第434話


「わかった、その検大人に会わせて貰えるだろうか」


「ついて来い、変な真似をしたら二人とも殺す」


「なぁにそんなことはしないさ。それに大人しく従う奴らを害する程、検大人は懐が狭くないだろ」


 否定など出来ないような言い方に男達は黙ってしまう。こういうことの年季が違う、島介は堂々と四人に囲まれたまま山野を歩いてゆく。やがて集落が見えて来ると、数百人の姿があちこちにあった。狩りの為に部隊を組んで出かけるのもあるとしたら、千人規模の集まりということになりそうだった。


「荷物を置け、武器もだ」


「ああわかった」


 小刀のような調理にも使っている刃物だけしか持っていなかったので、別にどうでもよいとばかりに地面に降ろしていくと男達の後ろについていく。チュウもビクビクしながら後ろの裾を掴んでついて来る。


「心配ない、俺がいるだろチュウ」


「あの、はい、あなた」


 どうしてこんなにいつも通りなのかと不思議でたまらないけれども、頼るべき相手が傍に居ることが嬉しくて微笑みが漏れる。それを見ていた男が、偽装の夫婦ではなさそうだと感想を持つ。建物の中には五人の男が居て、一人が奥で椅子に腰を掛けている。


「伯龍だ。検大人に挨拶を」


「族を離れていたそうだな。どうしてこんなところに居る」


 ここでは側近が代わりに質問するという形ではなく、大人が取り仕切るのがやり方のようだ。横から口を挟まれることもなさそうだと頷く。


「怪我をして倒れていたのを妻に、いや当時はそこらの住民だったが、助けてもらった。それで求婚して承諾されて、これから帰郷するところ」


 これまたさほど珍しい話ではない、問題は島介の見た目だ。このあたりの種ではないのと、あまりの巨漢。探したってそうそう居ないくらいの体格だ、気にするなという方が無理だ。


「ここに留め置く、通過は許さんと言われたらどうする?」


「そうなればここで暮らすことを検討しよう」


 情報を集めてから動く方が万全になりやすいし、反抗しても島介一人なら良いがチュウまで無事にとなるとかなり厳しい。なにせ馬を手に入れなければならないので友好的に接する必要があった。


「ふん、しもせんことを口にするな」


「誇張はしても嘘ではないさ。それに余り留め置くと不都合がそちらにもありそうでね」


 チュウに知っている部族同士の情報をあらかた聞いてあった。二年以上前の情報ではあるが、予備知識としてあるとないとでは大違い。難烏桓、侵略成長肌の部族のようで、友好を取りに行くのは殆どないとのこと。つまり近隣の部族にとっては敵対か警戒する相手。


「ほう、すると」


「難烏桓との闘争に発展する火種になりかねない。目的をもって争うのでなければ、それは何も良いことは無いからな」


「お前は難族のようには見えん。するとそっちの女か。なんだ奪い取ってでもきたのか」


 女を略奪するのは普通の事だ、そして妻にするのも当たり前。女は行った先で馴染んで暮らすしかない、そういうものだという時代と場所。だからと難族がそれだけで戦争するようなこともない。


「いいや、さっきも言ったように、俺の方が拾われたものでね」


 検大人が何事かと推理する。言っていることが事実ならば、難の女が族から離れたいからそうしているだけ。女がそんな自由を得られるはずがない、ならば逃げ出してきたのだろう。他者の財産を横取りしたような扱いで、文句をつけられる可能性がある、そういう意味だと解釈する。


「邪魔者にはなりそうだな。ならばここで殺してしまったらどうだ」


 若干声色を低くする。側近らも腰に在る短刀に手を添えた。やるつもりならいくらでも対応できるが、それは最後の最後、今は話し合いで解決しなければならない。


「ではそれこそが目的だとしたらどうだ。死んでも痛くもかゆくもない外の男と、族の女を送って殺させる。それを難族への挑戦だと声高に叫ぶんだよ」


 どの時代でもある生贄の類、確かにそれならば後戻りできない悪手になる。通過させるのが最善かとすら思えるような反論、ただ者ではないのを確信した。


「はっ、とんだ蛇男もいたものだな。通過だけが目的か」


 蛇男とは狡猾な者というこの地方の慣用句のようなもの、誉め言葉ではないのは何と無く理解出来た。島介がそれについて抗議するわけもなく、用件を明かす。


「実はもう一つある。馬を二頭求めていてな、等価交換或いは何かしらの労務で支払いたい」


「ふむ……」


 難大人は顎に指をあてて思案する、損をするわけではないのでここで綺麗に治めておけば良い。だが上手い事利用出来れば大人としての評価もあがる。もう一度島介の体格をじっと見つめた。


「戦士鸞谷林、この男と戦え」


「はい、検大人」


 間髪入れずに側近の一人が返事をした。見たところ戦闘力は割と高そうなので、腕試しということだろう。チュウが不安そうな表情を見せている。安心させるのが先だろうと小さな要求をしておく。


「戦うのは構わないが一つの確認と願いがある」


「言ってみろ」


「確認は、もし俺か鸞谷林が大怪我をして世を去るならば、鸞谷林の妻子やチュウは検大人が責任をもって暮らしを約束してもらいたい」


 自分も相手も同等の内容を求めた、鸞谷林も大人の方を見る。小さな傷でも悪化したら死に至る病気などいくらでもあった、リスクがあるならば相応の要求をすべきだ。


「よかろう、検山に誓い残された者の面倒を見る」


「あなた」


「大丈夫だ、ただの手合わせだよ」


 鸞谷林もこれには異論がないようで島介に向き直る。どういった戦いをするのかと思うと、腰にあった短刀を地面に捨てた。素手での殴り合い、それならば手加減が可能だとにやっとした。


「どちらかが倒れるか、勝負を止めるまでだ」


 自発的に辞められないと宣言するが、そんなことはどうでもよかった。周囲を素早く確認して、横やりの有無を警戒する。こういう時の悪知恵とは浮かんでくるものだと思いながら。


「検烏桓の戦士鸞谷林だ!」


「小黄の伯龍。検山に誓った検大人の求めで、戦いに応じる!」


 大人を絡めておくことで、安易な手出しを外からできないように牽制した。もしやろうとすれば大人を侮辱したとみなされてもおかしくない宣誓であり、検山という崇拝する地に唾を吐いた行為にもなってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る