第419話
「袁紹殿は啄郡と渤海郡、そして現在向かっている幽州西部に残るやも知れませんな。曹操殿も共に」
「あいつらが土地を手放すとは思えんからな。曹操が幽州別駕として未だに印綬を抱えている、袁紹が幽州刺史を名乗る可能性もあるな」
二人は一応のところ、反董卓連合軍の時分から常に協力し合っているという形で来ている。幽州を支配する為に共同すると言われたら、恐らくはそんなものかと皆が思う程に。その場合は、袁紹が上で、曹操が下という関係性まで決まっている。
「呂布殿は想像がつきません。薊に居残ると言うかも知れません」
「あいつは何処でも良いので根拠地を求めている。争いの最中の方が向いているのだからな、幽州に居座る気かも知れん」
それは公孫賛にしても面倒ごとだと言わんばかりに嫌がる。そもそも呂布が居て喜ぶ人物が居るのかという話もあるのだが。他者の動向を口にはするが、自身については口を閉ざす。
「まあいい、終わるまでに決めておくのだな」
従うので目をかけてくれと懇願するならば、公孫賛は承知するだろう。今のところ劉備はこれといった有能な部分を知られていない、公孫賛からしてみれば無能な弟分という好みのタイプの範疇なのだ。配下の腕っぷしが強いというのはどうでもよかった。
「某、軍の準備を残してきていますのでこれで失礼いたします」
「山道を一本任せる、上手くやれよ」
「承知致しました」
同格であるはずの将軍同士の態度ではないが、劉備は全く気にせずに一礼すると幕を立ち去る。関羽が威圧をしながら、背後をついて歩く。まるで後ろにも目があるかのような隙のなさだ。
「相変わらず面白味の無い奴だ」
「公孫賛様、宜しかったのですか確約をおとりにならなくて」
関靖が今返事をするように強要しても良かったのではと口を挟んだ。そのくらいの圧をかけることが出来るだけの差があるのだ。
「どうせあいつは何も言わんさ。国家へのことならば公言するが、己の身の振り方などな。それより各位に告ぐ、南匈奴になど後れを取るつもりはない。誰一人欠けることなく終わらせるぞ、良いな!」
「ははっ!」
他の幕とは違い居心地が良い部将が多かった、何せ無能を誹る者が居ない。公孫賛よりも劣ることが重用される条件なのだ、その上でやる気だけは示さなければならない。本来、やる気を出す無能ほど煙たがられる存在はない、損害がかさむから。努力さえすれば結果が伴わずとも評価される、ある種の理想と言えば理想の体制。
◇
羌平県に偵察を仕掛けて来た者が居た、それを敢えて泳がせ北へ戻ろうとしたところを包囲して捕縛することに成功した。そう張遼から報告が上がって来たので、捕虜を漁陽に護送するよう命令を出す。荀彧が何やら策があるというので、内容を確かめもせずに許可を出した。いつものことである。
「巡回部隊が入城します!」
単に見回りだと扱いを特別にしないことで、捕虜を護送していることを漏らさない配慮。これは全ての事に言えるが、何と無くでも入って来る情報の中には通常の者の他に、漏らしたい偽の情報が混ざっている。逆に特別な情報というのは自ら取りに行かなければ明らかにならない。
荀彧ならばどうするか、欲しい情報は自分で探して来るのは明らかなので、漏らす情報でも準備するのだろうと周りが予測する。涼やかな表情で捕虜を尋問すると、食事と酒を与えて歓待し始めた。困惑する南匈奴の連中が漁陽から再度羌平に移され解放されるまで僅か二日だった。
「なあ荀彧、アレは何の仕込みだったんだ?」
「おや、気になられましたか」
「そりゃな。俺の予想を聞いて貰えるか」
「是非とも」
にこやかに会話を楽しむ、予想が当たっていても違っていても、荀彧は全てを糧に出来る。会話の多さこそ互いの理解度の深さに直結する。
「捕虜に会って、捕虜を解放した。これが必須条件だったからそうしたんだろ。報告だけや、拘束したままでは望むが果たせなかった」
「左様にございます」
何をしたかとか、何が目的だったかではなく、状況を分析しててきた部分に興味がわく。島介は理論で物事を考える、という部分が強いと再確認出来た。時には勘で動くことがあっても、こうやって普段は理論を優先していると。その切り替わりがどのあたりにあるか、それはきっと本人でもわからないだろう。
「ということはだ、この捕虜が主たる目的だな。会うだけでもなく、解放するだけでも不足ってことは、あいつらが何かを携えて戻るのが狙いなわけだろ」
微笑して頷いている荀彧、その先をどうぞと言葉にしなくても伝わる表情があるものだと島介は顎に手を当てる。もう少しでゴールにたどりつけそうだと。
「寝返り工作というのが一番しっくりと来るんだが、それならば於夫羅の承認があったほうがあいつらなら安心するはずだ。今の単于に反抗的ってなら特にな。逆に今の単于に忠誠を誓ってるってなら逆効果になる」
今回は勢力が左右に分かれているので、寝返りするならば反対の勢力、つまりは於夫羅単于に協力するという建前が利用出来た。なのに於夫羅に声をかけることもしてない時点で、別の目的がある可能性の方が強い。
「消去法というのがある。捕虜を味方につけるのでなければ、敵のままの扱いというわけだ。解放したのは歓待など特別扱いをして、捕虜を仲間内で冷遇させるため。裏切ったのではないかと。ということは、あいつらが何かを言っても恐らくは騙すための嘘ではないかと疑いを持つはずだ。そうやって疑心暗鬼に陥らせるのが目的、というのではどうだ?」
「我が君のお考え、お見事に御座います。策だと解っていても、疑いを持たないことは出来ない。これぞ策略というものの基本」
荀彧が頷いて考えを褒めた。すると対照的に島介は、ため息をついてがっかりした。
「お前がそうやって考えを褒めるということは、不正解だったか。やっぱり俺には策略は無理だな」
「不正解などではございません。今少し味付けをした程度で御座います」
その味付けこそが知略の武器、及ばないのは解っているが気を使わせているのが情けなかった様子。荀氏に対抗出来る人物など、中華全土に果たしてどれだけいるかはわからないが。
「いいさ、及ばないからこそ荀彧を頼っているんだからな。力を貸して貰えていることに、日々感謝をしている。いつでも主の座を譲るぞ」
「某の望みは、我が君の傍でお支え致しますことゆえ。狙いは錯誤でございます」
「錯誤? 勘違いか?」
大きなヒントを出されるものの、それをどう扱っていいのかまでは結びつかない。軍師や参謀と呼ばれる者ならば、錯誤という単語を耳にすれば恐らく閃くはずだ。
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