7月12日火曜日 期末テスト前の、寝不足注意!

 現象には理由がある。


 ――結果と原因。因果律。


 だからといって、全ての事柄が必然というわけではない。偶然もしかり、因果関係に成り立っているのだから。


 よくよく、宇宙人はタコやら、グレーで目がデカいと表現されることが多い。爬虫類型もいたような気がする。


 史栞の前に、グレー宇宙人が立っていた。


 そして、前後のやり取りなど夢の中では曖昧で、記憶にも残らない。


 目の前で宇宙人がグレーのタイツを脱いで、「これは宇宙服ですよ? あなた方はなぜ、私たちの姿があなた方と異なると思い込んでいるのですか?」と抑揚のない機械的な声で言う。


 そこで、現実に帰還するのだった。



「ノストラダムス大予言‼」


「お前は毎度起きるたびに奇声上げないと、済まんのか?」


「『目覚めよ、お主は勇者である』って言われて、『俺が、勇者?』なんてアホ面の勇者より、『きゃはははぁぁぁッ俺が勇者じゃあああ、道開けろ守るべき民どもよ!』の方が目覚めた感ない?」


「それは勇者じゃなくて、酒場で覚醒剤やってる、ヤバいおっさんだろ……」


 呆れた表情を浮かべる万尋まひろが、丸椅子に。史栞しおりはそちらに顔を向ける。


 史栞は保健室のベッドに寝かされていた。そのことに気づいた本人は、体をゆっくりと起こす。


 上下――白い天井、木目柄の床。左右――白い壁、五宮万尋いつみやまひろ


 アルコールの香りが横たわり、心地よい温度が肌を撫でる。熱中症になった生徒のためにスポーツドリンクが机に並ぶ。


 ベッドは史栞が寝ころぶ物も合わせて、三つある。カーテンは全て閉まっているが、人の気配がないので、だろう。


 史栞は腕を組んで、考える。


「そうか。私は、魔王との闘いに負けたのか……」


「違うわ! 体育で貧血起こしただけだろ」


「そうだった、そうだった! 確か一緒のクラスの仄暗ほのぐらさんが、ここまで連れてきてくれたんだっけ。ふはっ、初めてクラスの女子、触っちゃった。きゃはっ♪」


「頭打ったんじゃないか? 昨日机に頭突きしたのが響いてるかもな」


 昨日の11日、図書室の机に頭突きをかまして、鼻血を出したのは久しくないだろう。


 一学期も終わりに近づく今日、クラスメイト初めて触れたという、悲しい事実を吐露した史栞。つまり、体育の授業にある準備体操を先生としか組んだことがないと。


 そんな彼女に万尋が、チョコ系のお菓子を布団の上に置いた。


「どうにも、貧血にはチョコレートが良いらしい。本当はレバーとか、ほうれん草なんかの鉄分が多い食品がいいだろうけど、――購買にそんなもんは売ってなかったわけだ」


「いやいや、なんかありがとう」


「今から俺が全部食べるから、食レポを聞いててくれ」


「ふざけんな! 私は、お菓子の袋しか食べさせない気か⁉」


「袋は食えねーよ⁉ 冗談だ。本当に頭大丈夫か?」


「平常運転で、オーバーヒートしております」


「ダメじゃん……」


 いつも通りの史栞を見て万尋は、安堵の息を漏らした。


 キューブ状のチョコが沢山入っている袋を開け、史栞の手に乗せる。


「つめた⁉」


「夏だと一瞬でチョコは溶けるから、保健室の先生に冷蔵庫借りたんだ」


「ちょっと待って⁉ 今何時何分何秒地球が何回まわって、止まった日?」


「地球の自転は止まってないけど、――今は、十二時四十分かな。お昼休み」


「そうか、よかった……」

 

 静かに目を細めた史栞。


 テンションはいつもより明るいが、体の鈍さを隠しているように見える。万尋はそう思いながら、チョコを口に投げる。


「史栞は貧血になりやすいのか? 俺も軽度ならよくなるけど」


「そんなこと、ないんだけどね。昨日鼻血出し過ぎたせいかも。それより、万尋の方がよくなるって、大丈夫なの?」


「平気へいき。全校集会で長く座った後に立ち上がると、フラついて、数秒目の前が暗くなるぐらいだから」


「めっちゃ重症な気が……」


「大なり小なり、みんななるだろ、これぐらい?」


「少なくとも私は、足の裏が痒くなるぐらいだね」


 万尋のような症状は、脳貧血と呼ばれるものである。


 体を循環している血液が十分に脳へと運ばれないことが原因であり、――貧血のようなヘモグロビンの減少によるものではない。


 おそらく、全国の小中高で全校集会に、立ちくらみや眩暈めまいを起こしたことがある人は少ないないだろう。


「それなら安心だけど、午後の授業は出るか?」


「もちろん! 私友達いないから、休んだら誰がノート見せてくれるの。自分から声かけるとか無理だからね」


「頑張れよ⁉ はぁ……俺が一緒のクラスならノートぐらい見せてやるのに」


「二年生になれば同じクラスになれるって。そのためなら、百度参りぐらいするよ」


「その百度参りで、人見知りが直るようにお願いしろ。対症療法じゃなくて、原因療法だろ」


「努力するかもしれない、所存です」


「俺は人見知り、直すように促してるけど……史栞がそのままでいいなら、別段止めないからな。俺がいれば、まあ、高校生活でボッチにはならないだろうから」


「そう、だね……」


 史栞は俯いて、万尋から目線を外す。


 万尋の方も、頬をポリポリと掻きながら、目線を泳がせた。居心地が悪くなったのか、椅子から立ち上がる。


「そんじゃあ、俺はもう行くぞ。チョコは好きに食べてくれ。あと、もう少ししたら保健室の先生戻ってくるから、それまでは大人しく患者やってろよ」


 と、扉に手をかけたまま、万尋は続けた。


「それと、あんま根詰めんなよ。体は資本つーうだろ」


「へいへい~。おっ、キノコのチョモランマあるじゃん! ちっ、タケノコのアルカディアもあるなぁ……。どっちも捕食してやるけどな!」


 万尋は苦笑しながら、保健室から出て行った。


 ――ガラガラッ。扉が開閉。


 それを確認した史栞は、体をベッドに倒す。



「ははっ……この偉大なる賢者が貧血って…………。最近、寝不足がちだからなー」


 シミ一つない天井を眺めながら、続ける。


「衒学者ってやつはー、努力してないように、振舞わないといけないんだ。あんだけ知識語って、期末テストのために、めっちゃ勉強してるとか、ダサいじゃん。天才を装わないといけないんだよ。笑えるよ、衒学者って天才じゃない人間が、それでも天才に成りたくて、意地を張る奴のことだから」


 誰にも、届く必要のない言葉を、史栞は。


「それでも、万尋に会えたから――私、衒学者になってよかったかな……。嬉しいことに、残りの高校生活も一緒にいてくれるらしいし。――って私このまま友達、万尋だけでいるつもりかい。賢者は象牙の塔で一人研究すると言いますけど、私は衒学者。夏休み終わったら友達の一人や二人作ってみせるからね! ハハハハハッ――」


 ――ガラガラッ。


「あら? 花前さん、体調よくなった?」


「…………」


 コクコク。

 無言で頷く史栞は、やはり人見知りであった。

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