7月10日日曜日 電話する時、ふざけたくなる症候群

「にいやぁー」


「どうした?」


「一緒に、うまい棒にどれだけ爪楊枝つまようじ刺せるかしよぉ」


「なんだその暇人御用達ごようたしのゲームは……。爪楊枝勿体ないだろ、やめときな。もとよりうまい棒の真ん中に穴は開いてるだろ」


「あっ、間違えた⁉ にいやぁー、お母さんが昼ごはん、できたって」


「ああ、ありがと。て、どこに間違える様子あった?」


「知らない――」


 自室でベッドに寝ころびながら、漫画を読んでいた万尋まひろは体を起こす。妹がお昼ご飯の完成を伝えてきたので、リビングに向かうためである。


 静かな扇風機が左右を行ったり、来たり。


 今日は日曜日。朝はどこまでものんびりと暮らし、夜になって明日の憂鬱を嚙み締める日になる。天地創造の神もそりゃあ、お休みするわけだ。


 本棚に足を進める万尋。


 その時、勉強机に置いていたスマホが震える。マナーモードにしているため音は鳴らないが、振動による空間の乱れが万尋の耳にも入る。


「今日は誰とも、約束してないとはずだが」


 持っていた漫画すぐに直し、のそのそとスマホを手に取る。


 画面には、『花前史栞はなまえしおり』の文字が書かれている。電話の相手だ。


 今から昼餉ひるげだから無視するか万尋が迷っていると、震えは止まった。


「まっ、あいつの話は長引くし、あとで架電すればいいか」


 ――ブルブル、ブルブル、ブルブル。


「はい、もしもし」


 この調子だと出るまで掛けてくると思った万尋は、電話に出るのだった。


「こちら架空請求の者なのですが、お時間大丈夫ですか?」


「…………」


 声で史栞しおりだと理解する万尋。


「最近の架空請求業者って、自分から名乗るんだなー」


「はい! 私ども健全にやっていく方針に変わりまして」


「じゃあ架空請求やめろよ⁉」


「えーと、五宮万尋いつみやまひろ様は、一日18禁漫画三千冊コースのお申し込みの支払いがまだでして、お電話させていただいた所存でございます」


「ちょっと待て⁉ いくら欲望荒ぶる高校生でも一日三千冊も読めんだろ! なんだそのアホみたいなコースは。人間用じゃなくて、時を止める神様コースじゃねーか」


「神様コースは、一日十万冊になります」


「史栞……この茶番いつまで続ける気だ?」


「お金は、一万になります」


「一日三千冊も絶対読めないコースのくせに、一万円も取るのかよ⁉」


「円じゃなくて、ドルです」


「詐欺だ」


「弁護士の天ぷら美味しいですよね」


「サイコパスだ」


 万尋はスマホを耳から話して、ため息をつく。


 向こうからはケラケラと笑う史栞の声が微かに聞こえている。


「それでなんの用なわけ? 俺、今からご飯なんだけど」


「実は私も今食事中なんだよね」


「それじゃあまた月曜日――」


「おいおい、切ろうとしないでくれよっ⁉ 面白い話があるんだ」


「面白い話?」


「ええっええ、今日って納豆の日じゃない――」


 万尋は一瞬の迷いもなく電話を切った。


「よし昼にするか。また七夕セールで買い過ぎたそうめんじゃないことを願うよ。さすがに飽きたからなぁー」


 ――ブルブル、ブルブル。


「ちょっと! まだ話し終わってないのに切ることないでしょ」


「こちら怪〇レストランです。お客様ご予約ですか? 今日でしたら、学校の怪談フルコースになりますが」


「すみません、間違いました」


 …………。


「切れた」


 まさか騙されるとは思ってもいなかった万尋は、目をパチパチと瞬き画面を見た。


 ――ブルブル。


「ラインするから、あとにしてくれ」


「私、メリーさん。今納豆をかき回しているの。一回、二回、三回――一回転足りないわ」


「もしかして、面白い話って怪談か?」


「確かに腐ってるね」


「人間が?」


「大豆が」


「納豆は腐敗してないぞ。発酵だからな」


「知っとるわい!」


 史栞が大声を上げるものだから、万尋はスマホを投げ出すところだった。耳から離したスマホを顔に近づけ直す。


 ここまでの流れで話が長引くと予感が芽生えた万尋は、窓を開けて曇り空を見上げる。


 曇っているためか風は涼しく、蝉が激しく鳴いていた。


 万尋の実母が節電対策というなの、電気代節約の影響を受けて、クーラーの使用を禁止されている万尋。扇風機の風と自然風が混ざり合い…………特になにもない。


 現象になんでも反応があると思ったら大間違いである。


 そんな史栞とクーラーの声を聞きながら、万尋は口を開いた。


「明日も学校なんだし、サザ〇さん見るまで学校関係と関わりたくなかったんだけど」


「ははっ、現実と太陽は直視できないものですなぁー」


「今日はよく、曇ってる」


「めっちゃ蝉の声聞こえてくる」


「そっちはガンガンクーラーの掛かった部屋でくつろぎみたいだけど、うちは扇風機様でね」


「本のページが腕に引っ付きそうだ」


 史栞の声と共に納豆のまざまざする音色が流れてくる。


「それで結局、なんのようなんだ?」


「納豆って、何回混ぜるのがいいと思う?」


「理想の混ぜる回数?」


「そうそう」


 どうでもいい話にジト目でスマホの画面を見る万尋。


「二百とか四百回が一番美味しいって聞くけど」


「苦行かな?」


「ぷははっ、確かに。美食を追及するなら必要なことなんだろ。俺は、二十回で食べる」


「私も三十回とかだね。今混ぜているのは、これで百回目」


「やっぱ納豆混ぜてたか。音聞こえてるんだよ」


「納豆ASNRなんちゃって」


「今日は最初からなんちゃってばかりだろうに……」


 と、万尋の部屋に妹が突入してきた。


「にいやぁ! 遅い!」


「そっちから女の声が⁉ 万尋、その子誰よ?」


「いきなりメンヘラ化するな、怖いわ……。妹だよ、妹」


「妹さんか~」


「これ以上待たせたら、扇風機様も没収されそうだから行くわ。要件の方はラインしてくれ」


「うん。別に用事ないよ?」


「なら余計にラインしろよ!」


「納豆混ぜている時間暇だったから、電話しちゃったわけ」


「うまい棒にどれだけ爪楊枝刺せるかゲームでもしとれ!」


「なにそ――」


 電話を切った万尋はスマホを机に置く。


「にいやぁー、さっき爪楊枝勿体ないって」


「史栞はいっぱい爪楊枝使っても、友達がいっぱいいるから無駄じゃないんだ」


「うちも友達いっぱい作る!」


「ああ、友達がいないと、知識ひけらかしたりするようになっちゃうからな」

 

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