おいてけぼりブルース

外清内ダク

おいてけぼりブルース



 こうして人類は絶滅した。

 ……してねえよ。ふざけんな。

 俺はいつもそうなんだ。小学ん時のクラスメイトの誕生会、俺まだ会場に着いてないのに皆だけで始めちゃうし。高校受験は首都のホテルに前日入りするはずが、発車まで時間あるからってちょっとトイレへ行ってる隙に、たまたまその日その便だけミスで5分早く新幹線が出ちまうし。修学旅行の時なんてなあ。クラスみんなでバス乗って、先生が「みんな揃ったかなー?」「はーい!」「では出発ー!」って、俺まだ乗ってねーよ!! あいてるだろ、そこの席ひとつ! 疑問に思えよ誰か! 気にしろよ! ちょっとくらいは!

 くたばれ畜生地獄へ落ちろ! 勝手に人類滅亡しやがって! じゃあまだ生きている俺はなんだ? 人類の中にカウントされていませんってか! クッソがー!

 ……人類がどうしてまた絶滅なんかしちゃったのか、俺はよく知らない。なにせ蚊帳の外だったしな。俺はβバレーナ星系との恒星間特異とくい航路による有人往復実験に3年ほどかかりきりで、その間、地球との連絡は片道1年かかる光速通信に頼るしかなかった。地球から届いた最後のデータは7ヶ月前の“少年ワープ”電子版。おそらくその号の発売から次の号が出るまでの1週間に、地球に何かがあったんだ。定期購読コミック誌の自動送信さえできなくなるような何かが。

 もちろん、“少年ワープ”に人類滅亡に関する情報なんて載ってるわけが……いや、載ってたな。ほとんど毎週あったくらいだ。とにかく俺に理解できるのは、“カリュード×カリュード”の未踏砂漠編はもう永遠に読めなくなっちまったということだけだ。

「どうしろってんだよ」

 思わず声が出た。

 高度1800kmを周回し続ける船の操縦室で、俺は椅子の上に体育座りして、膝と胴体の間に顔を埋めていた。泣いてねえよ? 別に悔しくもなんともないし。ただちょっと、半月かけて撮影した地球の様子を映像分析アプリにぶちこんでみて、その結果が事前にいくつか予測した中でも最悪のパターンそのまんまだったので、途方に暮れてるだけ。つまりだ、地球はなんかとんでもない爆発で全部なぎ払われてる。その爆発はとんでもなくとんでもない規模なので、地殻は少なくとも深さ1300mまでえぐられたようだ。巻き上げられた莫大な土砂はステーション軌道まで達したあと落下。海水もいったんは1滴残らず沸騰した形跡があり、その後で土砂降りの雨となって海を作り直した。おかげさまで、地球にはもう陸地らしい陸地が残っていない……みんな平らにならされて水の底ってわけ。

 冗談じゃないよ。

 地表の都市だけじゃない。核攻撃にさえ耐える地下シェルターもおしゃか、海底実験都市は釜茹で、さらにはご丁寧に低軌道植民衛星まで全滅だ。なんの爆発だか知らないが、よくもまあ徹底的にやってくれましたこと。技術もずいぶん進歩したけど、人間を効率的に殺傷する手段としては、シンプルな爆発がいまだにナンバーワンなんだなあ。

 結局、ワラにもすがる思いで取り組んだ状況調査は、頼むから思い違いであってくれという甘い希望を粉砕する結果に終わった。もう疑う余地はない。人類はもう、どこにも生き残ってはいない。

 ただひとり――おいてけぼりを食らった、のろまな俺を除いては。

 ああ。ついたよ。嘘ついた。

 「つらい」よりも、「寂しい」よりも、もっともっと切実に、置いていかれたことが悔しくて……俺は泣いた。



   *



 だから、絶対一発ぶん殴ってやる!!

 誰を? 決まってるだろ。人類をだ。俺をまたしても除け者にしてくれた人類様に復讐するまでは死んでも死にきれない。

 狙い目は海だ。DNAはしょせん有機高分子に過ぎないので、核爆弾の百京倍に達する熱量でひとかけらも残さず酸化したに違いない。しかし海はどうだ? 海水ってのは、地表の土砂なんか比較にならないほど莫大な量がある。それを全て蒸発させるのに必要なエネルギーは、ざっくり見積もっても4.7×10^29kJ。よって爆発の熱量はほとんどが水の加熱と蒸発に使い切られ、温度自体はさほど上がらなかったはずだ。おそらくは平均摂氏100度から200度の間……この程度なら、核酸は変性しても燃焼はしない。

 海の中には人間のDNAが復元可能な形で残ってる可能性がある。分かってくれたか? 希望が見えてきたろ?

 しかし、丸ごと巨大な水たまりと化した地球から染色体の痕跡を見つけ出すってのは、「ワラの中に落とした針を探す」ということわざそのまんま、あるいはそれ以上の難事業だった。まず温度がヤバい。かなり冷めてきてるとはいえ、それでもまだ海は80度近い高温を保ってる。ホット・スパにしちゃ少し熱すぎる。まさか生身で潜るわけにもいかない。それ以前に近づくだけで熱中症だ。

 だから船の工房で海中探査用の遠隔操作ロボットをでっちあげ、何機か地球に降下させた。全部熱と硝酸の海にやられてダメになった。硝酸の海! たまったもんじゃないな。そういえば原始地球の海は塩酸で、それによって岩石中のナトリウム分が溶かされた結果、塩化ナトリウムになって落ち着いたんだそうだが……硝酸ってのはどこから来たのかねえ。ひょっとして大気中の窒素が酸化したりした? バカも休み休み言えよな、一体どんなメチャクチャな爆発だったってんだ。

 まあとにかくだ、俺が甘かったよ。この船にはおよそどんな工作でもできる優秀な工房が備わってるが、材料には限りがあるんだ。もっと慎重にやるべきだった。というか、まず材料の確保を先に考えるべきだったんだ。地球に戻れさえすれば補給を受けられる、という甘い前提で長年生き続けた宇宙飛行士は、まだその癖が抜けてないらしい。

 俺は意識を入れ替えて、うまくやったよ。最高にうまくやった。どうにかこうにか鉱産資源を海底から引きずりあげるラインも構築したし、海上と低軌道と月に中継基地も作った。まあ、俺の船の仕事はもともと別星系に人類の橋頭堡を築くことだったしな。こういうのはお手の物さ。そうして準備を整えたうえで、海でじゃぶじゃぶ水遊びして、DNAの残りカスを探した。海水浴場で浅瀬を掻き分けてミズクラゲを探すみたいなもんだ。もっとも、あのかわいらしいクラゲたちも、もう一匹も生き残っちゃいないんだろうが……クサガメも死に絶えただろうな。アマガエルもだ……寂しくないと言えば嘘になる。けれど忙しさがそれを忘れさせてくれた。

 そのかいあって、俺はついに、人類のDNAの痕跡を発見したんだ。

 気がつけば、人類滅亡から10年が過ぎ、俺はとっくに中年になっていた。

 さあ、ここからが大変だ。ここへ来るまでに、俺は他にも様々な生き物のDNAを収集していた。これらを突き合わせ、生態系をまるごと回復させる。たとえば、犬のDNAの変異過程を参考にして人間のDNAのバリエーションを増やす。小麦のDNAの欠損部分を燕麦えんばくからコピーして補う……みたいな感じだ。まあ犬とか小麦とか言ってるのは飽くまで推定なんだけどさ。なにしろゲノム配列に関する膨大な研究データは地球と一緒にぶっ飛んじまって、完全な同定はもう不可能だからな。

 口で言うのは簡単だが、これはおそろしく大変な作業だった。というのもこの時期から体にガタが来はじめてたんだ。腰をて長時間イスに座ってられなくなったし。目がかすんで近くの物が見えなくなってきたし。あげくの果てには血便が出た。やめてくれよ。冗談じゃねえ。

 宇宙船の簡易診断AIによる診立ては、「老化です。安静にしろ」。ああハイ。だいたい分かってた。

 だからといって素直に休む気にはなれなかった。手を止めたら俺の人生そのものが否定されるんじゃないか、なんて考えに憑りつかれていた。考えてもみろよ。ベッドの上で安静にして、俺に何があるっていうんだ。見舞いに来てくれる家族はいない。こっそり酒を差し入れてくれる悪友もない。“カリュード×カリュード”の連載だってもう10年も止まってる。たったひとりで無駄に過ごす空虚な時間……そんなのは、地獄だ。

 俺は働いた。残り少ない鎮痛剤を腰に注射し、3Dプリントの不格好な老眼鏡をかけ、AIが指示した薬だけは喉の奥に押し込んで、連日連夜、作業に取り組んだ。生物多様性をイチから構築していく、気の遠くなるような仕事。次の10年はそれだけで終わってしまった。

 ようやく気温の下がり始めた地球に、充分な広さの島を作り、復活させた動植物を根付かせ、満を持して人類を島へ放ったときには、俺はもう60近い歳になっていた。

 それから俺は、新人類の生きるさまを観測し続けた。主には宇宙船から遠隔で。時には島に降り立ち自分の目で。感無量だったよ。滅亡から30年近くを経て人類は蘇ったんだ。10代の若者たちが、豊かな島の中を縦横に駆け回り、嵐のように力強く狩り、しんしんと雪の積もるように学び、そして、燃えるように熱く恋するさまを、俺は全て見ていた。間欠的に襲ってくる腰の痛みも忘れ、半歩先に突いた杖が軋んで弓なりになるほど身を乗り出して、俺は胸を躍らせた。

 ああ! こうでなくっちゃ。人類はいつも情熱に満ちていて、そして、俺のことはいつも無視する。たまたま目に入っても「あ、なんだ、いたの」くらいのものさ。みんな自分の人生を生きるのに忙しいからな。それでこそ人類。殴りがいがあるってもんだ。

 ところがだ。「そろそろ殴ってもいいかな?」なんて検討し始めていた俺の知らないところで、状況はおかしな方向へ変わりつつあった。

 というのが、島に住む新人類の何人かが俺を見つけてしまったんだ。おおっと? 光学ステルス着てたのにな。目がいいというか、カンが鋭いというか。

「そこにいるのは誰だ?」

 槍を握って俺を威嚇する青年。横にはいつでも投げられるよう石を握りしめた少女。ふたりは幼なじみ! 他の子供たちがキスや、もっとすごいことまで経験していく中で、このふたりだけは手を繋ぎ合うところから一歩も前に進もうとしない、っていうかわいい子たちだ。いやあ。別にストーカー行為を働いていたわけではなく。これは単に、創造主としての責任感から……

 と、面白い遊びを思いついて、俺は迷彩を解いた。

「俺は神だ」

「神とはなんだ?」

「この島と、すべての生き物と、お前たち人間を創った者だ」

「信じられない」

「なら贈り物をやろう。西の磯に行ってみな。死にかけたアザラシが打ち上げられてる」

 そう言い残して俺はまた迷彩をまとい、杖を突き突き、恋人たちから逃げ出した。もちろん、ふたりが半信半疑で西の磯へ行き、めったに得られないごちそうを得るさまも物陰からちゃんと見届けた。種明かしをすれば簡単、その日俺は空から島を観察していて、たまたまアザラシがいるのを見つけてたのさ。神のご加護デリバリーでござい、毎度ごひいきに!

 そんなわけで俺は、新人類が目を白黒させるのを面白がって見ていたわけだが、これがきっかけだよ。なんかおかしくなり始めたのは。それから人類は、神に……つまりは俺に祈り始めたんだ。また素晴らしい獲物を恵んでください、ってな。うーん。

 思いつきの悪ふざけが変な方向に進んでしまった。しょうがないので俺はその後、たびたび新人類の集会に顔を出すようになった。土下座されるたびに俺は諭したよ。神様に頼っちゃいけない、自分の力でがんばらなきゃあ。そしたらあいつら、はいはいって素直に聞くんだな。俺の発言を一言一句たがわず暗記して、寝ても覚めても俺の教えたとおりに生きてやがんの。

 いやもう……俺は正直、怖かった。もし俺が間違ったことを言っちゃったら、こいつらみんな盲目的に間違うわけだろ? だから俺はもう二度とあいつらとは会わないと決めたんだけど、そうすると今度は、「私は神に会った。神はこう言っていた」なんて話を都合よくでっち上げる奴が現れる。また他の連中も他の連中で「そうなのかー」なんて信じちゃうんだ。純朴もいいが、ちっとは加減しろよなあ。

 こうなったら、しかたない。俺は観念した。

 島に降りて、そこで新人類と一緒に暮らすことにしたんだ。

 毎日顔を合わせてりゃ、勝手なデマも言えないだろう。もし曲解されても軌道修正できる。それにだ。正直ちょっと、俺は楽しくなっていたんだ。新人類から神様神様と慕われる暮らし。

 ああそうだよ。白状するよ。俺はもう、最初の動機を忘れてしまっていた。というかどうでも良くなってたんだ。復讐のつもりだったんだ。人類を蘇らせて、いい感じに繁栄させたところで、全員ぶん殴ったら気持ちいいだろうなって思ってた。けどなんか、もう無理だ。

 俺、もうあいつらを殴れない。

 歳をとって、身体も弱っちまったしな。

 ……ま、そういうことにしといてくれ。



   *



 でも、なんでだろうな。災いってのはどうしてこう、「幸せだな」って思い始めた頃を狙ってやってくるんだろうな。別に狙ってはいなかったかも。俺はその頃にはもう70過ぎ。旧人類の滅亡からは40年ちょいが経過していた。だがおそろしく悠長な地殻変動の周期に比べれば、40年なんて瞬き数回分ほどの短い時間に過ぎない。

 俺は気づいてしまったんだ。恐るべき滅びの兆候に。かつて人類を滅ぼした大爆発が、再び起きるという確たる証拠を、俺は掴んでしまったんだ。

 細かな理論については言及を避けようと思う。説明しても理解が難しいと思うし、何よりヤバいことには、これは人為的に再現可能な現象なんだ。下手に仕組みを話せば誰かがわざと引き起こしてしまいかねない。40年前に地球を襲ったこの災害も、ひょっとしたら誰かが仕組んだことだったのかもしれないし、純然たる自然現象だったかもしれない。そこんところはよく分からない。追及もしない。どのみち、罰を受けるべき人間はもう誰も生きていない。

 そんなことより問題なのは、今ここに生きてる連中をどうするか、だ。

 俺は苦悩したよ。せっかく新たに産まれた新人類を、こんなところで死なせたくない。でも次の爆発は5年後に迫っていて、俺にはそれを止められない。忘れてもらっちゃ困るが、俺は元々一介の宇宙飛行士なんだ。それにすっかり年老いて、足も思い通りに動かなくなってしまった。徹夜仕事には身体がついていかないだろう……

 この状況で俺のやるべきことは? 俺にできることは? 何かあるか? 何かあるはずだ! あってくれなきゃ困るんだ! だって俺を見つけてくれたあの若い男女は、今では3歳の子供の親になっているんだ。毎日俺の家に来てさ、ほとんど一日中寝たきりの俺の枕元で、子供がきゃあきゃあ騒ぐんだ。たまったもんじゃない。ほんと子供ってのはうるさいよ。このまま行けば、あの子は8歳になった年に死ぬ。

 死なせてたまるか。俺は神だ。

 俺は考えに考えて、結局、一番シンプルな手に出た。

 というのはつまり、村じゅうの人間を枕元に集めて、こう言ったんだ。

「聞いてくれ。この世界はもうじき滅びる」

 どよめきが起きた。そりゃ起きるでしょうよ。俺の寝室をみっしり埋めた新人類は、家の外にまではみ出して、手近な人と思い思いに不安をささやきあっている。俺は骸骨みたいに細い腕を持ち上げて、みんなを黙らせた。

 それから、説明した。イチからひとつずつ、丁寧に。俺が宇宙飛行士だったこと。よその星に行ってる間に地球は滅びていたこと。残っていたわずかな痕跡から人類を復活させたこと。大災厄がまた来ること。俺にもどうにもできないこと。

 そして唯一の――少なくとも俺に思いつく唯一の――道は、みんなでβバレーナ星系へ脱出する。これ以外にない、ということ。

 原始的な文字と狩猟や農耕の知識、あとはせいぜい簡単な算数程度しか知らない連中だ。俺の言ったことの半分も理解できなかっただろう。それでも新人類は、みんな、いいやつだった。俺の顔をじっと見つめ、真剣に話を聞いてくれた。そして最も年長の男が、俺の沈黙へそっと切れ目を入れるようにして問いかけてきた。

「分かりました。我々は何をしましょうか?」

 俺はうなずいたね。新人類の目の中に、希望と奮起の光を見たからね。

「学んでくれ。数学と物理学の初歩、それに工作機械や宇宙船の扱い方を。俺が教える。それを覚えてくれ。そしてみんなで新天地へ脱出し、生き延びてくれ!」



   *



 ここまで来たら、俺にはもう、語るべきことがあんまり残っていない。

 結論から言えば、新人類は俺や電子マニュアルが教えることを真綿のように吸収し、信じられないくらい上手く――やりとげたってことだ。

 ほんと、信じられないよ。この間まで銛で魚をとってた連中が、たった5年で恒星間航行の理論やEVAの技術を習得したんだぜ? 俺があそこまでたどり着くのに何年かかったと思ってんだ。あの子たちはほんとにすごい。

 宇宙船の拡張工事はさくさくと進捗し、ちょっとした街をまるごと収納するくらいのスペースが増築された。充分な量の有機物、つまりは食料が積み込まれ、船内の循環システムも動きはじめた。これで片道1年半どころか半永久的に船内で暮らしていける。俺が地球を蘇らせるときに試行錯誤した成果たるロボットや資源、中継基地の設計なんかももちろん積んだ。人間も少しずつ宇宙船に引っ越していき、地球にはわずか数家族が残るだけとなった。

 そしてとうとう、みんなが地球を発つ日がやってきた。

 俺は、ひとりで村外れの磯に座っていた。

 こんなところで何してるかって? もちろん、待ってるんだ。新人類が手の届かないところへ行ってしまうのを、さ。

 そうだ。俺は、行かない。地球に残る。

 俺は枯れてしまったよ。もう75だもんな。身体もろくに動かない。なけなしの知識だってすっかり教えてしまったから、もう何も役に立てることがない。それに宇宙の長旅にはとてもついていけそうにないし、そもそも、軌道まで打ち上げるだけでも身体がバラバラになってしまいそうだ。

 迷惑は、かけられない。

 だから俺はここで座っている。大丈夫、俺は存在感薄いからさ。修学旅行のバスにだって置いていかれるような男さ。新人類のみんなもきっと気づかないでいてくれる。出発して何日も経ってから「あれ、そういえば居ないな」「まあいっか」てなもんよ。それでいいのさ。若いみんなで、新たな暮らしを創ってくれりゃいい。

 なんだったんだろうな、俺の人生。

 長々とこの歳まで生きてきて、結局、なにひとつ成し遂げられなかった。全く成長していない。子供の頃、おいてけぼりにされて泣いてた、あの頃と同じメンタリティなんだ、こんな歳になっても。寂しくなんかない。つらくもないよ。悔しさだって、今じゃ心地よい苦味に変わってる。俺は生涯、こんな気持ちばかりを噛み締めてきた。だからこの気持ちのまま生まれ故郷のこの星で死ぬ。それでいい。

「神様!」

 そのときいきなり声が聞こえて、俺は反射的に光学迷彩をオンにした。足音が俺の背中に近づいてきて、立ち止まる。息を殺している俺に、苦笑しながら男が言う。

「また隠れんぼですか? 行きましょう、船の時間ですよ」

 そう、彼だ。新人類の中で最初に俺を見つけた彼。隣には、成長して彼の妻となった幼なじみの姿もある。ふたりの間には8歳のクソガキも立っている。このクソガキ。いつも人の家に来て、おやつボリボリむさぼって帰りやがって。物欲しそうな顔するんじゃない。今、お菓子なんか持ってないぞ。

「俺は行かない」

「なんでですか」

「俺はもう役に立たないし、身体が弱いし……」

「なんでですか」

「歳をとったからだよ!」

「いや、そうじゃなく。

 なんで、役に立たなかったら、行ってはいけないんですか」

 俺は絶句したね。

 何も言えなかった。色々考えたんだぜ、屁理屈を、俺なりに。でも出てこなかった。役に立たなきゃいけない、って。立派な、少なくともみんなに忘れられない程度には存在感のある、ちゃんとした大人にならなきゃ、って。俺はそればっかり考えて生きてきたのに。

 こいつ、ひとことで、俺の人生をぶち壊しやがる。

「行きたくないんですか?」

「……そうじゃない」

「生き延びたくないんですか」

「そんなわけない」

「じゃあなんで、そんなにイジケてるんですか」

「好き勝手なこと言うんじゃない! 俺はなあ、お前らをぶん殴りたかったんだよ、ほんとは! 人間が憎いんだ。ああ腹が立つ。お前らはいつもいつも俺を……

 俺は……

 そうじゃない。そうじゃなくて……

 ……ちくしょう。

 やっと分かった。俺、伝えたかったんだ、みんなに」

 俺は立ち上がった。

 しわしわに枯れた四肢が、若い頃の力強さでもって、俺の五体を支えてくれた。俺は思い出したんだ。本当の気持ちを。だから叫ばなきゃいけなかったんだ。本当に孤独になる前に。

 もう一度、聞かせなきゃいけなかったんだ。そのために創り出した愛しい子供たちに、俺の本音を!

「置いて行かないでくれ!

 どこへでもいい、俺も連れて行ってくれ!

 おいてけぼりは、もう嫌だーっ!!」

 愛し子たちは、にこりと笑って俺に手を伸ばす。

「もちろん! さあ、行きましょう神様!」



   *



 シャトル打ち上げの加速はほんとうにヤバくて、俺は2、3日生死の境をさまよった。どうにか一命は取り留めて、いま、この記録を書いている。βバレーナ星系に着くまで俺の命がもつかどうかは分からないけど、村人たちは折に触れて俺に教えを乞うて来るし、あの夫婦は毎日世話をしに来てくれるし、クソガキは日に3回くらいお菓子をむさぼりに来る。だからまあ、くたばるわけにもいかないし、となれば暇なのも嫌なので、気分転換に思うところを書いておこうかなってなもんだ。

 これを読んでいる君は呆れているかもしれんね。「なあんだ、たったこれっぽっちのことに気づくのに何十年もかけやがって」んー、まあね。反論の余地なしだ。とはいえ俺が俺の人生を生きて掴んだことだから、まんざら捨てたもんでもないと思う。ま、評価は好きにしてくれていいよ。俺はこの気持ちを大事に抱えていく。それで充分。

『こうして人類は絶滅した』

 は! 冗談じゃねえや。

 見てろよ。生きられるだけ、生きてやらあ。



THE END

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おいてけぼりブルース 外清内ダク @darkcrowshin

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