教官

@miya_asayuki

教官

 亜美は恐怖で震えていた。隣に座る男が明らかにおかしい。

 亜美を物色するように、気持ち悪い目線を向けてくる。逃げ出さなくては、今すぐに。

 しかしそれは、叶わない。


 亜美は慣れない路上教習の真っ只中、つまり免許取得における技能教習中であり、教習所から離れた教習ルートを走っている。


 よりによって夜間の運転練習のために実施される夜間教習のタイミングでだ。

 

 自分が美人の部類に属することを、亜美は分かっている。しかしそれを処世術や、男を翻弄するためにも使ったことはない。どちらかと言えば美貌を武器にすることなく、慎ましく生きてきたほうだ。


 それでも女の勘というのは備えている。自分に気がありそうな男は分かったし、それが自分にとって受け入れられない男だったら、波風立てず距離を置く方法も身につけてきた。

 

 しかし、それも同年代の男に対してだ。

 親と子ほどに歳の離れた男に対する処置なぞ知る由もない。その上、不慣れな技能教習の最中であり、密室に近い環境だ。


 女の勘はけたたましく警報を鳴らし続けている。亜美を見る男の目は、常人とは思えない危険な目をしていた。この男はヤバい。危険だ、今すぐ逃げろ。


 涙を必死に堪え、少しでも早く教習所に戻れるように努めた。いざという時には急ブレーキをかけ、一目散に逃げ出せるようにシートベルトの位置も再確認した。


 しかし、全ては無駄だった。


 亜美がブレーキをかける前に、男が急ブレーキをかけた。身体が前方に投げ出され、刹那、慣性とシートベルトにより、急激にシートに戻される。


 その瞬間、男は亜美に向かって大きく身体を捻った。遅れて固く握られた男の拳が右からやってくる。


 凶行を前に、亜美は未来を絶望した。暴行され、犯されるのであろう。


 教習車が戻らなければ、すぐに足がつく。それでも手を出すということは、この男は最初から犯行を誤魔化すつもりなどないのだ。私を犯し、殺すこと、あるいはその逆が目的なのだ。


 そして亜美の思考は途絶えた。車は教習コースを外れ、暗い脇道に進んでいく。


 ※


 『教習所教官殺害 教習生の男を逮捕』


 ◯◯県◯◯郡の△△教習所、同所教官の田中亜美さん(23)が殺害された事件で、県警は◯日、同所教習生の斉藤勘吉(56)を強姦致死罪の容疑で逮捕した。田中さんは、男の路上教習指導にあたっている最中に襲われたとみられる。教習終了時刻になっても戻らないことを不審に思った管理者が県警に通報。同日深夜、教習コースから外れた森の中で教習車と田中さんの遺体が発見された。男は過去に起こした性犯罪による懲役で、13年間◯◯刑務所に服役しており、二ヶ月前に出所した。田中さんは今年の春に教習所へ入社。一ヶ月前に教習指導員資格を取得したばかりの新人教官だったという。

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