7月24日日曜日 映画鑑賞後の飲食店に入るあるある

 こういう言葉が巷に出回ったのはいつだっただろうか。


 おそらく高校生にもなれば、誰もが聞いたことがある言葉。


 それが、一人○○。


 一人映画、一人キャンプ、一人焼肉、一人カラオケ、その他エトセトラ。


 誰かとするのか、一人でするのか。どちらが楽しいのか?


 この問題の解が、誰にでも答えられて、誰にもこたえられないのは。


 人ぞれぞれという答えに集約してしまうからだろう。


 なら、とある図書館に収められているという『解の出ない問題録』に、今までの内容が記載されているのは当然の結果なのだろうか……。



 映画館は喧騒の空気に覆われていた。

 夏休みで増えた親子ずれや高校生のカップル、眼鏡をかけた老夫婦の老若男女の人々が映画を楽しみにしている。日曜日も相まっての人口密度。


 チケット売り場の行列、バターの焼ける香りのフード売り場、色々な映画の宣伝を映すスクリーン。


 紺のカーペッドがひかれた床にポップコーンが一粒落ちるのを、万尋まひろは眺めていた。


「どうしたんだ、万尋。百円玉でも落ちていたか?」


 万尋よりも身長が高く、引き締まった体躯が目立つ如月陽音きさらぎはるとが、下を向いていた万尋に声をかけた。


「百円じゃないけど、ポップコーンがいっぱい落ちてんなーと思って」


「確かに、まだ午前中ってのに、誰かが盛大に零したかもな」


「ちょっと、陽音、万尋! 僕だけ買い出しなの納得できないんですが」


 ポップコーンを2つとドリンクを3つ抱えているため、顔が完全に隠れている。そんな少年は、よろよろとした足取りで万尋のいる場所にやって来た。


 ポップコーンを受け取った万尋は、呆れた口調で少年に言う。


青生あおいが遅刻してくるのが悪いんだろ。時間にルーズなのは、後々えらい目にあうぞ」


「まあまあ、映画の時間には間に合ってるんだからいいじゃねーの。なっ、青生」


「そうですよ、映画まで遅刻していません」


「はぁ……お前には、『時は金なり』という格言をプレゼントするよ」


 遅刻して買い出しをさせられた水無瀬青生みなせあおい。男子の中では小柄で中性的な顔立ちのため、化粧でもすれば女子に見えなくもない容姿である。それは名前も相まってのことかもしれない。


「時がお金なら、早く行きましょう!」


 何も持たない青生がシアタールームの方向に走っていく。


 その姿を見ていた2人は、互いに顔を合わせると肩をすくめた。

 結局、ポップコーンは万尋が持ち、ドリンクは陽音が運ぶのだった。



 2時間の映画を見終えた3人は、映画館の一つ下の階にある飲食店に入った。


 メニューを眺めながら、万尋まひろは口を開く。


「もうお昼だけど、ポップコーンで腹いっぱいか、二人とも?」


 最初に答えたのは、陽音はるとだった。


「はっはっは、あんぐらいのポップコーンで腹は満たされん。もとより、店に入ったのは小腹を満たすためだろ」


「ポップコーンは陽音がほとんど食べちゃいましたし、僕もお腹減ってます。そういう万尋はどうなんですか?」


「そりゃあー空いてるよ」


 3人はそれぞれ注文を済まし、ドリンクを汲んで席に戻る。


 映画の内容で盛り上がった3人は、学校の話に移っていった。夏休みも始まったばかりだというのに、もう高校に未練が生まれたのだろうか。


「そういや万尋さぁ、花前はなまえとはどうなんだ?」


「僕もそれ気になっていたんです。どうなんです?」


 陽音と青生が万尋の方に目線を送る。


 そんな2人の反応に万尋は、頬杖して半目になった。


「いつも通り、いい友達だよ。ほんと」


「まあ、今んところゆっくりしていても問題はないもんなー。なんせ彼女、万尋以外まともに喋ってくれないからなあ」


「万尋がどうやって花前さんと友達になったのか、気になるんですよね」


 青生の問いに万尋は、「さあ?」と首をかしげて言う。


「2カ月前だったと思うんだけど、いつから今の仲になったのか、いまいち覚えてないんだよな。なんというか、その部分の記憶だけ物理的に消されているような……」


「なにそれ怖いな、おい⁉ 彼女が宇宙人だったりするわけかよ」


「そんなわけないだろ……」


「それじゃあ未来人の線はどうですか? 未来なら記憶の一部を消すぐらい朝飯前でしょう」


「お前らなぁー。そんな非現実的なこと有り得ない。漫画の見過ぎじゃないか?」


「はっはっは、映画見終わったばかりだからな、俺らにも不思議が舞い降りてきそうな気分なるんだよ」


「あれです! 格闘漫画見終わったあと、自分も強くなった感じになる感覚」


「まあ、史栞とは、いままで通りってことだよ。陽音と青生はなんかないの?」


 万尋は自分の話題から逃げるよう、二人へ話を振った。


 陽音は腕を組んで「俺がモテると?」と、青生はストローを回しながら「あるわけないですよね?」と。


 その時、万尋が青生を見つめて言葉を紡いだ。


「青生、最近おっかない図書委員と話してるところ見たぞ。それも数回」


「ああーっ、すめらぎ先輩のことですね。あの人面白いんですよ」


 にっこりと笑顔で話す青生に、万尋と陽音は首を左右に振る。


「俺と史栞、あの図書委員にめちゃくそ怒られたからな」


「そうだぜ。あの人、不良って話だぞ」


 陽音の話を聞いて青生が怪訝な表情を浮かべた。


「皇先輩は不良じゃないですよ。あの口悪さから来る噂なのでしょう」


 万尋も図書委員が不良じゃないのではないかと、思っていたようだ。自分の考えを口に出す万尋。


「図書委員なんか真面目にしている人が、不良とは思えないんだよなー。逆に真面目なら、あの口の悪さはどうなってるのか気になる」


 万尋の言葉に青生だけが微かに口角を上げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る