後ろ向きで高速走行していた人型戦車の胸に命中。

 内部から火を噴き、人型戦車は爆発しながら転倒した。

「やった!」

 俺は叫んだ。土砂降りの鬱陶しさの中でも気分は高揚している。

 人型戦車の右手の機関砲はまだ生きていた。断末魔の痙攣の様に、三点射が無差別に廃墟の風景に着弾する。

 その射線と俺の上半身が重なった。

 野戦服の防護性能を流れ弾は上回っていた。俺の顔半分と胸の左半分が大口径弾の威力によって円く削り取られた。

 耐え切れない激痛。即死だ。即死ならば痛みを感じずに死ねると言ったのは誰だ。実際の死は引き攣れた凄まじい激痛が傷口を容赦なく襲い、その一瞬で時間が止まった。永遠の苦痛。死の現在進行形だ。

 精神は、肉体の死の中で感覚をいっそう鋭敏にして生きていた。

 残った右眼の視界で、土砂降りの雨粒が静止している。

 止まった時間で神経の情報伝達が行われているというのは変な話だが、そこは理屈ではなかった。

 戦場で俺は死んだが、主観的な静止時間の中では死ねなかった。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……ッ!

 俺の精神は大きな悲鳴を挙げ続ける。

 赤く染まった視界。静止した土砂降りの戦場で、俺は永遠の始まりを体感していた。

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