7月23日土曜日 部屋の物色は、予想済み

 この世界に生きる物には、とある弱点を持っている。あらゆる手段を使い弱点を克服しようと奮闘するものの、相手が悪い。敵は我々を捕食し、己を増やす。


 その正体は、疫病だ。


 しかし、人間の中にはやまいに落ちないと本気で思っている人間も存在する。


 風邪を引いていることに気づかない馬鹿、自分のことを不死と思っている愚者、神の加護で守られている聖人。


 この3人が、自分だけは病気にかからないと信じてやまない者たちである。


「コ●ナにかかってしまい、投稿できずにいました。申し訳ございません」


 作者は、6年間風邪すら引かなかった自分は、あらゆる病がかからないと本気で信じていましたが、ダメでした。この場を使い謝罪させていただきました。



 夏休み初日。


 と言っても土曜日のため、どうあっても休みなのは変わらない事実である。


 暑さも本腰に入り、熱中症の患者が増大の一歩を進む。真昼から外にいる人は少なくなり、アスファルトから上がる熱気が空気を歪めてしまう。太陽の慈悲深い手加減の賜物だと笑いたくもなる日であった。


 そんな地獄と対照的に万尋の部屋にはクーラーがかかっていた。


 少し前まで節電対策の一環としてリビング以外の部屋は、クーラー禁止だった五宮家もさすがに暑さに負けたということだろう。


 ローテーブルの前で座っていた万尋が床に両手を付けながら、言った。


「史栞が来ることに助けられるとは思ってなかったわぁ。友達を部屋に呼ぶって言ったら、クーラー付けてもいいって言うんだよ。普段から使いたいもんだ」


「たいへんだね~。それに比べて私の家は、クーラー使い放題なんて自慢にもならないなー」


 万尋まひろと同じくローテーブル前で座っていた史栞しおりは、いたずらに笑った。


 史栞の格好は、白いTシャツの上から黒のタンクトップと、黒の短パンを着ていた。ジャージのような風通しのよい素材である。


「そういや、史栞のマンションって結構高そうだもんな。さすがお金持ちというわけか」


「お金持ちか、私は知らないけど。それなりに儲かってるんじゃない。でも、一年中仕事してて家に帰ってこないけどね。私が大人になっても休暇無しはマネしたくない……」


「まず就職できるか問題」


「失礼だなー万尋は。最近は家で引きこもりながら誰とも会わずにできる仕事もあるから、心配ないさ」


「結局人には会わないつもりかよ……」


 万尋はため息を漏らす。


 そこで史栞がローテーブルに置かれた紙を指さす。紙には夏休み期間が記載されていた。


「そんで、万尋は夏休み中の予定聞いてきた?」


「ああ、8月14日に墓参りぐらいしか家族の予定はないって。どうもうちに旅行なんてブルジョワな行事はないそうだ」


 史栞シャーペンで8月14日に『お墓参り』と書く。そしてコーラの入ったグラスを口につけた。


「史栞の方はどうだったんだ? 前に死海に行くって話していたけど」


「中止よ、中止。両親が忙しくて行けないって。だから私も特に……というか夏休みは一切の予定がない」


「悲しいなぁ……」


「悲しいぞー」


 窓から見える白い雲を眺める2人。


 と、史栞しおりが両手の平をパンと音を鳴らして合わせる。万尋まひろは内心で驚きつつ、流し目で史栞を見た。


「それじゃあ、私と万尋でなにか予定を作ろう!」


「いいけど、恐らく夏休みの半分近くは家に来るつもりなんだろ、史栞」


「まあまあ、そのつもりだけど。毎回毎回、万尋の家ってのも夏休みらしくないから、ほかにどこか出かけようよ。なるべく人が少なくて暑くない場所」


 万尋はコップに注がれていたコーラを飲み干して、腕を組んだ。


「海は」


「暑いじゃん! それに近くに海ってないよね?」


「神社巡りは」


「どう考えても死ぬほど歩くよね、それ。私の体力のなさ知ってる?」


「駄菓子屋は」


「夏休み到来で子どもが増える駄菓子屋に行けるわけないでしょ⁉」


「遊園地は」


「地獄のような両列を私は並びたくないんだけど」


 出す案出す案否定する史栞に万尋が、目を細めた。


「そんじゃあ、史栞はどこに行きたいんだ。提案者の意見を聞かせてもらおう」


「と言われてもなぁー」


 両者が沈黙することにより、部屋を包むのはクーラーの機械音ただひとつだった。



「まあ、追々考えましょうか。まだまだ夏休みはあるんだし」


 史栞の言葉に万尋は肯定を示すように頷く。


 すると史栞は立ち上がる。


「思えば、万尋の部屋に入るのは初めてなんだよ。探索、探索!」


「探索って……見ての通り普通だろ。財宝や金の延べ棒は出てこないぞ」


「逆に宝石が山ほど出てきたら、私は強盗したんじゃないかって疑うよ」


「ここ最近、宝石店が襲われた話は聞かないなー」


 万尋は、パソコンと着替えの入ったタンス以外は漁ってもいいことを許可する。部屋を物色する史栞を見ながら、コップにコーラを注ぎ直した。


「万尋、万尋! エッチな漫画はないの?」


「ああん? 無いに決まってんだろ。あんなぁー、男子高校生全員がそのアダルトなぶつ所有していというのは、幻想だぞ。だいたい、あれらって18禁じゃなかったけ? 俺まだ16歳なんだけど」


「それもそうだね、私も持ってないし」


 史栞は人差し指を天井に向けながら、続けた。


「まあ、あれだよ。友達の部屋でそういう物を探すイベント。一度は体験しないと損でしょ?」


「いや、知らんけど」


「しかし、ほんと普通の部屋だね。目新しいアイテムがひとつもないやあー」


「ここは骨董品屋じゃねーんだ。掘り出し物は他を当たってくれ」


「別にアンティークな物を探しているわけじゃないんだけどなー」


 探索を飽きたのか史栞は、座ってローテーブルに頬杖する。


「なんか暇だね。次来る時は宿題持ってくることにするよ」


「2人でやれば7月中には終わるんじゃないか」


「それって反則じゃないの、万尋さん」


「バレなきゃ大丈夫だ。だいたい、多すぎるのが悪い」


「言うねぇ~」



 それから1時間ほど2人は、ぼーと空を見ていたが飽きたようだ。史栞が帰ると言うなり立ち上がった。


「来る時は連絡しろよ」


「わかってる。私がせっかく足運んで、いないなんて最悪だからね」


「まあー、そういうことだ」


「オッケー。うんじゃあ、また明日来るよ」


「明日は無理だ。友達と映画観に行く予定だから」


「はぁああぁぁ⁉ 今友達と映画って言ったかぁあ?」


「うん、言ったぞ」


「万尋って私以外に友達いたのかよ!」


「前も言っただろ……。だから史栞も友達作ればいい」


 万尋は先に出入口に回り込み、ドアを開けた。


「そういうことで、明日は俺家にいないからな」


「……わ、わかったよ」


 とぼとぼ部屋から出ていく史栞だったが、すぐに振り返って顔だけ出して質問を投げかける。


「ねぇ? なんでパソコン見せてくれなかったの?」


 万尋は目線を泳がせたのち、史栞の両肩に手を置いた。


「もう一つだけ言っておこう。世界中のパソコンを持つユーザーは、自分のパソコンデータを他人に見せたくないものだ。おわかり」


「はぁ……パソコン持ってなかったから、どうなんかなって思っただけなんだけど。そうなんだ」


 史栞は唖然としない顔で万尋の家に出た。


 最近は物質的な物よりデジタル化が主流であるのだと、万尋は思うのだった。

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