第436話

 大人がそう表現すると、多くがそんなものだろうなと頷いている。一万人は居ない程度と目安をつける。それでいて骨都族は三千、確かに両方と争っている場合ではなさそうだ。


「骨都族と共同して、難山烏桓に抗する戦いをしたらどうだ。こちらにとってみれば普段と変わらない位の戦いが出来る、骨都族はこちらへの負担が丸っきり反転して戦力になる。困るのは難山烏桓だけだ」


 その提案に何か落ち度があり、罠にかけられるのではないかと疑念が産まれる。元より大きな相手と戦うことになるので、自分達はあまり変わりないのは事実。難山から逃げてきて何を言っているの考えたが、意趣返しだとすればそうされるのが一番厳しいから計画したとも言えた。


「長老はどう考える」


「骨都族次第で共同も可能でしょう。ですがもしあちらが裏切れば、我等は絶滅します」


 その上でここ検山烏桓の全てを得られるならば、採算は合うかも知れない。恨みを買えば今度は自分達の番だと思考が及ぶかどうか。大人は今年だけでなく、この先のこともずっと考える必要があった。もし今年無事でも、骨都族が難山烏桓に破れたら、その次は直ぐに攻め込まれるだろうと考えた。暫く考えを巡らせてついには顔をあげる。


「検大人として命じる、これより骨都族に使者を出し、交渉を行うものとする。異論があるものは今ここで申し出よ!」


 一人ずつ顔を見ていくが、誰も反対はしない。したければしても良いし、別に代案を出せとも言われない。どちらとも言えるような状態で自分を押し出す必要が無いだけ。


 かくして提案は受け入れられ、骨都族と検山烏桓は共同体を結成。双方の大人が同列として族を指揮して、難山烏桓と対抗することになる。それでも勢力は不利で、旗色が悪くなれば疑心暗鬼にかられること必至だ。側近らに睨まれながらも、島介は検大人の客人として近くに控えている。


「骨都族というのも、見た目や動き変わりはしないな。単に地域や族の記号でしかなさそうだ」


 名称についての独り言、この中で唯一の異物が自分なので、見分け方が無いかを知っておくべきと観察していたがこれといって解らなかった。乱戦になれば全てが敵に思えてしまうのはどうだろうか。単独で敵の真っ只中に行けばはっきりとする、位しか考えが無い。


「検大人よ、いかにして難山烏桓と対抗するつもりだ」


「骨都侯よ、我等が多数と対抗する時には、難所に陣取って固守して戦った」


 先着して何日でも待ち構えて戦端を開く、不都合は我慢して何とか地の利を取りに行っていた過去。相手を前にして戦わずに辞めてしまうでは、骨都侯も面目が立たないので戦っていたものだと思い出した。


「そうすれば数倍を支えられるのは事実か」


 ならばそれでも良いと解釈してしまっているようだったので、つい島介が口を挟んでしまう。


「相手次第でどちらに転ぶかもわからない作を採るなど笑い種でしかない。戦うならば先手を取るべきだ、対応される前にこちらから攻め込むんだよ」


 発言を求められもしていないのに、急にそのような生意気なことを言いだす異邦人。骨都侯は何者だと睨むし、検大人の側近も同じように睨んで来る。それで怖じ気付くわけもないが。


「伯龍よ、戦には多くの者の未来がかかっている。おいそれと突っ込むわけにはいかんのだ」


 検大人が諭すように述べた。向こう見ずな奴が勢いで言ったことを力で跳ね付けるのではなく、受け止めて押さえる。これが彼の統治のやり方なのかもしれない。


「難山烏桓は倍以上の数が居る。半数をこちらに、半数を女子供の残る集落へ向けられても固守を続けるつもりか? それとも奴らは必ず守っている場所を全員で攻めてくれる低能集団なのか?」


 挑発たっぷりの物言いだが、事実その可能性がある以上は馬鹿にしたと却下も出来ない。検討すべき内容なのは誰の目にも明らか、放置はできない。


「伯龍とやら、それではこちらから皆で攻め込めというのか?」


「有利な地を捨てるのも頂けんな。五百の兵で切り込みをかけ、敵に損害を与えるんだ。その上で陣で守りを固めて対抗する。大人の野営地を捜索し、そこへ夜襲をかける」


 具体的な案が出され、確かに先に被害を与えられたら無視も出来なくなるだろうことに納得する。陣地防衛も作戦に入っている上に、どうやって反撃するかも考えているらしい。ではそれが成立する為に必要な要件は満たされるだろうか。


「五百の勇壮な者と、敵に打ち勝つ手練れが必要だな」


「検大人、族に百五十の適任者は存在するか」


 骨都侯から視線を移して問いかけると、居ないと言うわけにもゆかずに「ああ、族には適切な者が存在する」当然の返答をしてくる。今度は「骨都族には三百五十の勇者は居るか」同じように規模比例で尋ねた。


「無論だ!」


「ならばそれらをまとめて切り込み部隊とし、敵に一撃を与えれば良いだけだ。許されるなら俺が指揮しても良い、五百の軍勢なら何度も率いたことがある」


 およそ言葉の意味というのは正しいかと、適切かというのにはかなりの幅があるようだ。自信たっぷりの島介に疑問はある、骨都侯が検大人を見た。能力の程はどうなのかと。


「伯龍は我が族の上士を遥かに上回る戦士の腕前を証明した。ゆえに客人として遇している」


 人の能力はどっこいどっこい、ならばきっと骨都族の奴らの中でもかなりの上位に位置しているだろう。より大きな部隊を指揮させなければならないので、それらを危険に晒すわけにもいかない。かといってどこのどいつと知らぬ奴に族を預けるのも面白くなかった。


「俺が単身で敵に切り込み、それを見てから兵らが突入するのでも構わんぞ。戦士というのは勇気ある者を認めるんだろう」


 こともなげにそう提案する。大勢の敵にたった一人で切り込むのは自殺行為、それをやってこいと言われてすぐに頷ける奴は片手で余るはずだ。骨都侯は目を細めて島介を見据えると「検大人は宜しいか」目線を外さずにそう尋ねる。


「そちらが良いならば、俺は異存ない。やってくれるな伯龍よ」


「貴殿らがそう望むなら」


 検大人と骨都侯が右拳を胸にあてる、恐らくそれが敬意を示す行為だろうとあたりをつけると、島介も拳礼をした。そうと決まれば話は早い、速やかに突撃部隊が選抜される。その日の夜には準備が整い、日が出るや否や出撃した。


「戦士伯龍、難烏桓はこの先だ」


 地理を把握している先導が、道なき道を真っすぐに進んであっという間に敵の集落に辿り着いた。そこには多くの天幕が張られており、少数の見張りだけが立っている。夜襲朝駆けは戦の常、その不意打ちの機会を失うと言うのにたった一騎で進みでた。


 軟鉄製の矛を片手に見張りの目の前に自ら進んでいくと、不寝番が数人警戒して集まって来る。それらは徒歩ではあるが、奥では馬を準備しているのが見えた。


「何者だ!」


「なぁに流浪の一兵卒だよ。貴様等に戦を仕掛ける!」


 宣戦布告を行うと、騎馬を進ませて不寝番を一突きした。背中から刃先が突き出て、血を吐いて絶命する。


「敵だぁ! ――ぐぁ!」


 矛を薙ぐと大声を出した者の喉を描き切った。不寝番を全て切り倒す頃には、騎馬した難烏桓兵が現れて来る。明らかな異種族、誰とは言わずに襲い掛かって来る。


「我は伯龍なり!」


 すれ違いざまに首が一つ飛んだ。兵が集まる場所に向けて敢えて突っ込む。一人、二人と倒していくうちに、矛がバキっと壊れてしまう。


「ちっ、なまくらか!」


 折れた矛を投げ捨てると、転がっていた剣を拾い上げて振り回す。だがそれも数人斬るとぽっきりと折れてしまった。これがこの時代の平均的な武器の強度であり、普段使っていたのは怪力の島介に合わせた武器だったのを思い出すことになった。


「奴を射殺せ!」


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