7月19日火曜日 知育菓子の初見成功率0パーセント
教室の中はまだ昼を迎えていないというのに、ガランとしていた。賑やかな足音もペンを走らせる音も、この場所には存在しない。
冷房が切られているため、全開の窓から吹く風だけが、埃を動かす。
ミンミン、ミーン、ミーン、ミンミン。
期末テスト四日目を終え、明日を迎えてテストは無くなる。皆が振るったシャーペンソードが等々問題の喉元に突き付けられた。
だから、生徒がいないのかもしれない。そうじゃないのかもしれない。
唯一教室にいる
万尋は、その下に登録された人物に電話しようか迷っていると、教室の扉が開いた。
「やあやあ、お待たせ!」
「おせーよ! 電話するところだったぞ」
「それはやめてくれよ~。学校内でスマホの使用は禁止だぜ、万尋さんよ」
「校則の拘束力は、クソだがな。教師の退室中の教室を見れば、ひと目でわかる」
「私はスマホ使用してないから、あそこに先生を突入させて、全員のスマホを一網打尽にしてやりたい」
「最低だ……あとで友達無くすぞ」
「安心なされ、私に友達は万尋以外いませんので」
ニカッと口角を上げる
呆れた表情を浮かべた万尋は、手に持っていた鍵を回しながら、言う。
「んで、わざわざ空き教室の鍵を俺に取りに行かせて、なにを始める気だ。もしかして、普通に『勉強会や~ろ、きゅぴん』なんて、ふざけたこと抜かさないだろうな」
「勉強は一人でしてよ。ラーニング・ピラミッドのトップ、『他の人に教える』なんて、私は信用してないからねー」
「まあ、ラーニング・ピラミッドは科学的に根拠薄いらしいからな、特に定着率とか。読書が十パーセントは嘘としか思えない」
「確かにね。てか、読書だけで勉強終わる奴いないでしょ! そのあと絶対アウトプットするし、読みっぱなしの人間なんていないからね」
やれやれと両手を天井に向ける史栞。
「じゃあ、なんで空き教室に集まる必要ある?」
「それはね、――これです!」
「本当は、理科室とかでやりたかったけど、さすがに学生だけ使わせてはくれないみたいだね」
「それ、俺が職員室で聞いたんだけどな。史栞、お前教師ともまともに話せんだろ……。授業の時、当てられたらなんて言ってんだよ」
「沈黙は金、雄弁は銀って知ってる?」
「もうわかったから、いい」
げんなり肩を落とした万尋は、史栞に近づくお菓子の箱を一つ受け取った。
「
「今日は知育菓子の日だからね! まあ、語呂合わせで無理やり生み出された感は否めないけど」
「
「でもいいんだよ、売れればいいんだよ。こうやって私は3つも買ってんだからな!」
「販売店の人ですか?」
万尋の疑問に答えることなく史栞は、壁のプラグにケトルのコンセントを刺す。ケトル本体は近くの机に乗せた。
知育菓子にお湯が必要なのか疑問に思った麻尋は、質問を投げかける。
「水でもいいんじゃないのか? わざわざお湯って」
「中学理科でやらなかった? 温度が高い方が物質は溶けるって。なら、熱湯の方がスピーディーに溶けるでしょ」
「説明見る感じ、真水で大丈夫って書いてるし、問題ないだろうに」
箱の側面に書かれた説明を読む万尋。
「知育菓子で知力上げる前に、まだテスト期間なんですけど……」
「ハハハっ、またまた冗談を。3日の休日でテスト勉強ぐらい終わるでしょう。あれ? もしかして万尋さんはまだでしたかな?」
「ウサギとカメの話知らんのか」
「……あれか! ウサギが一瞬でゴールして、月まで行っちゃって餅つき始めた話だね」
「おっと、俺の知る昔話と違うようだ」
ケトルに天然水を注いで、準備ができたようだ。
温めを開始すると史栞は、知育菓子の一つを万尋に渡した。
「こっちの、『和菓子屋さん』と『お寿司屋さん』は私が作るから。万尋は『ニラニラ二~ニラ』でも混ぜてて」
「なんじゃこりゃあ⁉ こんなの子どもが喜ぶか⁉」
「ニラニラ二~ニラ知らないの?」
「ねちょねちょね~ちょりんなら見聞に知っていたが、ニラニラ二~ニラは初めて見た」
ニラニラ二~ニラは、土の粉Aとニラの粉Bを水で混ぜると、土色の粉がニラに変わるお菓子である。
と、お湯が沸けたようで、ケトルから大量の煙が立ち込めるのだった。
慣れた手つきで知育菓子を作る史栞の横で、万尋はニラニラ二~ニラをまぜまぜしている。
史栞が手で握っていたお菓子を紙皿に乗せる。完成したのは、『お寿司屋さん』のマグロだ。見た目は小ぶりのお寿司で、本物そっくりだった。
知育菓子初心者の万尋の目からでも、完成度が高いことはうかがえた。
「なぁ、なんでそんなに上手く作れるんだ?」
「私こう見えて、知育菓子初めて四年になるからね」
「なにそれ……。バスケ初めて三年みたいなノリは」
「結構面白いよ。ちゃんと考えて作らないと失敗するところとか、料理と一緒だし。まあ、初心者向けではないね、子どもとか初めて作ったら百パー失敗すると思うよ。そんな人には、ニラニラ二~ニラがオススメかな」
「ほんとに、ニラニラ二~ニラはどこに需要があるんだ?」
そんな会話の間にも、史栞がトレイに入っていた赤い粒をすくい上げ、海苔が巻かれたシャリの上に注ぐ。イクラの完成だ。
お寿司屋さんセットを作りながら、和菓子屋さんの方も準備が並列処理されていた。練られたキャンディーを丸め、串を刺して三色団子ができる。
万尋の方は、緑のニラの束が誕生し始めていた。
「マジで、ニラ出てきたんだけど⁉ なんか、凄くないか!」
「面白いでしょ♪ それ、トッピングでアブラムシラムネ入れると、二つの食感味わえるよ」
「アブラムシはあかんやろ……俺のニラが病気になるじゃん」
紙皿には豪華な面々が集まっていた。
お寿司は、マグロ、いくら、玉子。
和菓子は、三色団子、たい焼き、いちご大福、桜餅。
ニラのアブラムシ添え。
「どうぞ、召し上がれ」
「ああ――このマグロ、ブドウ味だな。食感もグミに近い」
「さすがにマグロそのままの味はしないよ。というか、ぬるいマグロは美味しくないだろうね」
史栞は三色団子を手に持って、続ける。
「お菓子に生っぽい味って、エンドいから。お菓子って別にそのままの形で歩いてるわけじゃないからね、完全に料理してできる嗜好品」
「それはそうだな。チョコレートのカブト虫とか、グミの蜂、八つ橋の蝶なんか実際したら、子ども達は喜んで、絶滅に追い込む」
「だね~。水あめの川に、ケーキの木、飴玉の雨、ホイップクリームの山なんかいいね」
「地球全部がお菓子になったら、10日でなくなりそうだ」
「じゃあー、人間はシュークリーム! 中身はイチゴジャム」
「それは、グロいてぇ……」
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