7月20日水曜日 塩水の海に、幽霊が出現する理由?

「テスト終わった‼」


「終わった、おわったー」


 史栞しおりは海賊王を目指すが如く、両手を上げて叫んだ。その様子をブランコに座りながら見ている万尋まひろ


 期末テスト最終日を迎えた二人は、近くの公園に着ていた。そこまで大きな面積を保有しないが、ブランコと鉄棒はある。正午前なので小学生はまだ学校。だからこそ、ガランッと静寂が漂っていた。


 キー、コーキー、コー。


 万尋は、公園の中央で屹立する史栞に声をかける。


「テスト終わったことなんて、1時間前に自覚してんだろ。わざわざ、叫ばんでも」


「万尋はアホだな~。学校でテスト終了を叫べるのは、友達がいる奴だけだ!」


「さようですか」


 変な走り方で近づいてくる史栞に、万尋は内心で苦笑する。


 50メートルもダッシュしていないうちから、史栞は息を荒げる。呼吸を整え、自分のリュックから水を取り出して飲んだ。


「まあ、そういうわけですわ」


「どういうわけだ……。俺、お前の行間読めんからな」


「私の行間なんて読めたとしても、オススメしないね。膨大の知識の前に、精神が狂ってしまうから」


「もしかして、頭の中に魔術書でも入ってんのか?」


「確か、悪魔を召喚できる魔術書が、駅前の古本屋に売ってたよ。18万円もしたから、購入まで手は伸びなかったけどね」


「詐欺商品だろそれ……。悪魔なんて存在しない」


 悪魔の存在をきっぱり否定したことに、史栞が反論持ち出す。


「でもさぁー、海外だとエクソシストがいるじゃん。聖書と聖水で追い払う人」


「それにしても、日本で悪魔に取りつかれたなんて話、聞かんぞ」


「日本は、陰陽道の結界で守られているんだろうね。その代わり、妖怪や幽霊が跋扈ばっこしている」


「前から不思議だったんだけど、聞いてくれないか?」


 万尋の相談が珍しかったようで、史栞が瞳を輝かせ、ブランコ柵に座った。


「なんだね、史栞さんに何でも話したまえ!」


「史栞の行間は読めんが、期待するようなことじゃないからね?」


「さあさあさあ! 私の全頭脳を持って、神の預言する未曾有の災害も止めてみせよう」


「そこまでいくと、お前が神じゃん⁉ まあ、史栞神しおりしんの脳にあるか知らないけど……なんで、海に幽霊出るん? 海って塩水だろー?」


「……………………ゴーストって、ナニ?」


 とぼけた声で史栞が答えた。


 その反応に万尋は鼻で笑いながら、「史栞さんでも無理っすか」とヘラヘラして言う。


「なによおぉぉぉぉ――――っ⁉」


 史栞は腰を上げて、万尋の座るブランコの楔を揺さぶった。


 波打つ声で万尋。


「まあまあ、落ち着けって。史栞神(笑)」


「今笑ったでしょうがああぁぁぁぁ――――⁉⁉⁉」


 力の弱い史栞しおりでも楔が波打つ反動はしっかり万尋まひろに伝わっている。体を揺さぶられて、気持ち悪くなる前に万尋は地面を蹴った。


 すると、ブランコが万尋と共に後方へ移動する。


 前方に体重をかけていた史栞が前へとつんのめる。が――。


 もちろん、ブランコに乗った万尋が正面にいるので、地面に激突することはない。だが、万尋の体に史栞が寄りかかるのは、必然であった。


「~~…………。それで、お嬢さんは、その神に匹敵する頭脳で、どう解決してみせますかね」


 尋万は感情を堪えながらブランコから腰を上げ、史栞をしっかりと立たせた。

 

 こけると思って思考を遮断していただろう史栞が、目をパチパチと瞬く。


「…………⁉ ごめんごめん、ちょっとビックリしたから聞いてなかった。なんて?」


「うーん、幽霊が海に出現する理由だよ、理由」


「ああ、そうだったね」


 史栞は少し後退りしたあと、こめかみを指でマッサージする。


 そしてひらめいたようだ。


「まずは、幽霊を追い払う塩水がなにかを定義しましょうか」


「塩水を使うと言えば、ひとりかくれんぼの時かな」


「それでいくね。ひとりかくれんぼで使用するコップ一杯が200グラムだから――、水の温度は平常温度、と言っても塩の溶解度は温度で変化しにくい。そうすると、約52グラム溶けることになる」


 史栞は指で計算しながら、続けた。


「質量パーセント濃度の公式に今の変数を入れる。そうすると、コップ一杯辺りの塩分濃度は、約20パーセントなわけです」


 史栞が出した回答を次に進めるよう、万尋が質問。万尋には彼女が言いたいことが伝わったらしい。


「なんで、コップ一杯辺りの塩分濃度を調べたんだ?」


「それは今から。――海の塩分濃度って、約3.4パーセントなんだよね。つまりだ、幽霊には一定の塩分濃度がないと倒せないんだよ!」


「確かにそれなら理屈は合うな。盛り塩は、まず固体だから塩分濃度も公式も関係ない。100パーセントの塊だ」


 万尋は納得したようで、数回頷く。


 史栞の方は破顔一笑の喜びぶりである。


「そうなると海に出現する幽霊は、地上の幽霊より塩に対する抵抗力ありそうだね~」


「毒の抗体みたいな感じかー。ありそうだな」


「やっぱ、海に入らないのが正解だったんだね!」


「史栞が泳げないだけだろう……」


「犬搔きとイカ泳ぎは出来るって言ってんじゃん! あと、万尋に教えてもらったから、平泳ぎも不格好だけどできるようになったし」


 少し前に二人が市民プールに行ったときの話である。(7月9日参照)


 と、そこで万尋は首をかしげた。


「俺ら、なんで幽霊の話してたんだっけ?」


「う~ん……忘れた!」


 太陽もまだ天高く上る時間に、二人はなぜか公園で幽霊論議をするのだった。



「幽霊なんて、いないんだし、テストお疲れ様パーティーしおうよ。――そうだね、マクドタルトでポテト山ほど食べようかぁ!」


「悪魔の存在を認めるなら、幽霊も認めろよ⁉ えーと、マクドタルトかー。昼飯にいいな。行くか」


「そうと決まれば、レッツラゴー」



 ――マクドタルト店内。


「注文、よろしく万尋……」


「いつもどうやって頼んでるのやら」


「買う物を紙に書いて、渡すの。これで、会話せずに注文できる」


「…………よし、さきに席の確保にいくか」


 万尋と史栞は、二階に上がる。


 そこには、同じ制服の生徒が大量にいた。考えることはみんな一緒だったようだである。


「万尋……」


「?」


「帰るぞ」


「えぇー」

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