第438話

 一方で目の前では、距離を開けたまま多数の騎兵が山を見て回るのが中腹から見て取れた。陣取っているのは四千そこそこで、残りは女子供の護衛についている、獣がやってきたり野盗の襲撃も見込まれるからだった。


「なんだこれは、骨都族の砦か?」


 いつもなら斬り合いをして逃げ出してくのが常だと言うのに、今年は守りを固めているではないか。難大人に直ぐに注進が走る、報が届いてからややして難大人がやって来て山を睨む。


「ほう、小細工が好きなようだな」


「かなりの数がここにいるようです、きっと後方の防備はありません。ここに閉じ込めておいて郷を攻撃しましょう!」


 取り巻きがそう進言する、若い男が良かれと口にした。直ぐ左に控えていた中年が、まゆをひそめる、この後どうなるかが瞬間解ってしまったのだろう。


「本幕を少数に攻撃され、おめおめと逃げられたというのに、難山烏桓は目の前の敵を撃ち破らずに、ノコノコと誘導されて無防備な女子供を殺せだと? 貴様には難烏桓戦士の志が無いのか!」


「ご、ご容赦を!」


 拳を握りしめて怒りで震える大人の一喝で若者が膝をついて許しを乞う。内容は正しい進言ではあったが、その伝え方が良くなかった。これでは側近も後方を攻めるようになどとは言えなくなってしまった。せっかくの好機であったが、ここは次善の策を打ち出すしかない。


「難大人、ここに居る奴らを打ちのめせば、残っている者らは降伏して来るでしょう。抵抗する者は殺し、従順な者は受け入れてはいかがでしょうか」


 結果、族が利益を受けられるならば多少の被害は飲み込む。戦いに勝利してしまえば、勢力規模は膨れ上がり大人の名も上がる。


「我には八千からの勇士が居るのだ、この程度の数を相手になんの懸念があろうか。直ぐに攻撃の準備を行え!」


 野戦で二倍の兵力が居れば勝利は目の前だ。機動力があるので薄く包囲して、予備を間に置けばすぐに補強できる。守る側はその機動力を活用できない分面白くないだろう。


「しかし、見たところ昨年よりも数を増したように見受けられます。全力で兵を出してきたのでしょう」


 側近が結構居るなと気づく、半数も居たことが無いのに、今回はその位居そうだと。となれば後方は裸同然、別動隊を出したいが今は提案すべきではない。


「ならば好都合だ、ここで全滅させれば憂いが無い。この前のアイツもここに居るんだろうな。どれ」


 難大人は少数と共に山の麓に進んでいく、双方の注目が集まった。矢を射れば届くだろうギリギリまで行くので、側近が腰の剣に手をやって即応出来るように構える。


「俺は難山烏桓の大人、難楼だ! よりによって我が拠に攻め入って来た蛮勇の者に、裁きを下す為にやって来たぞ!」


 そうしてもしなくても、いずれここに攻めてきただろうことは脇に除けてしまう。骨都族からも一人が進み出る。


「骨都侯だ、臆面なくよくもまたやって来たな。ここは我等が縄張りだ、尻尾をまいて逃げ帰れ!」


 お互い顔は知っている、こうやって間近で言葉を交わしたことは無かったが。難大人が視線を巡らせ誰かを探しているのに気づくと「良いようにやられたようだな。あいつを探しているのか」鼻で笑ってやる。


「なに、全員の首を跳ねればそのうち見つかるだろう。心配するな、残された者の面倒はみてやる」


 人間は財産の一つだ、収奪する意味合いもあるが、族を増やす目的もある。事実残されたものらも誰かの庇護を得なければ暮らしていけないのだ。


「それはこちらのセリフだ、弱兵がいくら攻め寄せてもここは落ちんぞ。試してみるか?」


 無視されては困るが、お願いして残ってくれとは言えない。舌戦でしくじるわけにはいかないのだ、骨都侯は平気な顔をして、背で汗を垂れ流している。


「言われんでも直ぐに終わらせてやる。攻撃隊、前へ!」


 短弓を手にした騎兵が固まって待機する、これらが接近して矢を打ち込み、乱れた場所に後続が投突入していく。平原ならば間違いなくそれで防御側は致命的な被害を受けてしまうが、山岳では半分の効果しか見込めない。防御陣を構築した場所でどうなるかは未知数だ。


「進め!」


 難大人の号令で、五百の騎兵が突出する。麓に木柵を置いて封鎖している場所へ、次々と矢が射られていく。


「盾を構えろ!」


 地面に伏せてあった木製の盾が一斉に起こされて、兵がその後ろに姿を隠す。木の盾にはびっしりと枝葉が結わえ付けられていて、射撃防御にだけ特化した粗雑な仕立てになってた。矢が枝葉に絡まれて被害が殆どでない。戻って来た騎兵がもう一度射撃するも、やはり殆ど被害は出なかった。


「うぬぬぬぬ小癪な! 構うな、後続を突入させよ!」


 騎兵指揮官が見たところ駆け上りやすそうな場所を見つけ、そこへ向けへ騎馬を走らせる。木柵を引き倒して、我先にと進んでいく。すると、先頭が通り抜けた後に、ややしてから一斉に馬が転倒をする。数十騎やりすごしてから、縄を引っ張って馬の足を引っかけたのだ。


 通り過ぎていた騎兵は後方の混乱などお構いなしに、防御兵に突進した。する今度は手のひら位の深さの落とし穴に馬の足が取られてしまい、足を折ってしまうのが続出した。


「な、なんだこれは!」


 混乱している敵に矢を浴びせかけると、岩陰に潜んでいた検烏桓の者らが一斉に姿を現す。当然その中には島介も居る。


「敵を討ち取れ!」


 五百程の歩騎が逆撃を行う、態勢が充分でない難烏桓の兵らが不利ななか孤立して被害を大きくした。そこから十騎ほどが突出して、難大人の居る所へと向かった。


「お待ちかねだぞ、さあ続きをしようか!」


「出たな!」


 島介の姿を見付けると難大人が騎馬を前に出す。側近が止めようとしたがそれを無視して矛を打ち合わせた。大人に矢が当たっては困るので、護衛も矛を手にして脇を固めることにしたようだ。ぐるぐると馬を対面に歩かせながら、矛をぶつけ合った。

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