第437話
短弓を手にして難烏桓兵が遠巻きにして次々と矢を放つ、少数ならばかわすことも叩き落とすことも出来たが、多勢に無勢ではどうにもならない。悪態をつきそうになったところで後方に待機していた連合軍が突入してきた。
「勇気ある者を見殺しにするな、進め!」
左右を騎馬が挟み込み、新しい矛を手渡される。突然現れた軍勢に対処する為、乗り込んできていた島介は一時的に忘れられた。
「今より指揮官を認める、命令を寄越せ!」
胸板が分厚い中年が、髭を揺らして迫る。やるべきことをきっちりとやった男を信頼した、それだけではあるがそれで充分。
「よし、あの方面に敵が集合している、それを突き破り旋回して帰還するぞ。続け!」
敢えて防御が厚い場所を狙う、志願兵の士気が大いに上がった。こんな役目につく奴らだ、回れ右で逃げ帰るよりも余程納得いく命令だったのは間違いない。立ちはだかる烏桓兵を次々切り倒してひときわ大きな天幕に向かうと、騎馬した立派な姿の中年と出くわす。振るった矛がはじき返された。
「不埒者が! ここが難山烏桓の本拠と知っての狼藉か!」
中年の周囲にも筋骨隆々とした供回りがついている、明らかにただ者ではない。ではそれが誰かと言えば話は簡単だろう。
「お前が難山の大人か」
島介は兵らを割って進み出る、他とは毛色が違う見た目に注目が集まった。着ているものや装備はそこらの者と同じなのに、顔つきが違う。何よりも巨漢であることが目を引く。
「いかにも俺が難烏桓の大人、難楼だ。お前はなんだ」
「俺は伯龍、縁があってこうやってこいつらと行動している。どうだ、軽く手合わせしてみるか?」
挑発すると矛を突き出した、こんな場所で足止めされている場合ではないのに。後続が囲んで来る奴らを防ぎながら、さっさと進めと叫んでいるのが耳に入る。
「ではその首をおいていくんだな!」
難楼が真っすぐに島介に突撃して来ると、矛を突き出した。切っ先は喉に向かっていたが、島介は矛の先で軽くいなしてしまうと騎馬を踏み出せた。
「そういうなよ、少しは楽しんでくれ!」
互いの袖が触れあいそうになるほど近づくと、近距離で矛を振り下ろす。斬るではない、叩く意味で。両手でそれを受け止めると俄かに手がしびれてしまう。怪力の持ち主である島介の打撃を、真っ正面受けてしまったから。
「馬鹿力な奴め!」
なんども受けていては馬の方が参ってしまうと、そこからは武器を打ち合うことで力を分散させてくる。目的が主陣地への誘引であることを承知なのと、後続が圧迫されてきているのを目にして笑う。
「これでどうだ!」
両手持ちの矛で、受けられる前提で横に薙いだ。体勢を崩して避けようと思えば出来ただろうが、地面に石突きを突き刺して受け止める。だが速度と力が乗っていて、初めから武器を壊すつもりで力の集中をしていたせいで、難楼の矛がぽっきりと折れてしまったではないか。
「なんと!」
「怖気づかずに良くぞ受けきったと褒めてやるよ。俺はまだやることがあるから見逃してやる、行くぞ!」
脇を抜けて取り巻きを蹴散らすと、道を切り開いて離脱していく。新しい矛を受け取ったところでもう姿はない、一団となって去っていく騎馬集団を恨めしそうに睨む。
「くそっ、こうまでされて黙っては居れんぞ!」
「大人、今のは挑発でしょう。わざわざ相手にせずともよろしいのでは?」
側近が真意を見抜いて助言して来る、そもそもが戦うつもりで来ているならば逃げて行きなどしないのだ。ここで大人を倒せば戦に大きく有利に働くのだから。
「するとお前は俺が舐められたままでいろというのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ならば余計な口を挟むな! 総員武装を整えろ、骨都族に目にモノみせてくれるわ!」
競り合いをしていたのは骨都族の兵士だと信じてそう断言した。見た目では判別がつかないのだから、しばしば戦っている族だろうと考えたのは自然なことだろう。
◇
騎兵をまとめて山に帰還すると、防備を整えていた者らから歓声を受けた。敵に切り込み勇気を示した同胞という扱いだ、それがどこ出身であろうと関係ない。戦士には名誉を。馬から降りて二人のところへと歩いて行く。
「骨都侯、検大人、しっかりと一撃入れて来たぞ」
後方からついてきているそれぞれの指揮官も無言で頷くと、各々の主に事実であるとの追認を与える。やるべきことをやったのを確認すると「伯龍よ、見事だ!」検大人がはっきりと賞賛する。
「よくやってくれたな、これで奴らもここを無視してはいけまい」
勇気を示されたのに、自分達は女子供に攻撃するでは部族に失笑されてしまう。戦士を自認する奴らが、そのような汚名を進んで着ることはない。この時代、一族の名誉は、個人の命よりも重いのだ。自身の行動で先祖にまで迷惑をかけることなど許されるはずがない。
「怒り狂って攻め寄せられるのも困るだろうが、そこは何とかするしかないな」
倍以上の敵に攻撃をされる、その事実は変わりようがない。そこを何とか守り抜くのが指揮官の務め。
「なに一か月とせずに降雪がある、そうなればもう戦い続けてなどいられんさ。だが雪をあてにはせん」
「我等、戦いで劣るつもりはない」
緊張感が二人の距離を縮めたらしく、運命共同体であるとの認識を持ったらしい。頂点がいがみ合うよりも遥かに良いが、戦いは無情である。
「陣地構築があまり進んでいるようには見えなかったが」
騎馬戦が主体である、こうやって山陣を固めるなどあまり経験が無いせいで、甘い縄張りが目に付いた。無論、それでもないよりははるかに有利なので問題は小さいが、不満がかなり残る出来栄え。
「そうか? こんなものだと思うが」
二人で首を傾げるかのような雰囲気、真実そう思っているらしい。能力の不足というよりは経験の不足だろう。ならば知っている者がやるしかない。
「築城を任せて貰えるか?」
「伯龍はそんなことが出来ると?」
「まあ、好きでやったわけじゃないが、散々仕込まれたよ」
ファッキンサージにな、と言葉を飲み込んだ。防御力があがるならば望むところ、利敵行為をするはずがないとの信頼も出来た、二人は頷くと「任せる」簡潔にそう応えた。戻って来て休むことも無く、後ろの二人の指揮官に「お前達も来い」声をかけるとさっさと兵たちのところに行ってしまう。
「聞け、これより野戦築城を行う。俺の命令通りに動くんだ!」
二人の騎兵隊長が傍に立っているので、大人らの命令だと認識して素直に従う。何せここで戦うのは自分たちだ、守りが甘ければ代償は己の命である。不明の単語が飛び出すが、その都度説明を捕捉されて何とか作業に取り掛かって行く。徹夜で作業をしていると、夜明けで敵の集団を発見した。
「ある程度は補強できたから、間に合ったと言ってもいいもんかね」
満足できるまでにはならなかったが、明らかな弱点は全て消し去った。同等の歩兵同士ならば、五日や十日では陥落しないだろう強度に。実際の戦闘力やら運用能力は全くの手探りだ。
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