第428話


 正規軍として訓練を受けてはいるが決して練度は高くない、ではどうするか答えは一つ、その練度で可能な手法を命じる。即ち、進んで立ち止まったらそこを必ず守る、味方がやってきたら休んで後方支援に切り替えるだけ。一歩でも前に進んで、自分が最後尾になったら前に出ろと言うことだ。


 島介はその間に戦場の地形をじっくりと眺める、航空部隊が無い時代、平面の戦いしか出来ない。高さが有利なのは目の役目を得られるから。布陣が読めれば無駄が無く、危険を回避できた。


「あの山頂を奪うぞ。歩兵はそのままに、騎兵団を投入する。北瑠を呼べ」


 直ぐに目の前に北狄の男が現れて、膝をついて礼をする。見事な体躯の男の後ろに従う二人の副長もやはり立派な体をしていた。勇壮な顔つきは、武人のそれ。簡単な絵を描かせるとそれを使って説明する。


「北瑠、この山頂を手にすれば敵が見下ろせる。軍旗中隊を率い、地を奪え。恐らく敵も部隊を送るだろう」


「島長官の下命を受け取った。黒騎兵団は必ず山頂を奪い、目的を果たす!」


「明日守備隊を送る、それまでは軍旗中隊を守れ」


「承知! 行くぞ」


 鉄甲をガチャつかせて北瑠が本営から出て行くと直ぐに「伝令! 騎兵団に道を譲れ!」先触れが出される、面倒な役割は荀彧が全て肩代わりしてくれている。軍旗中隊には特別に暗号表が交付され、それでいつもより詳細な情報がやり取りできるようにされた。


「敵軍の増援があり歩兵の前進が止まりました!」


 押せたのは僅か数時間だけ、それで足が止まる。それはそれで仕方ない、戦いとはそういうものだ。ここから更に押すのか一旦止まるのかの判断をするのは司令官である島介。


「確保した地に防御陣を構築しろ。張遼には防戦を命令だ」


 山頂を得たらまた前進できる、逆に前進しすぎたらあの山頂の価値は低くなるわけだ。想定外に敵を倒したとはならなかった以上は、山頂確保隊の役割が重要になった。なんの心配もしてはいないが。


「南東部に『呂』の軍旗あり! 更に先に『討慮』が進軍中!」


 軍旗で何を掲げるかは主将の自由だ、官軍であることを真っ先に報せる意味では官職を使うが、誰の軍かを知らしめるためには自身の姓を多く掲げる。稀にしかない姓ならば、誰かはより直接的に知れ渡る。李や趙ではどこの人物か殆ど判断出来ないが、島ならば目下のところ島介以外は存在しない。


 陽が落ちる頃だ、あの山頂に『漢』の軍旗がたてられた。北瑠は官軍ではない、そして自身の軍旗を誇示するつもりもない、ゆえに『漢』を選んだ。何でもよいと言えば乱暴だが、雑軍の類なので基本的にどこに現れどこで全滅しようと知ったことではないのだ。


 暗夜の警備は篝火を頼りにしている。場所が場所だけに後方に回り込まれることはない、そう信じていても少数ならばどうとでもやりくりできた。それらが出来ることと言えば焼き討ち程度、物資を積んでいる場所に手練れを多目に配置して警戒させて夜を越える。


「申し上げます『呂』軍が敵軍へ突撃しております!」


「ほう、追い越されたか!」


 南東部に見えていたはずの軍旗、一部を残して多くが東の先へと位置を変えていた。そこには南匈奴の部族旗がいくつも立っている。払暁と共に攻撃を仕掛けたならば成功している証拠だろう。


「我が君、いかがいたしましょう」


「前後はともあれ今は友軍だ、俺達も前進する。張遼に更なる進軍を命じろ」


「御意」


 山頂に交代の部隊が到達した頃には、やや後方に位置してしまうことになるが、それならそれで構わないとした指示だったので不満はない。昼過ぎには北瑠の騎兵隊が帰還する。


「島長官、今戻った」


「おうご苦労だ。見ての通り割と優勢になって山頂は効果薄になったがね」


「ならば次の行動に移るだけのこと」


 確かにその通りなので、簡易地図を前にして現実の位置と頭の中をすり合わせる。敵の単于がどこに居るのかは調査できていない、大軍の中央に居ることだろうことだけは想像出来たが。


「呂布の軍が真っ先に突っ込んでいったから、今の布陣はこうなっている」


 北側外縁に曹操、河を挟んで自分達、斜め前に呂布、南側に劉備。他も見えないだけで近隣に居るはずだと考えているが、公孫賛だけはまるごと漁陽側にいつでも迎える位置に留まっているだろう場所に駒を置いてやる。


「西から挟まれたらかなり厳しいだろうな」


「その通り。それは何故かと言うと、前後を挟まれ退路がなくなるからだな。そこでだ、呂布軍と共同して前方を開拓することで地歩を稼ぐぞ」


 もっとも困難なことを最初にやってしまえと軽く方針を決める。荀彧は微笑しているし、北瑠は望むところと言った顔をしていた。そうするためにわざわざ遠征してきているのだ。


「崖下の河は俺達では使えん、だからこの細道と山を行くしかない。まああれだ、虎牢関やら汜水関あたりの崖よりはマシだろ」


「はっはっは! 確かに島長官の言う通り、アレに比べれば平地も同然。我等北狄騎兵が引き受ける!」


 行ける道を進むだけで防衛線を越えられた敵は不安を覚える、逆もまたそうだが進軍側が勇気を奮うのは当然。山を越えて側面から騎兵に攻撃されれば動揺が走る、張遼ならばそれを突破することぐらいできる。


「それは任せた。それでだ荀彧、この細い道では歩兵を押し出しづらいとは思わんか」


「どこで危険をとるかという話で御座いますね。歩兵で山を越えるのはそれだけでかなりの苦労を要しますが」


 細かい説明なしで何を言いたいかを悟る、荀彧だからこその理解度。そしてどれだけ大変なことをしようとしているのか、登山道などないのだから慣れてなければ自爆しに行くだけ。


「敵がまさかと思うことこそ戦の要だと俺は信じていてね」


 荀彧は目を閉じて短く思案する。やることは確定、ならばどれだけ成功率をあげられるか。水食糧が不足する、道を誤る、急な悪天候に見舞われる、要因は様々ある。


「あちらの三つ連なっている山、方角の目印とすると良いでしょう。またこの時期ならば空にある星を見ても方角が解ります。糧食の一部を騎兵が携え残していくという手を利用します。低温に備え布を一枚ずつ配付するようにもすべきでしょう」

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