第2章 夏休み編――2人の夏休み期間と七不思議オカルトパーティー

7月22日金曜日 終業式からの夏休み突入

 教科書の入っていない軽やかなリュックは、万尋の歩調に一生懸命合わせるのに必死のように見えた。


 高校生活のうち、数回のみ存在する日。――終業式。


 普段通り登校し、掃除をし、人口密度と湿度で大変なことが予想される体育館にすし詰めにされる。それだけで家に帰れる特別な日である。


 万尋まひろも例にもれず、3時間前登校するために通った道を歩いていた。

 いつぞやに梨を口にくわえた女の子と衝突した角を曲がり、ポケットからスマホを取り出す。


 ズボン越しに振動が伝わり、万尋はロックを解除する。


 とある人物からメッセージが来ていた。幻想振動症候群ファントム・バイブレーション・シンドロームではなかったようだ。


『私だ。なに、名乗らせるな』


 メッセージアプリには、誰から連絡が来ていることなどひと目でわかる。名乗るもクソもない。


「どうした史栞しおり? ひとりで心霊スポット行って、帰れなくなったか」


『学校帰りに心スポはいかんでしょ。高校生が、帰りマックいく? みたいなノリで訪れていい場所ではない!』


「そんじゃあなんだよ。夏休みの宿題見せてってことか?」


『まだ夏休み始まってないうちから、宿題を見せてもらう思考はおかしいからね。夏休み最終日からタイムスリップでもしてきたのかな?』


「実は、夏季休暇99週目なんだよ。しかし、史栞から、連絡が来るのは初めてのことだ」


『おいおい、それなら宿題の答え知ってるよね! 教えろおしえろ』


「残念なことに、ループしたどの世界でも宿題に手はつけてない」


『今までの話をまとめると、宿題が嫌で何週もループする人物像が出来上がってしまうのだけど』


「その通りだ名探偵。だから、宿題見せて」


『普通に、断る』


 万尋は今までのやり取りを見返し、「なんのこっちゃ」と苦笑を漏らした。


 再びスマホの画面に指をなぞる。


「そんで、要件は?」


『ほら、今日万尋に会ってないでしょ? 夏休みの予定とか、罰ゲームの内容とかの話』


 終業式が終わると全生徒が強制的に学校から追い出された。そのため、いつものように屋上や空き教室に残ることができなかったわけである。


「そういうことなら、明日にでもうちに来てから話そう。メッセージだと色々と時間がかかりそうだからな」


『わかった(変な生物がサムズアップしたスタンプ)』


 史栞とのメッセージが終わると、スマホをポケットに入れる万尋。


 そのまま家に帰らず、薬局に寄るのだった。



「にいやぁ、なにしてるの?」


「掃除だけど、うるさかったか?」


 自室の掃除をしていた万尋まひろは、雑巾を持ちながら応じた。


「別に、そこまで音してなかった。けど、にいやぁが掃除って珍しいね」


「ちょっと待ってくれ、妹よ⁉ 1週間に1回は適当に片づけてるだろ俺!」


「にいやぁがそう思っているなら、そうなんだね。1カ月前からホコリをかぶる本棚は、うちの記憶違いかな」


 無表情な妹の顔を見て、万尋は目を逸らす。


「テストで忙しかったからだよ。凪古なこさんや、重箱の隅をつつくようなことはやめてほしい」


 万尋の言い訳を聞き、凪古の目は徐々に細くなっていく。


「テストって1カ月もかかるんだー」


「…………凪古さん。ちょうどいいところに! 掃除手伝ってくれないか」


「うちの時給は高いから」



 五宮凪古いつみやなこ――五宮万尋の妹である。小学四年の10歳。顔に感情があまり現れないが、無感情というわけではなさそうだ。体の反応は結構感情に素直だったりする。


「また……ストレスたまる」


「乱暴に扱うなって、壊れるだろ」


 粘着カーペットクリーナーこと――コロコロを凪古がベッドに投げた。


 それに万尋は布団の上のコロコロを拾う。


「急にどうしたんだ?」


 万尋が投げた問いに、凪古は床を指さしながら答える。粘着シートがスライムのごとく床にくっついていた。


「転がすと、シートが床に引っ付く。めっちゃイライラする」


「ああー、そういうことね」


 万尋の部屋にはカーペットなど一切引かず、床がそのままである。そのため、コロコロが床にへばりついてしまう。


 凪古は、――転がす、床にくっつく、剥がすの三動作を4回したところで、投げ出してしまったのだ。これがまたストレスを溜めるには理がかなっているのだから不思議である。


 すると万尋が、粘着シートの先を折り返した。


「俺も最初は、それで投げ出したもんだ。このコロコロって100円ショップで買ったんだけど、製品自体が悪いんじゃないとか、他の要因に言い訳をぶつけた。まあ、ネットでちょっと調べたら、折り返す方法以外にも輪ゴムで止めるとかあった」


「ネットすげえー」


「まあ、凪古はまだスマホもパソコンも買ってもらえないだろうけど。図書館行って勉強するんだな」


「うん! 掃除終わったら漫画借りてく」


「話聞いてた?」


「チェーンソーであく――」


「凪古さんにはまだ早いですよ。その漫画は」


「にいやぁせきずいけ――」


「もう読んだだろお前⁉」


「小学校は、今日から夏休み。にいやぁの部屋に侵入するぐらい朝飯前」


「部屋に鍵つけるかー」


 自分の部屋に妹が勝手に入って、漫画を読んでいたことにため息を漏らす万尋。しかし子どもに、妹に見せてはいけないぶつは、データとしてパソコンに入れていて良かったと思う万尋だった。



 ベチャ、ゴロゴロ、ベチャ、ゴロゴロ。


 凪古なこはコロコロで床のゴミを取りながら、言う。


「にいやぁー、なんで掃除始めた?」


「まあ……明日から夏休みだし、気分転換にだよ」


「わざわざ掃除道具、買ってきて?」


「…………」


 ローテーブルに置かれた薬局袋。


 窓を雑巾で拭いていた万尋は肩越しで凪古を見る。


 2人の視線がクロスした。


 …………。


「はぁ……ちょっと前に友達っていった女子いたろ? そいつが夏休みに来るんだよ。だから掃除してんの」


「ああー、花前史栞はなまえしおり。可愛いおねえさんの人」


「へぇーよく名前覚えてんな」


「小学生のスポンジ脳みそ馬鹿にならないよ」


 床からコロコロを離して、凪古は口の端を虫眼鏡で観察しないと気づかないほど、上げて。


「よかったね、にいやぁ」


「別に罰ゲームだから仕方なくだ。せっかく夏休みはゲーム三昧に浸りたいというのに」


「ゲームばかりじゃなくて、うちの自由研究と工作と宿題と読書感想文、手伝って」


「自分でやれ」

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