第431話

「よし、於夫羅軍の防備の間をすり抜けて中央に入れ! そちらは道を空けろ!」


 なんと友軍ではあっても別の軍へそのような命令を出してしまう。武将に猛抗議を受けるのが当たり前の上、咄嗟に拒否されてしまい居場所を失う恐れがあると言うのにだ。ところが於夫羅軍は、部将が「恭荻殿の軍を通せ! 防備解除!」素早く対応、味方を素通りさせたのを確認して後に「防備を再度整えろ!」戦列を組みなおすことをやってのけた。


「良い部将を持っているようだ。集合しろ、あの一角を突き破って前線に出るぞ!」


 中央から進行方向左斜め前、つまりは呼廚泉の左後ろあたりに受けて軍を動かす。勝手に部隊の道を通すように触れて回り、ついには外郭に到達する。於夫羅の本陣が見えた『於夫羅』の旗も右手側に立っている。山の頂上には逃げ場はなく、山脈の中腹はあちこちが崖のようになっている。


「こちら側の山道を占拠する!」


 ごつごつした岩場に枯れたような木が生えているだけの場所に二千の歩兵が進出した。南匈奴の部族兵がその場を守ろうとするも、妙に強い大男が暴れまわるせいで防御を抜けられてしまう。


「あいつを殺せばここは守り切れる、狙いを絞れ!」


 武器を手にした南匈奴の男達が、馬上の島介を睨み付ける。近距離からは弓矢でも狙い撃った。分厚い外套を跳ね上げると、その隙に手近な敵を矛でなぎ倒し、時間差で飛んできた矢を素手で握るとバキっと折ってやった。


「そのような生ぬるい攻撃で俺を殺れると思うな!」


 黒兵がせり出して周囲を固めると、山道の要所を二十人程の冤州軍が占拠する。泰山兵が遅れて到達しようと激戦が繰り広げられた。


「大親分すげぇな! 野郎ども、ここが稼ぎ時だぞ!」


 言わずと知れた戦場泥棒。倒した敵から金目の物を全てはぎ取って自分のモノにする。勝って儲けた以上はこれを持ち帰らなければ意味が無い、逃げ場がないので必死になって敵を攻撃し続けた。やがて山道に石やら死体やらを積み上げた、腰位までの防壁がちらほらと出来上がる。


「築城するぞ! 半数は土を掘り、石を集めて防壁を連結させるんだ。もう半数で一時間防衛だ!」


 交通整理を行い、得意な方に部隊を振り分けろと伯長らに命じた。通常ならば戦闘部隊が少なく、そちらを誰がやるかでもたつくが、多くがそちらになってしまった。戦意が出ているやつらでも今回は仕方なく土木工事をすることになる。拠点化に成功すると、前後を交代して休息をとらせる。


「あちらはどうなっている」


 呼廚泉の居る場所を探すと、もう『単于』の旗のすぐ傍まで進んでいた。こちら方面からの増援は遮断されているので、時間の問題で頂点同士の部隊が接触するだろう見込み。ふと見ると見慣れない顔が近づいてきた、黒兵に割り込まれるも共にやって来る。


「恭荻殿、ここは我等が死守しますので、どうぞお休みください!」


 南匈奴の歩兵部隊が千人ほど派遣されてきて防衛を行うと言うではないか。攻め取った功績を奪われるとか、防御拠点を失うとか、島介にはそのような意識は一切無い。


「そうか、では任せる。防御を引き継げ、転進するぞ!」


 見えている呼廚泉の部隊を目指して、敵を突き破って進む。数が多く、練度が高い護衛兵が現れるようになり、足が遅くなってきた。遠くに呼廚泉の姿が見えたような気がした。


「おいお前、名前は何だった」


「へい大親分! あっしは泰山は峨陽の黄蒼といいやす!」


 泰山兵を率いている親分――千人将のようなまとめ役の中年を見て「黄蒼、軍を任せる。万が一には荀彧の指揮に従い冤州で合流だ」歩兵団を切り離す。


「ご命令確かに!」


 僅かな黒兵だけを集めて呼廚泉の居場所へ駆けだす。すると今度は範囲こそ狭いが強壮な少数部隊がすいすいと進んでいく。先頭は島介、二列縦隊でいとも簡単に進んだ。


「偽の単于呼攀よ、於夫羅単于が弟、先の羌渠単于が子、呼廚泉が相手だ!」


「族を破滅へと導こうとした裏切り者の弟が何するものぞ! 俺が南匈奴の呼攀単于だ、こい!」


 騎馬した二人が短弓を射かけてから矛を交える、腕前の程は互角。ここに来るまでにスタミナを失っていた呼廚泉がたまに攻撃を諦めては防御に回る。集中力が下がっているのがアリアリと見て取れた、そこへきて周囲の兵士が呼廚泉へ矢を放った。それは左足の太腿に突き刺さり、呼攀から視線を外してしまう。


「隙あり、覚悟!」


 鋭く突き出した穂先が呼廚泉の首元に真っすぐと伸びて来る「しまった!」手にしている矛ではもう間に合わない、落馬してかわそうとしたが左足に激痛が走り一瞬の踏ん張りがきかない。死を覚悟した、その瞬間だ。呼攀の穂先が大きく衝撃で逸れた、島介が投擲した矛がぶつかったからだった。


「なに!」


「呼廚泉!」


 騎馬を走らせると腰の剣を抜いて間に割って入る、後方からは於夫羅の本隊も接近してきていた。呼攀の供回りが島介に向けて矢を複数放つ、それらを剣で全て叩き落としていると呼攀が呼廚泉へ突きかかる。負傷で力が入らないのか、一撃で武器を取り落としてしまい「もらった!」再度の攻撃が襲う。


「ええい!」


 島介が穂先に思い切り剣を叩きつける、同時に複数の矢が馬に対して向けられた。それらが突き刺さると、騎馬はもんどりうって倒れてしまう。島介は大きな岩に叩きつけられそうになり、身を浮かすと岩を越えて転がり……反対へ身をやった。


「なに!」


 そこは地面ではなく崖が広がっていて、気づいた時にはもうどうにもできない。何とか下をみると、少し先は河が流れている。落下の最中に身をよじり、出っ張った岩と近づいた瞬間に全力で蹴った。斜めに軌道が変わり、派手に水しぶきをあげて着水する。


「くっ、もうろうとする……それに激痛が。こいつはあちこち折れているな」


 外せる装備を速やかに外そうとすると全身が痛む。だがそんなことは言ってられない、痛みを無視して鎧を結んでいる紐を小刀で切る。意識が遠くなっていくが溺れて死ぬわけにはいかない、流されながらも何とか浅瀬がある場所へ向かい、這い出るとそこで意識を失ってしまった。

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