第442話


 それはそうだと頷いているし、待機組の側近もそうはさせないと気合いをみせる。そのようなことは言われずともやると反発を招きそうだったが、その気概があった方が良かった側面もあった。


「糧食の確保具合は?」


「この地を押さえて置けたら、春先の山菜や狩猟が見込めるので問題ない」


 逆に言えばこの地を失えば不足するだろう未来が待っているらしい。けれども糧食だけなら今すぐ足りなくなるわけではないとも受け止めることが出来た。となると最大の懸念はやはり別動隊になる。


「ここにどれだけ敵を引き付けることが出来るか、やはりそれが最大の問題だな」


「今までは誘引できていたし、ここを無視することは出来まい」


「骨都侯の言うように、やつらはここを必ず攻めて来る」


 それについては島介も異論はない、攻めては来る絶対に。相手がどのような性格かは聞こえてこないが、やられっぱなしをよしとするようでは頂点に立ってはいないだろう。


「…………俺があいつらをここに引き付けるのはする、その先の懸念を一つ打ち消したいため、約束してほしいことがある」


 真剣な表情でじっと二人を見る、問題解決に尽力してくれるならば願いの一つくらいは叶えてやっても良いだろう。検大人が「言ってみろ」是認する前提で尋ねた。


「俺は妻を守るためにこの場に在る。奴らがここを攻めると同時に、少数を割いて後方へ攻撃を仕掛ける可能性は充分にあるだろう。誘引が済んだら郷の防衛に向かわせて貰いたい」


 一つことにのみ全力をつぎ込むのは悪いことではない、それが美徳であるとすらされていることもある。だが不都合があると知っていて手を打たないのは、指揮官として怠慢以外のなにものでもない。


「郷の守りは我等も望むところだが、この場が圧倒的に不利。割ける兵士はさほどないが」


「ここを失えば多くが死ぬ運命にある、さりとて郷は絶対にまもりたい。両方とはいかぬぞ」


 兵力不足を起こしているのだから、出来ないことは出来ない。それは島介も承知の上でのこと。彼らも後方を守ってもらえるならありがたいのだが。側近らも大人らを見ている。


「難烏桓がどれだけの数を派遣するか次第だ。それが五百ならば守り切ることは出来ないが、二百以下なら俺が防ぐ」


「ふぅむ……兵を十名預ける。こちらはそれ以上は出せん」


 検大人が苦しい表情でそう言うと「骨都族からも補佐一人と二十人出してやる、その分ここがより厳しくなるのは承知の上だな?」家族を守るためにここに居座るのだ、いくら辛くてもそれは飲めるが目的が達せられないようならば本末転倒になる。だから二人ともギリギリの数を捻出してきた。


「降雪すると言うならば長く守っている必要はない。俺の特技をここで披露することになるとは思わんかった。兵らの命は失われるかも知れん、だが郷の者らは必ず守る」


「戦士は死んで目的を成し遂げれば誉れだ。やってくれ伯龍よ」


 司令部の面々は構わないと承知した。そうなれば時間が惜しい、二つのことを同時にやれるだけの器用さは持ち合わせていない。


「では攻撃隊の統率は俺が、この山の防衛は検大人が、郷の周囲の調査と必要な準備の指示を骨都侯に頼みたい」


 やって来たばかりで土地勘が薄い検大人がここの防衛をするので人選的にはこうなった。住んで久しい骨都族にはうってつけなので文句はない。なぜそんな準備が必要かは訊ねずに、速やかにそれぞれの役目を果たす為に動き始めた。


 空がどんよりとしていて、風が冷たい。朝の空気はこれでもかと下がっていて、水たまりは氷が張っていた。偵察兵が敵の状況を探るために百人単位で山を離れていくと、昼過ぎにはぽつぽつと戻り始めた。まだ今日は攻めてくるような状態ではない確信を持つ。


「万全で誘引するのは意味が無い、あまりに早すぎると郷の守りが出来ない。三日後だ、そこまでは能動的に攻めてくれるなよ」


 戦いでただ祈るなど無能の印でしかない。かといって直接手出しをしてもいけない、ではどうするか。偽情報をあちらに信じ込ませる、それも信じたい内容を捏造して。こちらが偵察を出しているのだから、あちらも絶対に出している。すぐに攻め込ませない、疲れさせるという意味で検大人にしてもらったのは「二日間は全力で敵に備える、ふり」をさせることだった。


 勝手に疲労してくれるならば待とう、降雪まではまだ時間がある。そう判断させるために偽りの態度をみせつけた。必死になり厳重警戒する姿を見せ、そいつらは夜中ぐっすり眠らせて休ませる。四時間おきの八時間勤務、普通と言えば普通の動きでしかない。


 それから二度夜を越えた、空気は冷たく息が白い。空は曇っているが雪はまだ降って来ない。いよいよ難烏桓のやつらも気合いが入って来る、あと二、三日したらやるぞ! という気持ちを作り上げて。


 奇襲部隊は油と炎、それと水という相反する物資を持ち出して夜中に集合した。指示を出したのはもちろん島介で、どうしてそんなものをと疑問を持たれてしまう。


「部族の戦士たちよ聞け、これより我等は敵を誘引する為に打って出る。天幕を燃やし、馬には水をかけてやるんだ」


 馬はかなり寒さに弱い、だから北方の騎馬民族はその対策を怠らない。その馬に水をかけたらどうなるか、気化熱で体温を奪われてあっという間に衰弱する。卑怯と言われるかもしれない、だが戦いに於いて勝つことこそが絶対なのはやはり変わらない。死んでしまえば文句すら漏らせない。


「気が進まない者もいるだろうが、我々が戦で負ければ族は全滅。良くて女子供が奴隷のように扱われる未来だけが残る」


 ならば名誉こそ全てである戦士であっても、汚名を被ろうとも戦いに勝つと心を新たにする。族を守ってこその名誉、自分達は死のうが卑怯者呼ばわりされようが、残される者達が無事に生きていけるならば全てを笑って飲み込んでしまう。


「全てを失い朽ち果てようとも、負けるのは許さん。俺に続け!」


「応!」


 これは防衛戦争だ、途中で辞めることなど出来ない。勝って命を繋ぐか、負けて失うか。去年まで争っていた相手であっても今は同じ目的を願う味方、この場では共同戦線を良しとした。暗夜に息をひそめて敵陣へと近づくと、不寝番を見据える。


「弓の腕自慢は四組に分かれて合図で同時に射撃だ」


 四人が立哨しているので、それらを排除するつもりで命じる。残りは直ぐに切り込めるように突撃の号令を待っている。部族の指揮官が四組に集団を分けると、島介に準備由を伝えた。


「よし、放て!」


 声が聞こえると多くの矢が一斉に闇夜を飛んだ。音がしないため不寝番は矢が刺さってから攻撃されたことに気づくが、叫び声をあげる暇もなく絶命してしまう。外れた矢が地面に突き刺さっているのは遠くて見えない、その距離で見事に命中させた。


「突入!」


 気づかれる前に林から騎兵が飛び出していく、馬を嘶かせないようになだめながら出来るだけ接近できるように。あと一歩というところでようやく敵が気づく。


「や、夜襲だ!」

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