第439話


「良く逃げずに出て来たな、褒めてやるよ!」


「勝つ為に来ているのだ、その口をきけなくしてやるぞ!」


 なかなかの武力で島介と何度も打ち合った、そのうち山からも別部隊が降りてきて交戦し始める。敢えて全力で戦わず、こうやって戦いを引き延ばしてやめられなくするのが目的だ。途中、二対一や三対一になるものの、島介が後れを取るはずもない。何せ、関羽、張飛、趙雲とやり合って無傷で生きていたのだから。


「難大人、一旦おひき下さい!」


「黙れ、何故俺が下がらねばならんのだ!」


「指揮が乱れております、お願いですから退いてください!」


 そう懇願されて周りを見ると、乱戦模様で酷いことになっていた。これでは勝っても傷が深くなりすぎる、すぐに冷静になると矛を力いっぱい叩きつけて、護衛の脇に身を置いた。


「俺は一兵卒ではなく大人だ、すべきことをする。また殺し合おう伯龍とやらよ」


「まあ部下に免じて見逃してやるよ。こちらも負傷者を手当てしたやりたいからな」


 味方の数が少ない、助ければ回復の見込みがある奴らが大勢いる、ここで戦いを継続するよりも良いとの判断でもある。もう充分引き延ばした、今さらやっぱり山を攻めないとは言えないだろう。どちらともなく背を向けると、さっさと後ろへと引き下がって行く。


 島介は陣へ戻ると水を一杯飲む。ふう、と落ち着くと周りを見た。大人らが命令をだして負傷者を回収しに動いているので、岩に腰かけるとそれを眺めることにした。何せここではそういった役回りを得ていない、先日攻撃をするときに一時的に指揮権を預かっていただけ。


 しばらくすると検大人がやって来る、表情は明るかった。族が納得いく戦果を挙げたのが素直に嬉しいと言ったところだ。


「伯龍よ、見事だった」


「俺よりも若い奴らを褒めてやってくれ。あいつらのほうこそ良くやってたよ」


 実際あたふたしているものが多かったが、戦いは経験を積んでなんぼだ。それに、大人も島介の言葉に異存はなかった。若者を褒めてやりたい気持ちがあったから。


「そうだな。やつらも一度退いて、準備をしてから攻めて来るには数日あるだろう。負傷者を率いて、郷に行って交代を連れてきてくれんか」


 戦陣で治療するよりも遥かに治りが早くなる、それにここでは手当にも限界があった。数日の自由時間と思えば悪くない、チュウにも会えるだろうし。


「構わんよ」


「そうか、では直ぐにでも頼む。四日後の夜明けまでには戻るんだ」


 片道半日も掛かるかどうかなので、実質二泊三日の休養にあたるだろうか。途中で襲撃を受けないとも限らないので、それなりに腕が立ち臨機応変に立ち回れる者が必要だったのだ。その上で大人は本陣を離れられない、適切かと言えば割と適切な人選だったのかもしれない。


 陽が傾くかどうかの頃にさっさと陣を出て行く、暗くなる前には郷に戻れると負傷者の足取りも軽やかだった。自力で歩けない者は担架で運んでやる、重くて疲れると文句をこぼす者は居なかった。郷に近寄ると警戒されたが、骨都族の者が手を振って帰還を叫ぶと大勢が心配して駆け寄ってくる。


「負傷者の手当てを頼む。それと、残留兵の指揮者に会いたい、侯や大人からの伝言がある。俺は伯龍、指揮を預けられている」


 年配の立場がありそうな女性に頼むと直ぐに手配してくれた。異常は直ぐに報告されていたようで、直ぐに二人の老年男性がやって来た、留守番の頭だ。場所を天幕に移してあらましを説明した。


「わかった、二日後の朝には戦士らを同道させる。良く戦ってくれた」


「まだ始まったばかりだ、だがその言葉は必ず前線の者らに伝える」


 何一つ異存はない、今は一時的とはいえ仲間として戦っているのだから。やるべきことはたくさんあるだろうからと、二人を解放すると自身も天幕を出る。すると直ぐそばでチュウが一人立って待っていた。


「あなた!」


「おっと待たせてすまん、仕事は終わらせてきた。明日一杯まで完全に自由休みだ」


 そう軽くはいったものの、チュウの顔色が良くないことを悟る。ここでは話しづらかろうと、居場所を変える。使っている天幕に連れていかれると思っていたが、近くの林へと歩いていくではないか。


「何があった」


 様子がおかしいのだから原因があるのだろうと、歯に衣着せずに問いただす。それで怖がられてしまうかも知れないが、放っては置けない、何せいまは時間が無ければ目も届かない。しばらく逡巡した後に、小さく語り始めた。


「いまは骨都族の藍老体に世話になっています」


「うん、検烏桓のやつらではなく?」


 それは話がおかしい、検烏桓族の客人として戦っている島介の妻ならば、そいつらが面倒を見るべきでそういう話もしてあったのに。視線を落としてチュウが話しづらそうにしている。


「チュウ、俺はお前の夫だ。何が在ろうと常にお前の味方だ。気負わずにあったことを話してもらいたい」


 一度決めたことはどんなに不都合があろうと曲げたことはない、それが自身の死を招きかねないようなことでもずっとそうしてきた。チュウはその小さな拳を握りしめると、顔を上げた。


「検烏桓では余所者として下の扱いを受けていました。ここ骨都族と共同するとなり、合流をしてもです」


「そうか、辛い想いをさせていた、すまない」


 島介の信頼できるやつが誰一人いないので、どうにも出来なかった。自分が残ることが出来ればそんなこともないが、自身の不足に苛立ちすらした。少し考えればそういう可能性だってあると直ぐにわかるだろうに。


「いえ、あなたが悪いことなど一つもありません。こうやって今、希望を持たせてくれているので」


 無理にでも笑顔を見せてくれると、どうにも愛おしくて抱き寄せる。そこに存在しているだけでこうも嬉しい、お互いにそう想えているなら立派な夫婦だろう。


「それで藍老人とは?」


「はい。骨都族で暮らしていますが、元は難烏桓族の戦士だったようで、戦いで力尽きたところを手当てされて命だけは救われたと。その後、医術の腕を買われて骨都族の者として永年過ごしていると聞きました。私が不遇を受けているのを見かねて、幕に招いてくれました」


 戦争捕虜、あるいは奴隷。それが能力を買われてしっかりと食い扶持を得て過ごしているならば、充分な話だ。そんな人物がかつての同郷を助けようと思ったのも自然な話。チュウが嫌ならばそもそも居場所を移すことも無かっただろうから、事実助けられているのだろう。


「わかった、その藍老人に会わせてくれるだろうか?」


 すぐに幕に行かなかった理由を耳にして納得すると訊ねた、チュウは返事をせずに暫く抱き着いたままでいる。行きたくないわけではなく、この状態を味わいたいのだろうか、腕にはさほど力が込められていない。


「凄く久しぶりな感じがしてこうして居たかったんです。迷惑でしたか?」


「まさか、可愛い妻にそうされて迷惑だっていう男を俺は知らんね」


 笑うとひょいとチュウを抱き上げて肩に乗せてしまう「きゃあ!」怖がって頭に腕を回しているを確認すると、そのまま郷へと向けて歩き始める。


「恥ずかしいです!」

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