7月14日木曜日 テスト勝負は、二人から。
期末テストが開始したことにより、学生達の帰宅時間が早くなった。平日の昼前に制服の姿が町にチラホラと散逸しているのも珍しくない。
昼間からテスト勉強などできるモチベーションは、なかなか生まれないものである。今まで、強制的に授業を受けていた人間が自由になれば、少しのやんちゃもあるものだと。
それは、万尋と史栞にも言えることである。
「外は地獄みたいだね~。自分が天国にいるってことを強く自覚できるよ」
「まあ、ここも外だけどな。太陽に照らされてる方が地獄で、屋根の影が天国。普通逆のような気がするが……もしかして、天国ってずっと夜なんじゃね?」
「そうだよ。だって、夜空は星という希望で埋め尽くされているのだから!」
「その希望が太陽ひとつで見えなくなるのだから、希望とは無力だった」
二人が今いるのは、とある駄菓子屋である。
屋根の下に設置されたテーブルとイス。手を伸ばせば届く場所に陳列されている駄菓子。二台の扇風機がフル稼働し、駄菓子屋の店主が水を撒いていた。
風鈴が凛とした音を奏でる中、すだれ越しに外の様子を眺める二人。
史栞がいつも羽織っている水色のサマーカーディガンは腰に巻かれ、半袖ワイシャツの袖が風になびく。
同じく半袖の万尋が駄菓子屋に来た理由を、「それで?」という一言に含ませた。
史栞はズバリッといった感じで人差し指を天井に向ける。
「駄菓子でのんびりできるからであるよ、万尋くん」
「駄菓子屋なんていつでもこれんだろ」
「わかってないな⁉ いつも通りの帰宅時間で駄菓子屋でも来てみろ。子ども達がいて、私はあの煉獄の下でハンカチ噛みしめて、眺めることしかできないんだよ!」
「いや……子どもがいようが、普通に駄菓子屋入っていいだろうに」
「なんて恐ろしいことを……⁉ 話しかけられたら、どうするの? その時は人生の終わりです」
「重すぎだな、ガキに話かけられたぐらいで。そんなこと気にしてたら、どこの店にも入れなくなるぞ」
「人見知りがたたると、通販の良さが身に染みて、涙を禁じ得なくなるんだね」
スカートのポケットから取り出したハンカチで、史栞は瞳を拭う。
史栞が万尋を誘って駄菓子屋に来た理由としては、そういうことだった。
史栞は注文したかき氷をスプーンでガシガシしながら、話始める。
ちなみに、かき氷の味はブルーハワイで、店主に注文したのは万尋である。
「それで、今日の生物と数学Ⅰ、なかなかの点数になりそう?」
「まあ、普通と思う。自己採点するなら平均か、少し上ぐらい」
万尋は自分の分のかき氷を頼むわけもなく、頬杖して史栞を見ていた。
スープにもりもりの氷を乗せる史栞は、口に突っ込む前にニヤッと口角を上がる。
「どうせなら、勝負しない? 勝負」
「テストの点数をか?」
「そうそう~。あと六教科、気合い入れるには持って来いじゃない! それに――」
史栞は言葉を途中で切り、かき氷を食べて――頭を押さえる。
「冷痛っ⁉ これが、アイスクリーム頭痛か……」
「つめいたってなんだよ」
「冷たいと、痛いの略称」
そう言った史栞は、ペン回しの如くスープを回転させて、最後に万尋に向けた。
「テスト勝負って、友達同士でしかしないでしょ! 私ができる相手、万尋しかいないのだ」
「史栞の友達いない自嘲ネタも、そろそろ慣れてきたわー」
明太子味のうまい棒をボリボリ食べる万尋。お菓子のゴミを捨てて、史栞に視線を戻す。
「まあ、勝負受けてもいいよ。けど、負けた方はちゃんと罰ゲームはあるんだろうな」
「当たり前じゃん! 負けた方は勝った方の言うことを、一つ聞く。どう?」
史栞が提示した罰ゲームを聞いて、万尋は視線をすだれの方に逸らした。
「一つ聞くって、なんでもいいわけ?」
「大体なんでもいいけど。流石に『犯罪行為して来い』とかは、無しだから」
「友達辞めるとか?」
「貴様は悪魔かぁ⁉⁉⁉」
「冗談だ」
「…………」
無表情になった史栞は、かき氷を食べる。
「だいたい、衒学者である私が、万尋に負けるわけがないだろ。言ってしまえば、出来レースみたいなもんだな」
「自信満々だな、おい。中間テストの合計ってどれぐらいだ?」
「それは言わないよ。私の順位を知って、万尋が勝負を降りては、困るからね」
「史栞は俺が前に何点取ったか、知らないんだろうな?」
「知らないね~。私と万尋が……友達になったというか、話すようになったのって、六月からだし。中間テストの後だしね」
「まだ友達っていうのに抵抗あるんかい」
「だって! 自分だけが友達って思ってるかもしれないじゃん!」
「確かにそうかもしれないなぁ。けど、自分がまず友達って思わないと、相手を信用してないみたいじゃないか。事実はどうあれ、自分よがりでも進まないと、友達はできないぞ」
「うぅ…………痛切な話だ」
「まあー、誰とでも友達になれって話でもないし、――この人合わないなっと思えば、普通にクラスメイトとして接すればいい。クラス全員友達説は、大人が俺らを扱いやすくするための、一種の洗脳教育だ」
「恐ろしい……。私たちは洗脳されていたのか」
「洗脳っていけばちょっと聞こえが悪かったかもしれないな。社会を、学校を、クラスを円滑に進めるための油みたいなもんだよ。ポテトは冷凍のままだと、固くてそれは人を殺せそうだが、油で調理すれば美味しい。つまり、そういうことだ」
「わかるような、わからないようなー」
腕を組んで首をかしげる史栞。
そこで万尋は、金塊を模倣したお菓子を史栞方に差し出す。
「勝負わざと負けてくれるよな。俺たち、友達だよな!」
「情報商材か⁉ それともマルチ商法の勧誘か⁉ それだけは、友達に進めちゃダメなこと、私は知っているぞ‼」
叫ぶ史栞は、テーブルを強く叩くのだった。
一期一会――その人との出会いは一生に一度かもしれない。
でも、一生に一度しか合わない人など、覚えているわけもなく。
最後まで思い出せる人は皆、一度だけの出会いではなかった。
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