第430話



「よし、俺達の目標はあのひときわ大きな軍旗だ。続け!」


 島介自ら先頭に立ち、騎馬したまま突出した。まさか後方から攻撃をされるとは思っていなかったようで、南匈奴の守備隊は近くまで歩兵が迫ったところで初めて気づく。


「う、後ろから敵だ!」


 声を張り上げた時には兵が切り倒されていた、司令部にあたる幕がたっている場所まで僅かな距離。そこで戦闘が起こったことで大混乱が始まった。手にしていた松明をあちこちに放ることで火災も発生する。


「軍旗をへし折れ!」


 戦いを歩兵に任せて島介は周囲を観察する、どうやらここには単于はいないようだ。ふと隣の山の中腹に動くものが見えたので目を凝らすと『単于』『南匈奴』という旗がチラッと見えたような気がした。掃討戦に移行していたのでここでの戦いは既に終わったも同然。


「よし、戦場を移動するぞ!」


 集合をかけてある程度の集団になると、隣の山へ向けて移動する。見かけた歩兵はそれについて行こうと駆け寄って来た。二千人とはこういった動きが出来るだけの打撃力を持っている、ただし持久力という意味ではあまり頼りにならない。体力やスタミナというのが切れるまでといった感じだろうか。


「前方の山地に、単于の部隊です!」


「いたな、行く――」島介が突入を号令しようとすると後ろから「あちらにも『単于』の軍旗が見えます!」右手を指さして叫んでいる奴が居た。挟まれる位置に踏み込んだかと睨むと『於夫羅』の軍旗も登っているではないか。


「ほう、きっちりと居るべきところに居るとはな。進むぞ!」


 歩兵を密集させると山へ向けて歩かせる、決して走らせはしない。前衛がこちらに向かって防衛陣を敷き始めた、だが半数以上は右手の於夫羅に向けられている。於夫羅の前衛とあちらの前衛が衝突する、力と力のぶつかりあいだ。


 島介も歩兵を正面からぶつけて競り合いを始めさせると、自身は戦況眺めに移る。構えているところに押し寄せても体力を減らすだけで双方被害は出るものではない。一時間もすると交替で後列と入れ替わり防御を固くしてしまう。


「於夫羅の腕に期待しよう」


 防御を押し込み、ギザギザの布陣になってきたところで、ど真ん中を突き抜けようとする騎兵が現れる。そいつらは見事に敵に突き刺さって行った。


「あれは……呼廚泉だな」


 戦闘で槍を奮っているのは見覚えがある若者、この大一番で南匈奴の部族を指揮する為に戻したが、しっかりと活躍しているらしい。多くの国や時代、古今東西を問わずに共通することがある。勇気あるものは賞賛されるという事実だ。


「島長官、友軍が敵陣を突破します!」


 黒兵が眉を寄せて先を越されていると悔しがる、島介はその姿に少し笑いを漏らした。驚いたり妬んだりではなく悔しがる、その気持ちが好きだったから。


「わざわざ守っている場所を攻めてやる義理はない。防御線を無視して於夫羅軍の拓いた道に合流するぞ!」


 鐘を鳴らして総員集合の命令を下すと、隊列を整えさせて隣の『於夫羅』の陣へと速やかに移動した。当然側面を警戒されるが「こちらは恭荻将軍直下の部隊だ!」声をあげて先触れを出すと側近を派遣してきて確認する。宣言を鵜呑みにするほど危険なことはない、直ぐに旗を振って本物だと報せると警戒が解かれる。


 陣営の中央にまで招かれると於夫羅と部将らが待っていた。どいつもこいつもどこかで見たことがあるような顔だったので、島介も小さく鼻を鳴らすだけで歩み寄る。


「島将軍、なぜこのような最前線に少数でおいでか」


「ああ、ちょっと山越えをして裏から奇襲してみたくてな」


 半笑いで趣味だとうそぶくと、南匈奴の男達が声を出しこういて笑った好意的な雰囲気でだ。言葉ではなく行動こそが雄弁だと知っているから。


「本当に貴殿ときたら。呼廚泉が敵を突破した、これから切り込みをかける。本陣を残していっても良いが」


 防御陣が生きている場所を譲ると言っているのだ。戻るつもりはない、勝つ気で前に進むだけ。もし敵が陣地を奪おうと兵力をさいてくれたら有り難いくらいだ。


「俺も祭りに参加する枠はあるよな。まさか指を咥えて待ってろなんていうつもりか?」


「はっ、冗談を。いまこの戦場で恭荻殿にそんなことを言える人物なんて誰が居る。直ぐに出るのでご自由に」


「おお、では好きにさせてもらおう。こちらは足が遅いから後続になるがね」


 いつもの騎兵団ではなく一般歩兵を率いていると聞いていたが、於夫羅はナゼとは問わなかった。


「単于、攻撃準備済んでいます!」


「よし行くぞ!」


 陣にいる全てを引き連れ於夫羅は軍を進める。山の中腹はやや傾斜があるので、登りながら攻める必要があり不利。そうだとしても迂回するつもりはないらしく、真っすぐに突き進んでいく。呼廚泉が進んでいる間は包囲されることも無く集団が動く、だがどこかで足止めされると四方を囲まれてしまうことになる。


「俺達が必要になるとしたら、壁にあたった時か」


 阻止部隊は必ず存在する、司令部を守るために時間稼ぎで現れるのがそれだ。敵を食い止めるだけで倒す必要が無ければ意地悪く遅滞行動をするだけだが、陣地に深みが無ければ別の手段を講じることになる。例えば今のように。


「島長官、前方で煙幕が!」


 呼廚泉が居る最前線が真っ白い煙に覆われている。双方目が見えなければ煙が晴れるまで待つしかない、その場所以外では時間が有効利用されるので結果行き足が鈍る。


「姑息だが有効だな。あいつがどうやってこれを破るかみものだ」


 煙に実害はない、あれば味方を巻き込んで被害を出してしまうから。暫く観察していると、金属の音が聞こえて来た。武具がぶつかるようなものではなく、風鈴のようななにかが。


「うん、こいつは甘寧のところの奴らが身に着けていたようなやつか」


 煙で状況が見えてこないが、徐々に部隊が動き始めている。やがて煙が薄くなっていくと先が見えて来た。少数が敵陣に接近して、個人が武を奮っている。


「音を頼りにして味方の位置を知り、周囲は全て敵というわけか。脳筋にワンポイントで知恵を与えたかのような強引な一手だ! だがいまはこれが有効だったようだな」


 一番の肝はなにせ単身で敵に切り込んで打ち勝たなければならないこと、後は思い付きか入れ知恵の類だ。幾人かが突破に成功していて、阻止部隊が抜かれてしまっている。そこへ後続が次々と刺さり込むのだから今さら面で止めることは出来ない。


 だからと足が止まったマイナスが打ち消されるわけではない、四方を敵に囲まれてしまい、後備が後ろを向いて戦いを始めた。こうなって来ると人数の差が戦力の差と似通った結果になりやすい。


「若い奴の功績を無駄にはさせんよ。総員、於夫羅軍のケツに食いついてる奴らを挟み込むぞ!」


 包囲している相手の更に外側から攻撃を行う。於夫羅軍後備も敢えて時期を重ねて歩みを進め挟撃を行った。まさかの反撃に統率が乱れると、あっという間に左右に分かれて逃げ出していった。


「このまま右手側へ進み、側面攻撃をして前に出る。俺に続け!」


 戦は勢いだ、逃げ去る片方の敵を追いかけて側面攻撃している奴らの左から押し進めていく。正面と左から圧迫を受ける角地の部隊が次々と倒されていった。行動としては主軍を支える部将の役割、それを島介が担当したことで見事に敵を乱していく。


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