第451話
「ははっ、それはそうだ。そんなつまらん終わりは求めてないぞ!」
にやりとして馬を取りに戻る。郷の者らをまた避難させなければならないが、今度はもう時間切れを待つわけにはいかない。精々はぐれたやつらから身を隠す一時しのぎとだけとらえることが必要だろう。
数千騎が固まり、北方の地で正面から睨み合う。会戦というのはこのように行われるのだなと解る瞬間がこれだ。数人が進み出て来る、中には難楼の姿があった。骨都侯と検大人が進み出ると、視線を受けた島介も後ろについていく。
「難山烏桓族と見受けられる。我は骨都族の長で骨都侯だ、何をしにここまでやって来られたかを伺いたい!」
先年のことには触れずに尋ねる、終わったことは気にしていないというあらわれでもある。難烏桓がそれを受け入れるかどうかはわからないが、兵を動かしているという事実を知るべきだろう。
「難山烏桓の難楼だ。言わずと知れた事、先の戦の続きをしにきた。強い者に従う、草原の掟は解りやすいとは思わんか都骨侯よ」
戦争というのは片方がやると言えば始めることが出来る、そして勝てば強制的に言い分を飲ませることが出来るのだ。解ったと言うまで殴り続けて、死んでしまえば次の代表を同じく殴り続けるだけの事。
「ただの意趣返しとは感心せんな。難大人、それは族の繁栄を約束できる行為なのだろうか?」
族とは長の私物ではない、皆の人生をより良くするための代表でしかないのだ。骨都侯の言葉に、難大人はチラッと周りの者らの顔を見てから「難山烏桓の名誉を取り戻す戦だ」負けたままで引き下がるわけにはいかないと凄む。骨都侯が島介を見て頷く、好きにしろと。馬を進めて二人よりも前に出た。
「俺は伯龍だ。難大人の名誉とは、兵を迂回させて無防備な女子供を襲わせることか?」
難大人の隣に居た難僕盧が、先年のことを耳打ちする、猛毒で昏倒していたはずだと言うことも。気が付いたのが最近なのでそれを知ることはなかったようだ。
「卑怯者は命を散らした。あれは俺の命令ではない」
「なるほど、部下を監督することも出来ないと公言するのか、なら仕方ないな」
挑発をするがそれにのるようでは軽く見られてしまう、舌戦とは一騎打ちの形を変えた争いなのだ。鬼神の如く戦っては多くの難烏桓兵を殺した相手というのは知られているようだった。
「強さこそ全てだ、最後に勝てば全てが正しくなる。違うか」
「そいつは違わないな。だが強さの形は千差万別だ、比べようもない時には正しいとも言えんくなる」
なんでも同じ土俵でだけ戦うことが出来れば、世はもっとすっきりとしたものだっただろう。殴れば陰口を言われ、無視すれば忍び込まれ、戦おうとすれば金でなだめられる。真っ向ぶつかることなどほとんどない。
「俺の強さは烏桓族だ! 個の武勇などではどうにもならんこの力だ! さあ抗って見せろ!」
悦に入っているかのような台詞に、烏桓兵が武器を構える。こうなっては最早戦いを避けることは出来ないだろう、そして疑問が一つ、ここに居ない残りの兵は何処で何をしているのか。また迂回して郷を攻めようとしているならば大変なことになってしまう。
「骨都侯、あいつら何か焦っているようではないか?」
「検大人もそう感じたか」
二人の長が異常を感じた、ならば恐らく変なのだろう。兵を割らなければならなかった何かがある、それが攻撃なのか防御なのかは判断がつかない。
「難大人は卑怯者ではない、だから女子供は手にかけない、それは誓えるのか?」
「無論、この大草原に誓い、俺は卑怯者の行いなどしない!」
すると兵は後方の攻撃に使うわけではない、近くに伏兵として置いている可能性は否定できないが、守りに残すならばわざわざこうやって出向いて戦争することも無いだろう。ということは、隠しているというのが近い答えになりそうだった。
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「挟撃の可能性を考慮して、偵察を出そう」
「何かが起ころうとしているのは確かだ、早めに察知したいな」
後ろで二人の方針が決まった、ならば出来るだけ正面衝突は遅い方が良い。そういう時には決まっているかのようにすべきことがある。島介は一騎進み出て胸を張る。
「難烏桓族の勇者に挑む、一騎打ちで俺に敵う者はいるか!」
なるほど族長である難楼は烏桓族の強さを誇っている、では族兵らはどうかといえば己が強いことを証明しなければならない。一騎打ちで己を誇る場を、族長が奪うことは出来ずに、名乗りを上げた者らが前に出るのを見ているしかなかった。
「俺は難烏桓族は圭氏の圭潘!」
「俺に挑む勇気は称えよう。今一度名乗る、難烏桓族チュウの夫で伯龍だ!」
若い兵士らでも知っていたようで、チュウという名前に反応する奴らが多かった。特に上級層で。理由は族長から娘を与えられる可能性があったエリート層たちだからといったところだ。力だけの若い兵士はこれといって感想はない、だから島介に向かい無謀にも突っ込んで来る。
「その程度の腕では勇気と無謀の違いすら分かるまい」
速足で馬を前に出すと、すれ違いざまに攻撃をかわして軽く矛の石突で叩いて落馬させてしまう。馬を奪うと「戻れ」冷たくあしらい次を待った。無謀な若者がもう一人出て来たので、こちらも軽くあしらうと大きくため息をつく。
「難烏桓族に強い男はいないのか? これでは話にならんぞ。そちらは五人まとめて掛かって来て良いぞ、手加減はしてやる。こいガキども」
敢えて強めの挑発を行うと、顔を赤くした男達が五人で突撃してきた。島介が言ったルールを守ろうとするのは褒めてやりたいところ。各位がぶつからないように間をとって、一人は短弓を放ちながら近づいて来る。島介は向かって右端に真っすぐと進むと、矛の一突きで落馬させた。
ぐるっと左回り、飛んできた矢は頭をさっと横に動かすだけで見切ってしまう。こんな開けた場所で正面から射られても当たる方が難しい。挟み込むように二人が攻撃してきた。片方を矛の先で受け流すと、反対を石突きで突き落とし、すれ違った後に背を矛で引っ掛けて引きずり落としてやる。
矢が飛んできた。身体を斜めにして胴の防具を小さく削って後ろに飛んでいく。目障りだと言わんばかりに弓手に迫ると、背を見せて逃げて行くではないか。
「逃げるな臆病者が!」
手にしていた矛を手槍のようにして投げつけると、見事に背中に突き刺さり落馬する。追いかけてその矛を抜いて、残りの二人を睨み付けると顔を蒼くしている。格付けは済んでしまった。そしてチュウの夫であるという事実の宣伝も済ませた。
「難烏桓族を馬鹿にするのもいい加減にしろ! 集団戦闘こそ我等の特技だ、こぞって進め!」
「骨都族よ迎え撃て!」
双方の大将が号令をかけると、大勢が中央の平地に向けて走り出した。そこへ脇の山から数千の集団で向かってくる姿、難烏桓族の別動隊。
「検山烏桓族はあちらを食い止めるぞ!」
だが様子がおかしかった、検大人が向かってくる難烏桓の別動隊を観察していると、士気があるようには見えなかった。まるで何かから逃げているかのように。刃が混じり合おうとした直前の事だ、茶色い旗を掲げた騎兵団が脇の山から続々と姿を見せて来る。
「難楼様! 敵部族の来襲です!」
別動隊が本陣へ向けて方向を変え、恐れを抱いた表情で合流しようと先を急いだ。中央で戦いを始めようとした矢先だったので、突撃を取りやめその場で急遽待機させる。続々と騎兵が湧いて出てその数は万を超えて来るではないか、百ほどの集団が前に出てくると声を張った。
「我は南匈奴左賢王だ、上谷烏桓族らは単于に従え! さもなくば滅ぼすぞ!」
死の宣告か恭順を示せと威圧して来る、その間にもまだまだ騎兵がやって来て、ついに二万を数えるだろう程に膨れ上がって来た。
「むむむ、難楼大人よ、ここは休戦してあれに抗すべきではないか」
「骨都侯の言が正しいだろう、どうだ難烏桓よ」
「むぅー……致し方あるまい、今は族滅の危機だ」
上谷地域の烏桓族が外敵に備えるためにと突然戦いを取りやめて向きを変えた。族の違いはあれども、烏桓は烏桓といったところなのだろう。左賢王が返答がなく抗戦の構えを目にしてやれやれと首を左右に振る。脇の山からは更に大きな茶色の旗が現れて後備についた。
「どうやら従えぬらしいな、ならば滅びの道を歩むしかない。南匈奴の騎兵よ、前へ!」
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