7月15日金曜日 意外性は、どれだけ相手に意識を逸らさせるかが重要

 金曜日はなにをするにも幸福に満ちていた。明日が休みという前提ではあるが。


 人が幸福に感じるのは、そこに絶望や幸福ではない状況があるからだ。なら恐らく、天国とは、『この世に存在する全ての絶望を、強制的に脳みそに詰め込む』ところから始まるのだろう。


 そうでなければ、天国は楽園に成りえないからである。


 現実にも天国とまでは言わないが、首に突き付けられていた鎌が、すっと消えるような開放感が味わえることがある。


 そう、テストを終えた学生達だ。


 朝から学校でテストを受け終わった万尋まひろは、自室で勉強をしていた。


 悲しきかな、土日明けにはまだテストは残っている。ただの箸休め程度の時間は、休息など許すことなく、ペンを武器に問題を殺せと。


 赤ペンで虚空を混ざる万尋は、目線だけスマホを向けた。画面をタッチし、時刻を確認する。


 現在時刻午後3時。代謝の激しい子ども達は、おやつの時間である。

 

 すると――ピンポンッ、ピンポンッ。


 インターホンがリフレインしながら、家中を駆け巡った。


 今、五宮いつみや家にいるのは、万尋だけである。ならば、出ないわけもいかないと、立ち上がる。


 机に置いてあった青い長箱を手に取り、部屋を出た。


 ピンポンッ、ピンポンッ。


 階段を下る。


 ピンポンッ、ピンポンッ。


 靴を履く。


 ピンポンッ、、ピンポンッ――ピピピピピピッポポポポン――――ッ⁉


「鳴らしすぎじゃあ、アホ!」


「おっと、これはこれは失礼しました」


 前につばのある帽子がお辞儀する。


 その人物は、亜麻色の半袖パーカーに、膝辺りのまである短パン、赤いラインのスニーカー装着していた。


 万尋は初めて見る服装であったが、すぐに史栞しおりだと理解した。理由は、声と身長と髪型とふくらはぎ等々などなど。まあ、毎日合っているからである。


 万尋の内心などお構いない調子で、史栞は口を開く。


「こちら、五宮さんであってますか?」


「お前、家には入れたことないけど、何回も来てるよな」


「私は、アマトンの配達員ですけど? あなたの友達に似てましたかね」


「ははっ、そうですね。人違いでした、すみません」


「いえいえ」


「学校でたまに見かける、人見知りの万年友達募集中兼自称衒学者さんに似ていたもので」


 万尋の皮肉を受けて、配達員になりすましているつもりの史栞は、苦笑いを浮かべる。


「そうなんですね。ふふふっ……」


「そうなんですよ」


 万尋の方は、おちょくるように笑顔で頭の後ろを掻く。


 しかし、プルプルと怒りに揺れる拳を収めた史栞。話を変えるように言葉を紡いだ。


「配達物があるので、受け取りお願いできますか?」


「荷物ねぇー、どこっすか」


「これなんですが――」


 史栞が横から引っ張ってきたのは、かなり大きな正方形の段ボールだった。側面にアマトンのロゴマークがニコリっと舌を出している。


「こちらにサインお願いできますか?」


 史栞がサインを要求するため、万尋に紙片を渡す。


 配達でよくある紙を見て万尋は、眉をひそめた。


「かなり凝ってるもんだ」


 ボールペンでサインし終わった紙を史栞に返した。


 史栞は咳払いを一つ。


「それでは、ここでオープンしていただきますかね」


「おいっ、とうとう正体現したな、偽物配達員」


「なにを言っているか、ワカリマセン?」


 わざとらしく肩を竦める史栞。


「最近では中身が正しいか、確認する方針に代わりまして」


「他人の商品だった時、開けているけど、どうするわけなんだ」


「セロテープでも張ってれば、気づかないでしょ?」


「モロバレじゃん……」


 万尋はため息を漏らして、商品を自分の前に置いた。160台後半の身長を持つ万尋の太ももの高さまである箱。


 持ち上げた感じ、見た目よりも軽いと万尋。


 大体、史栞が台車も無しで運べるほどなら、重いはずがなかった。


「こちらカッターになります」


「どうも」


 史栞は半パンのポケットからカッターを取り出し、万尋に渡す。


 透明のテープを切り、中を開けた万尋は不思議そうに首をかしげた。


「中から、また段ボール?」


「万尋は段ボールを注文したんだね」


「してないわ⁉ まず、俺はアマトンで注文をした記憶がない」


「またまた~、じゃあこれも開けちゃおっか」


 最初の段ボールより一回り小さい箱を史栞が取り出し、デカい箱は横に移動させた。


 それを万尋が再び、カッターを使って開封する。


 次は期待通りの物が出てきたことに、万尋は薄く笑う。


「まっ、段ボールだわなー」


「万尋は段ボールを二つも注文したんだね」


「もし、段ボールを注文したとしても、初めから組み立てた状態ではない気がする……」


 さらに小さい箱を開ける。


「段ボールマトリョシカだ……」


「万尋はマトリョシカ段ボール版を注文したんだね」


「この、使い切りのコスパ最悪なマトリョシカを誰が欲しがるんだよ」



 その後、三回ほど同じことをした。


 結果、文庫本ほどのサイズまで小さくなった箱が目の前に置かれる。


 大量殺人鬼並みにカッターを扱えるようになった万尋は、汗を拭う。


「これが最後っぽいな。どんだけ無駄な段ボールの使い方だ」


「世の中無駄で溢れているのです。しかし、無駄とは人生を豊かにするスパイスなのです」


「おい、宗教家。俺はこの時間を無駄だと思っているが、全然人生が豊かにならなかったぞ」


「それはあなたの感受性に難あり!」


「ちがくない?」


 配達員兼宗教家の史栞は、最後の箱を開けるように言う。


 言われるままというか、ここまで来て開けないわけもいかない万尋は、最後の段ボールにカッターをてた。


 そして、出てきたのは、――真っ直ぐ伸びた素麵だった。それも一本だけ。


「今日は中元の日。私からのプレゼントです」


「…………俺は、これからの人生で受け取るプレゼントのすべてに、感謝できる人間なれました、神様」


「そんなさとるほど喜んでくれたんだね♪」


「その逆だよ⁉」


 呆れた目で史栞の顔を見る万尋。


 部屋から持ってきた長箱を史栞に渡した。


「まあ、今日が中元の日なのは知っていたから、なにかしらしてくるとは思っていたよ。だから、俺からのプレゼントだ。そうめん一本よりはマシだと思うぞ」


 予想外だったのだろう。史栞は戸惑いと嬉しい感情が混ざった変な顔をしていた。


「えっ、貰っていいの?」


「だから渡したんだ」


「開けていい?」


「どっちでもいいよ。そこまで期待してもホープダイヤモンドやらツタンカーメンは出てこないけどな」


「どっちも呪いのアイテムじゃん!」


 史栞はツッコミを入れつつ、箱を開ける。


 中に収められていたのは。


「シャーペンだ~!」


「学生なら誰でも使うし、いいかなって。別にテストの点数が減る呪いは込めてないから安心しろ」


「あ、ありがとう。なんか照れくさいな……」


「なんでだよ。ほら、終わったなら早く帰りな。勉強しないといけないだろ」


「あ、うん。それじゃあ、段ボールの片付けは任せるね」


「うぅ……ああ、任せてくれ」


 十個以上ある段ボールの箱を一瞥して、万尋は苦笑いを漏らした。



 史栞が帰った後、段ボールを解体していた万尋。

 最初の一番デカい箱を分解しようとした時、中に入っていた物が太陽で反射した。


「うん? なんか入ってる?」


 箱の底にセロテープで、箱が固定されていたのだ。デカい箱から次の箱を取り出したのが史栞だったので、全然気づかなかったと万尋は思った。


 箱を手に取り開けてみると中から、ハーバリウム出てきた。


 ハーバリウムは、小瓶にドライフラワーを入れてオイルで満たしたものである。観賞用で、部屋に置いておけばオシャレな感じがする。


 てっきりそうめん一本で終わりと思っていた万尋は目を丸くした。


「ハーバリウムか、センスあんな。中は『ローダンセ』、花言葉は、終わりのない友情ねぇ」


 史栞らしいと、万尋の顔が柔和したように見える。


「だけど、それは叶わない」

 

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