7月7日木曜日 七夕に短冊結び 

 夜の暗闇を月光と星が輝かせ、今日という日の完結の鐘が轟くには、もう少しだけ時間が残っている。


 五宮万尋いつみやまひろは実家の縁側に座っていた。部屋に置かれた扇風機が万尋と、風鈴に風を送る。


 チリン、ちりん。


 時間が時間のため、万尋の母と妹はすっかり夢の中。同じく万尋も床に就こうとした時、花前史栞はなまえしおりから電話があった。


 内容としては、「寝ずに外で待ってるように!」だった。


 そして、史栞が万尋の前にやって来たのは、電話が掛かってきてから十分後のことだった。


 それが今である。


 史栞しおりの服装は、無地のTシャツと短パンというラフな格好だ。蚊からすれば絶好の相手に違いない。


 史栞が中庭にずかずかと入ってきたのを、万尋まひろは縁側に座ったまま応じる。


「こんな時間になんだよ? 来るなら迎えに行くのに」


「なんだその反応はよ⁉ 私が担いできたこれが目に入らないのか」


「笹なんか持ってきてどうした? 七夕ならあと三十分で終わっちゃうぞ」


「それなら急がないとダメじゃん!」


 史栞は肩にかけていた笹を立て掛け、どこからともなく短冊の束を召喚した。



 短冊を見た万尋はげんなりと半眼になる。


「俺らもう高一だぞ。この年で短冊なんて普通書かないだろ……」


「ちょっと前まで中学生がなにを言っているのやら。逆にこの年で願い事がない方がおかしいんだよ。なんと今なら、短冊にお願い事を書きますと、私が感想を言って上げます」


「最悪じゃん」


「神様に失礼がないのか私が先に確認してあげるんだよ? 恥かかなくて済む」


「史栞に見られるのが一番の恥だ」


 万尋の言葉に史栞が「ひどっ⁉」と叫ぶ。


 すると「真夜中だぞ、このアホ」と小声で万尋が言う。


「ごめんごめん。これが徹夜テンションってやつか」


「徹夜となるとまだ早い時間帯だ。だから、ただ史栞がテンション高いだけだな」


 万尋は心の中で、「俺だけじゃなくて他のクラスメイトにもこうだったらな……」と呟く。


 その間に史栞も縁側に腰を下ろす。


「はい。短冊五枚と、一発書き用油性ペン」


「五枚も……これ全部書かないとダメ?」


「本当は隙間なく書いてもらいたいけど時間もないし、一枚だけでオッケー」


「遅い時間に来てくれて感謝してます、史栞様。あと、一切の隙間がない短冊を神が見たら、めっちゃ欲ありまくる失礼な短冊か、呪いの類かの二択と思うぞ。きっと」


「確かにそうかもね。私が試しに書いた短冊には、――『友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ友達プリーズ』って書いたね」


「呪いの逸品だったか。ちょっとマッチ持ってくるわ」


「なんで燃やそうとしてるわけ⁉ これはこれで飾るんだけど」


 史栞が呪物化した短冊を笹の葉に結びつけた。


 その様子を縁側から見ていた万尋が、「あれが一番の恥だな」と神様に憐みの情を向けるのだった。


 戻ってくる史栞。


「それじゃあ願いを文字に起こしてみようか!」


「あー、うん。えーと、五枚とも色が違うんな」


 黄色の短冊にペンを乗せようとする万尋の手を史栞が掴む。


「ちょっと待って。色それぞれに意味があるんだよ」


「気にしたことなかった」


「今日から気になるようにしてあげるよ」


 史栞しおりは短冊の色に込められた意味を語りだす。


「まず緑――人を思いやる、徳を積む意味が込められている。赤は――祖先や親にいつも感謝的な意味だね。マジ、感謝」


「史栞は赤短冊に感謝の気持ち書けよ。今の説明からして感謝しているように感じられなかったから」


「いやいやっ、マジ感謝って言ってるじゃん!」


「…………史栞、いつもマジ感謝!」


「ご先祖様、お父様、お母様、私はこの命あること感謝しています」


 万尋まひろに言われてみると感謝されている感がないことを知り、史栞が両手を合わせた。


「万尋が書こうとしていた黄色は――人を信じたり、大切に思う気持ちだね。白は、義務やら決まりを守れ的意味で。ラストの紫は、古来の日本から高貴の色とされてきたぐらいの意味が込められている。ズバリ、――知識、学業の向上なのさ!」


「なんか、白の説明が適当だったのに、紫は早口で細かな説明だな。贔屓してんだろ」


「義務とか決まりとかどうでもいいじゃん。やっぱ衒学者げんがくしゃな私は、知識への願いを書くわけよ」


 衒学者を簡単に説明すると、知識をひけらかしてくる人のことである。


「そんなことだと思ったわー」


 いつもの衒学者と名乗っているので、万尋にはどの色の短冊を選ぶのか予想ついていた。


そして万尋が選んだのは、緑の短冊だった。史栞はもちろんと言いたげな紫である。


「緑かぁ~、ちゃんと徳が積めるお願い事を書くんだぞ」


「ははっ、当たり前だろ」


 先に書き始めていた史栞には、万尋の怪しげな笑みの意味を汲み取ることはできなかった。


 万尋も書き進めながら、先ほど史栞による色の説明に追加する。


「色の意味は五行説に由来してるわけだが……最近見かける短冊の色って結構種類があるよな。レインボーはすべての意味を保有する最強の短冊なんだろか」


「あー、レインボーは最強だよ。スター取ったら無敵じゃん。って⁉ 私が説明しなくても知ってたのか!」


「たまたま今日、テレビで見ただけだよ。短冊の色やらそうめん食べよう的なやつ」


「そういうことか。もうちょっとマイナーな知識を披露すべきだった」


 そんなことをぼやく史栞だったが、願い事を書き終わり再びテンションアップした。万尋もすぐに完成する。


 ろくな願い事じゃないと思いながら万尋は、史栞を一瞥した。


「なに願ったんだ?」


「しょうがない、飾る前に教えてやろう。おほん、『アカシックレコードの閲覧権をください』」


「まともなこと書けよ……」


「本気だって! アカシックレコードにはこの世のすべてが詰まってるんだからね。そういう万尋はなに書いたの?」


「俺か? ほれ、『史栞の人見知りが治りますように』だけど」


 万尋まひろの短冊を一字一字ゆっくりと見終わった史栞しおりは、顔を真っ赤にさせた。


「あんな史栞……。友達は神に願うものじゃないだろ。人見知り治して自分で作りな。ああ、俺ってなんて良いこと願ったんだろ。これが人間力の向上かぁ」


「なんなのさぁ! 別に私が友達いようがいないが関係ないでしょ!」


 万尋から短冊を奪い破こうと指に力を入れる史栞だったが、


「まあ……一応、万尋が書いたんだし、しょうがないから飾ってあげる」


「そりゃどうも」


 笑いをこらえるように家の方向に顔を背ける万尋。


 合計3つの短冊が笹の葉に結ばれた。



 七夕もあと、四分で終わってしまう。


「これで、織姫と彦星はまた1年会えないんだね……」


「伝説上だとそうだな」


「私……1年に1回しか万尋会えなかったら――」


「たら?」


「1日で1年分の知識をひけらかせるかな? 24時間じゃあ足りないよね」


「おい、俺の期待を返せ」


「なにがさー?」


「なんでもない。それよりも家まで送るよ。こんな時間に女の子一人で帰らせないって」


「それじゃあ、家まで今日の日の知識をひけらかしてあげる。実は、今日って七夕がメインだから、他の記念日も七夕にちなんだことが多いの。例えば、金平糖――」


「はいはい、帰りながら聞くから。口だけじゃなく足も動かしてくれ」


「へーい~、続き話していい?」


「ああ、金平糖がなんだって」



 二人が中庭から遠ざかり、笹だけが残された。


 4枚の短冊が夜風にゆらゆらと揺れる。


 呪いの短冊、紫の短冊、緑の短冊、――黄色の短冊。

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